17 背後の魔女にご用心
リオウの在籍する薬学部は本校舎での授業が少ない。機材が集まった研究島での実験が常であり、登校しても大抵は教授の研究室に詰めている。
「もう、大事な資料なら自分で借りてください。いちいち運ばされる身にもなってほしいです」
「仕方ないだろう。実験中は目を離せない」
シアンは子どもっぽく頬を膨らませ、リオウの机にどかどかと書物を置いた。
「ならせめて、エピカさんに頼んだらどうです? 雑用係は交代したじゃないですか」
「図書館での資料検索ならお前の方がずっと早い。というか、あの女にできるとは思えない」
エピカに押し付けているのは、主に薬草の世話や実験器具の後片付けだ。頭を使う作業はいろんな意味で信用できない。その点シアンはドジで鈍臭いものの、頭脳面は期待できる。
「……その後、どうだ?」
リオウが声を潜めると、シアンも身をかがめた。シアンにはそれとなくミュータとエピカの様子を探るように言ってある。
「昨日のミュータさんの様子ですが、一限目の休み時間プリント運びのお手伝いをして、三限目の休み時間に落し物のハンカチを拾って事務局に届け、放課後はバイトで忙しいクラスメイトの代わりに掃除当番を引き受けていました。一日一善どころじゃないです。あと授業中にあくびを五回してましたから、寝不足かもしれません。食欲はあるようですが、昼休みに期間限定のゴマあざらしパンを食べて涙目になっていました。お口に合わなかったんでしょうね。えっとえっと、他にもいろいろあったんですけど、全部報告した方が良いですか?」
「……お、お前っ」
誰がそこまでやれと言った。リオウは身近なストーカーの存在に戦慄を覚える。
「今後の報告はミュータの周囲で起きた異変と、課題の進捗についてだけでいい」
「あ、そうなんですか?」
シアンはきょとんとしつつも、今度はメモ帳を取り出した。
「ミュータさんの周りには常に二人ほど見張りがいるようです。生徒に紛れた少年騎士でしょうか、登下校時や休み中の動きを監視しているようです。盗聴器やカメラなどでの観測も行われていると思いますが、わたし機械系はさっぱりなので分からないです。今のところ監視以外に目立った動きはありません。とりあえず現在のミュータさんは第二課題に苦戦中です」
シアンは大人しい見た目に反して妙に鼻が利く。本当にストーカーの素質があるように感じられ、リオウは調査の成果を素直に褒めてやれなかった。
「……第二課題は隣空人の友達を三人作れ、か」
三人中二人は作れたようだが、あと一人がなかなか見つからないらしい。入学式からもう三日が経ち、ミュータは少し焦っているようだ。
「わたしが友達として認められれば良かったんですけど……」
シアンが課題のことを知っているせいか、友達だと言って握手をしても課題クリアとはならなかったという。
「あいつは無駄に友達が多そうなイメージだが、記憶喪失設定のせいで上手くいかないのか?」
「わたしが思うに、原因はエピカさんだと思います。一緒にいるだけで敬遠されちゃいますよ」
「毒舌だな」
「でも事実です」
シアンはご立腹の様子だ。
ミュータとエピカが同じクラスになってしまい、最初は気を揉んだが、今のところ関係は良好のようだ。それどころか二人が一緒にいるところをよく見かける。あれほど二人きりになるなと警告したにもかかわらずだ。
「ミュータさんは何も分かってません。エピカさんと一緒にお昼食べたり、宿題のことを相談したり、わたしには声をかけてくれないのに……。これじゃ友達どころか恋人みたいです。やっぱり男の人はああいう綺麗で放っておけないタイプの女性が好きなんですか?」
リオウは呆気にとられた。
「お前……エピカに嫉妬してるのか?」
「してません」
「そういえば、ミュータが元の時代に帰れるって分かって落ち込んでたな。絶対嫉妬だろう」
「嫉妬じゃないです。ただミュータさんが心配なんです……だって、だって……っ」
「おい。そんなことで泣くな」
「そんなこと!?」
「シャルマーくん」
振り返るといつの間にか担当の教授が渋い顔をして立っていた。
「痴情のもつれを研究室に持ち込むのは感心しませんね」
「……断じて違いますが、お騒がせしてすみません」
わめくシアンの首根っこを掴んで部屋から放り出すと、リオウは何食わぬ顔で作業に戻った。




