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19 スパイの憂鬱その2

 学園に入学して一週間が経ったある日、エピカは嬉々として携帯端末に話しかけた。


「あのね、ルド。作戦は順調よ。私、ミュータと友達になったの」


『すごいね、エピカ。仕事が早い』


「いいえ、私は何もしていないの。向こうが勝手に友達になろうって言ってきたのよ」


 ミュータが記憶喪失で天涯孤独だと伝えると、電話の向こうでルドがくすりと笑った。


『へぇ、それは可哀想に。それで、きみから見た彼はどんな人物かな?』


「そうね。ミュータはお人好しでいつもへらへら笑っているわ。誰にでもいい顔をするの。一見普通の奴なのに、普通じゃないところもあるわ。なんて表現すればいいか分からないけど」


 ミュータへの印象は気が優しくてしっかり者、凡庸で善良、柔軟性のある常識人。たまに突飛な行動をするのは記憶喪失のせいだろうか。きっと記憶を失う前なら、エピカと友達になろうなんて思わなかったに違いない。


「それにね、周りの人たちも結構クセが強いんだけど、ミュータは平然と渡り合っているわ」


 特にリオウみたいな気難しい性格の人間と、普通に喋っていられるのがすごい。エピカはもちろん付き合いが長そうなシアンでもすぐに怒らせてしまうのに、ミュータはリオウと苦も無く会話をしている。ミュータにはどこか人を柔らかくさせるところがあるようだ。


「今のところ、弱点らしいものは見つかってないわ。シアンって子のことは少し気にしてるみたいだけど……」


 一通りの報告を終えると、ルドはしみじみと言葉を紡ぐ。


『報告ありがとう。彼の性格が少し分かったよ。ところでエピカ、アパートでの生活はどう? 心細い思いはしていない?』


「え、ええ、まぁね。それは大丈夫よ」


 皮肉なことにミュータがよく気にかけてくれる。シアンも意外なくらいエピカの邪魔はしてこない。

 ただ、リオウはがエピカを見る度にいちいち表情を曇らせるのが気になる。疑われているので仕方がないが、大変居心地が悪い。


『彼らに心を許してしまわないか、少し心配だな。後で辛くなるのはエピカだからね』


「そんな……ミュータがどんなに優しくて良い奴でも、目的の為なら利用してやるわ。私とルドの夢の為だもの」


『じゃあいざというときは、手荒なこともできる?』


「もちろんよ。私はあなたの計算を狂わせたりしない」


『それを聞いて安心したよ。エピカ、これからもこの調子で頑張ってね』


 ルドの柔らかな声を聞き、エピカは深く頷いた。通話を終えると、呑気に笑うミュータの顔を思い出した。


 ――私はミュータを騙している。傷つけようとしているんだわ。


 少し、ほんの少しだけ胸が痛む。でもこんなの痛みのうちには入らない。

 本物の痛みに比べたら、無視できるほど小さな傷だ。


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