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13 キツネのレストランで

「いらっしゃい。四名様ですね。奥のテーブル席へどうぞー」


 ミュータがリオウに連れられてやってきたのは、赤い屋根が特徴の小さな定食屋だった。昼のピーク時間だったが、運よくすぐに座れた。シアンのオススメと言うだけあって、店内に漂う香りは大いに食欲を刺激してくる。

 ただし今は視界の端をよぎるモフモフに心奪われ、食事どころではなかった。


「見ちゃだめだ。失礼になる……」


「ミュータさん、何をぶつぶつ言ってるんです?」


 定食屋『七福ギツネ』の女性店員が、バンダナから覗く狐耳をピクリ、エプロンの紐の間から狐尻尾をふわりと動かし、忙しなく店内を歩き回っている。カウンターの奥の厨房からも同じような狐耳が垣間見えた。

 隣空人の獣尾人が経営する店らしい。


「メニュー説明しますね。今日のランチは三つです。Aランチがオークカツ定食、Bランチがスライムのパスタ、Cランチが赤いシチューです。どれにしますか?」


「マジか。もうどこから突っ込んでいいのか分かんねぇ……」


 とりあえずオークとスライムは食べたくないので、赤いシチューを選択した。


「お待たせしましたー」


 結論から言えば、料理はとてもおいしかった。スパイスの効いたトマト風味のシチューで、複雑な味に店主のこだわりが感じられる逸品だ。


「美味い……」


 未来で異世界人の料理に舌鼓を打つ。なんてあり得ない状況だろう。ミュータは自分の感覚が麻痺していくのを感じながら、スプーンを進めていた。


「うげ、まっず!」


 その声が店内の空気を氷づけにした。カウンター席に座っていた男達がゲラゲラ笑いだす。


「やっぱり獣の作る料理なんてタカが知れてるな」


「店内もどことなく臭いし、衛生面もやばいんじゃね?」


 他の客の存在を気にもせず、男たちは机を盛大に叩いた。すると厨房から狐耳の少年が現れ、細く鋭い目を男たちに向ける。


「あんたら、うちの料理にケチ付けて何のつもりだ?」


「はぁ? お客様に対して何だその態度は」


 あれよあれよと態度の悪い客と狐の店員の口論が始まった。


「止めなくていいのか? なんかヤバそうだけど」


「放っておけ」


 リオウは構わず食事を続けているが、ミュータ達を含む他の客は遠慮がちに騒ぎの中心に視線を向ける。


「迷惑なんだよ、隣空人ども。人類の土地で商売なんてしてんじゃねーよ!」


 客の男が料理の皿を床に落とすと、狐の店員の顔色が決定的に変わった。


「……飯を粗末にするなんて」


 店員は拳を握りしめ震えている。今にもキレそうだ。

 ミュータはそのとき客の男たちの口元に笑みが浮かぶのを見た。


 ――こいつら、もしかしてわざと怒らせて……。


 シアンが言っていた隣空人を嫌う人類を目の当たりにし、自然と眉間にしわが寄った。

 店員を止めようと立ち上がった瞬間、ミュータより先に動く人物がいた。


「あなたたち、とても迷惑だわ。さっさとお金を払って出ていきなさい」


 エピカが男たちに詰め寄りぴしゃりと言い放つと店内がどよめいた。


「この店の料理はとても美味しいわ。あなたたちのような下品で貧しい感性の人たちには分からないのかしら」


 最初は面食らっていた客の男たちも、新しい獲物の登場ににやにやと笑みを浮かべた。


「へぇ、イケてるじゃん。でもお嬢ちゃん、ここででしゃばってくるってことは隣空人だろ。どの種族だよ」


「……蟲客だけど、それが何?」


 その瞬間男の一人が水の入ったコップを壁に叩きつけた。店内に客の悲鳴が響く。


「よりもよって一番下等な種族が、人類様に口答えしてんじゃねーよ!」


「な、なんですってっ?」


「黙って視界から消えてろ! じゃねーと、その顔がどうなっても知らねぇぞ!」


 エピカの全身から殺気が立ち上っていた。


「なぁ、エピカ、落ち着けって」


 ミュータが慌てて駆け寄るが、エピカは男たちを睨み付けたまま動かない。


「私を、蟲客を、侮辱したこと後悔させるわ……っ」


「エピカ!」


「やめろ馬鹿娘」


 静観していたリオウが面倒くさそうに立ち上がった。


「そいつらの目的は隣空人の立場を悪くすることだ。お前がここで暴れたら思う壺だぞ」


「そうです。どうせ隣空人排斥団体の人たちでしょう。体を張って隣空人を追い出そうと草の根活動をしてるんです。凝りもせず同じネタばかりで見飽きました」


 シアンは不快感を滲ませながら言う。


「はぁ? ガキが調子に乗ってるんじゃねーよ!」


「さっきから怒鳴るしか芸がないんですか? つまらないです」


 ミュータが「意外と気が強いな、シアン」と呆然していると、ついに男の一人がキレ、席に座ったままの彼女に向かっていき、乱暴に手を伸ばす。が、その手は空を掴み、男は盛大に音を立てて床に転がった。リオウが足を払ったのだ。


「この野郎!」


 残りの二人が殴り掛かってきても、リオウはあっさりと躱して首根っこを掴んだ。


「いい加減にしろ、社会の害悪ども。ここの料理に満足できないなら、もう地面でも舐めてろ」


 そのまま二人を店の外まで引きずっていく。相変わらずの馬鹿力だ。


「馬鹿にしやがって!」


 最初に倒された男が立ち上がり、リオウの背に向けてナイフをかざした。

 近くにいたミュータが咄嗟に男の手首を掴み、揉みあいになる。


 ――男は度胸だ!


 思い切って男の手首を捻り、床にねじ伏せた。


「痛てててて! なんだてめー! この力!?」


 ナイフが硬質な音を立てて床に落ちると、店中から安堵のため息が漏れる。危機一髪だ。

 しばらくして駆け付けた警察官に男たちを引き渡し、店員から礼を言われ、ミュータ達はいそいそと店を後にした。


 帰り道、シアンが興奮した様子で声を上げた。


「ミュータさん、すごかったです! とってもとってもかっこよかったです!」


「まぐれだって……ああ、超怖かった」


 一応、軍の指導下で格闘の訓練を受けたことがある。射撃よりも成績が悪かったのだが、今日はたまたま運と調子が良かった。相手の腕力が見た目よりもずっと弱かったのだと思う。でなければあんな簡単に取り押さえられるはずがない。


「ミュータはともかく、シアンもエピカも迂闊すぎる。不用意に隣空人アンチに構うな」


「だってだって、ムカついたんです。せっかく楽しい気分だったのに台無しでした」


「あなたの指図は受けないわ……と、言いたいところだけど、相手の思惑に乗るのも馬鹿らしいわね。仕方ない。これからは善処してあげるわ」


「腹立つ!」


 リオウとエピカは相性があまり良くないらしい。お互いプライド高く、気の強い性格だから反発し合ってしまうのだろう。「似た者同士の同族嫌悪」と言ったら間違いなく二人に恨まれるのでミュータは口を噤んだ。


 それにしても、隣空人を排斥しようとする団体があるとは心の痛む話だった。せっかく人類同士での戦争がなくなったというのに。


 ――平和って実現が難しいんだなぁ。


 ミュータはしみじみと、それでいてどこか他人事のように考えていた。



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