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16 友達三人できるかな

 第二課題 『学園で隣空人の友人を三人作ること』


 入学式が終わると同時に新しい課題メールを着信した。「こうきたか」とミュータは唸る。


 第一課題の『ユニゾン学園に入学すること』が出たとき、何となく察していた。マリッタ王女はメッセージ通り、ミュータにこの時代のことを教えようとしている。

 学園に通えばこの時代の学生生活が分かる。友人ができればもっと理解が深くなるだろう。

 しかしこれは難儀な課題だ。


 ――友達なんて、作ろうと思って作るもんじゃねぇし。


 何を以て友となるのかなど、人それぞれだろう。ミュータの中の友の定義は「いつの間にかなっているもの」だ。合格の基準が分からない。


 ――困ったな。俺、『記憶喪失』なのに、友達なんて作れるか?


 ミュータの正体は他言無用。五百年前の時代から連れて来られたとか、元の時代に帰るために課題をしているとか、タイムマシンがこの国のどこかにあるとか、その手の情報は全て隠さねばならない。

 黙っていればいいだけだが、ミュータには隠し通す自信がなかった。この時代についてあまりに無知だからだ。最新の家電の使い方などはエピカのことを笑えないし、隣空人に関する知識はほぼ皆無だ。クラスメイトや教師と会話すれば、絶対に不審に思われる。

 

 苦肉の策として思いついたのが、「記憶喪失を装うこと」である。

 設定はこうだ。


「俺はある日、交通事故に遭って記憶と知識が虫食い状態になっちまったんだ。日常に影響が出るくらいひどいもんだった。そして天涯孤独の身で頼る宛のない俺は騎士団の紹介を受けてリオウの世話になっている。ユニゾランドの刺激的な生活で記憶が戻ると良いんだけど……いやぁ、人生って何があるか分からないよな!」


 ミュータが作り笑いを浮かべて説明を終えると、相手は目頭を押さえた。


「それは大変だったね。何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってくれたまえ」


「あ、ありがとな」


 クラスメイトのトレヴィーは力強く頷く。付け焼刃の設定説明は何とか上手くいったらしい。同情を誘う内容だけにミュータの心は痛んだが、他にいい方法はない。


 入学式の後、ミュータとエピカは本校舎島に移動した。湖の中央に位置する島で、西欧風の古城の中に教室が設けられている。

 割り振られた教室でたまたま前の席にいたトレヴィーに話しかけられた。軽く自己紹介をして、案の定ミュータがこのクラスにいることに対する説明を求められた。


「なるほどね。人類であるミュータくんがこの隣空人クラスに入った理由が分かったよ。このクラスでは、人類の文字の読み書き、マナーやエチケットなんかを学べるからね」


「そ、そうなんだよ。俺、通貨の単位も忘れちまったみたいでさ、買い物も一苦労だったぜ」


 ミュータが入ったのは、留学したての隣空人専用の特別クラスだ。よって人類はミュータ一人だけである。

 シアンは既に人類の読み書きを完璧にマスターしており、このクラスにはいない。ミュータはたった一人で慣れない嘘をつき通し、記憶喪失を演じなければならない。

 隣の席からエピカのじっとりした視線を感じ、冷や汗が止まらなかった。


「なんか怪しいのよね、その説明。だって悲惨な目に遭っているにしては元気だし、レシピなしでぱぱっと料理作っちゃうし、本当に記憶喪失なの?」


 もちろんエピカにも本当のことは話していない。アパートでもリオウやシアンと課題について話すときなどは細心の注意を払っている。


「当たり前だろ。それに、もっとも怪しい奴に言われたくないって」


「わ、私のどこが怪しいっていうのよっ?」


「そうやって口ごもるところ」


「ぐぅ……」


「あ、俺、ぐうの音を聞くのは初めてだ」


「黙りなさい」


 エピカは拗ねてしまった。その顔は年相応の女の子らしく、とても微笑ましく思う。


「仲が良いのだね。はぁ、羨ましいな。こんな麗しい姫君と一つ屋根の下、か」


「トレヴィーは……女子だよな?」


 中性的な顔立ちと声で、しかも男子生徒の制服を着ているので勘違いしそうになる。


「そうだよ。だが、私はもう二十三歳だ。女子と呼ばれるのはこそばゆい」


「あ、すみません。……あれ、二十三歳? 確かユニゾン学園の入学年齢って二十二じゃありませんでした?」


 トレヴィーは「敬語なんてやめてくれたまえ」と笑い、


「ミュータくんは留年、という言葉を覚えているかな? 修了試験で不合格になった者に再び学び直すチャンスをくれる素晴らしい制度さ。私は五回ほど世話になっている」


「は?」


 トレヴィーはなぜか胸を張った。ようするに五年連続で進級を逃しているということだ。決して誇るようなことではない。


「そんなに難しいの? この学園の試験って」


 不安そうなエピカにトレヴィーは優しく微笑みかける。


「大丈夫だよ、エピカくん。真面目に勉強すればね。その証拠に、私は私以外に連続で留年した隣空人を知らないよ」


「つまり、トレヴィーは真面目に勉強しなかったのか?」


「努力は苦手なのさ。試験中のシリアスな空気にも耐えられない」


「マジで全然誇れるようなことじゃないけど……でもま、本人が楽しそうだからいっか」


「おお、分かってくれるか。嬉しいな。きみは心の友だ!」


 トレヴィーと熱い握手を交わした瞬間、携帯端末にメールが届いた。


『一人目、クリア』


 肩透かしを食った。どこから監視しているのか、どのような判断基準なのか、さっぱりミュータには分からないが、とりあえずトレヴィーは友達として認定された。


 ――こんなんでいいのかよ。じゃあ……。


 ミュータは帰り際、試しにエピカに問いかけた。


「なぁ、エピカ。俺たちって友達だよな?」


「い、いきなり何を言い出すのよ」


 目を瞬かせて動揺するエピカ。


 ――やっぱりダメか。エピカの性格上、友達なんて認めてくれないよな。


 しかしエピカは口を何度も開閉し、目を泳がせ、散々もじもじした後に小さく頷いた。


「……友達になった覚えはないけど、これからなってあげてもいいわ」


 消え入りそうな可憐な声に、ミュータの頭から課題のことが吹っ飛んだ。


「勘違いしないでね! 男避けよ、男避け。役に立たなかったら、即絶交なんだから」


「はは、絶交か。懐かしい言い方だな。理由は何でもいいや。よろしくな」


 エピカは頬を赤く染めて早足で教室を出て行った。照れてしまったらしい。やっぱりあんな典型的なツンデレ美少女が悪いことを企んでいるとは思えない。

 エピカの背中を見送った後、メールが届いた。二人目も認められた。


「……すげー複雑」


 課題のために友達を作るなんて非常に気が引ける。その上友達に記憶喪失だと嘘をついているのだ。

 一か月後、自分はこのクラスにいないはずだ。二人に真実を告げることなく、元の時代に帰る。そう思うとますます胸が苦しい。

 割り切って考えるしかない。いや、深く考えてはいけない。


 ――俺はこの時代の友達よりも、元の時代に帰ることの方が大切なんだ。


 ミュータは携帯端末を強く握りしめていた。

 あと、一人。



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