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9 プリンセスからの招待


 ユニゾランド東地区のコンサート会場にミュータはいた。


「みんなー! ただいまー!」


 ステージ上で少女が叫ぶと、ファンが狂ったような大声で応える。眩いスポットライトを浴び、少女――マリッタ・フランルージュは自分への声援を体全体で喜んでみせた。


「春休みも後少し! ユニゾランド新学期スペシャルライブへようこそ! 今夜は課題の憂鬱なんか忘れて、思いっきり楽しもうね!」


 イントロが流れ出すと、会場は一気に盛り上がった。


「まずは新曲、聞いて下さい! 革命のプリンセス!」


 マリッタがきらびやかな衣装を翻す。ちょっと癖のある声で歌い、華麗なステップでくるくる踊り、笑顔でステージを駆け抜ける。そのパフォーマンスは洗練されており、アイドルらしい可愛さと王族らしい優雅さを兼ね備えていた。


「……すげー、突っ込みどころ満載」


 五百年後の未来では、お姫様がアイドルをしていた。

 年齢は十六歳で、芸能活動の傍らユニゾン学園に通っている多忙の姫君。春休み中は王都を中心に活動していたらしいが、新学期に合わせて帰ってきた。それが今日のライブのコンセプトである。


 ミュータは立ち上がるべきかと迷ったが、隣を見ると青年が長い脚を組み、ジャケットのフードを目深に被ってゆったり座っていた。

 このチケットを出したら別の入口から案内されたので、この辺りはおそらく関係者席なのだろう。無理に周りに合わせても滑稽なだけだ。ミュータは背もたれに身を預けることに決めた。


 ――ライブに呼んだりして、一体何のつもりだ?


 マリッタ王女がミュータのタイムスリップに関係しているのか。少なくとも何か知っているのは確実だ。だが、話をしたくても向こうは華やかな舞台の上にいる。手が届かないもどかしさを味わいながら、二時間にわたるライブを眺めた。

 ミュータはアイドルのライブを生で観るのは初めてだったが、3D映像を駆使した多種多様な演出は未来ならではのものだろう。目も耳も情報量が多すぎて一気に疲労した。何かメッセージがあるのかもと注意していたのでなおさらだ。


 アンコールも終わり、閉幕のアナウンスとともに余韻に浸りながらファンが帰っていく。

 ミュータは椅子に座ったまま長い息を吐く。どっと疲れた。


「……姫のライブはどうだった?」


 隣の青年がぼそりと呟いた。しばらくして疑問形の言葉だと気づき、ミュータは慌てた。


「す、すごかったです。王女様がファンを大切にしているのもよく分かって……」


「そう」


 淡々と頷き、青年はフードを外した。すでに周囲に人はいなくなっていて、こぼれる金色の長い髪に驚いたのはミュータだけだった。

 人形のような青年だった。美しいが、陶器のような冷たさを感じる。


 ――この人、隣空人だよな。


 とても人類とは思えない。五百年経っていようが、ヒトの形をしていようが、自分とは異質の生物は肌で理解できる。


「僕はレキアス・グリーティア。僕のことはリオウにでも聞いてみて。友達だから。はい、これあげる」


 ミュータは両手で受け取る。自分の知っている規格とは違うが、データを入れるメモリーチップのようだった。


「お家でみんなと見てね、だって。……じゃあ、お疲れ様」






「それはマリッタ王女の親衛騎士隊長だ。レキアスが出てきたのなら、王女の関与は確実だな」


 アパートに帰って報告するなりリオウは顔を顰めた。騎士団入団以前からの知り合いらしい。決して友達と言わない辺りに二人の温度差を感じる。

 リオウの研究室でメモリーチップの中身を見ることになった。


「何が入っているんでしょう。ついについに! 全ての真相が明かされるんでしょうか!?」


 シアンがワクワクして画面を見つめる。ミュータとリオウは仏頂面だ。

 パソコンにチップを差し込むと、自動的に画面が切り替わった。さっきまでステージで歌っていた王女マリッタが三次元に浮かび上がる。アイドルらしい露出度の高いドレスではなく、品と落ち着きのあるワインレッドのドレスに身を包んでいた。


『初めまして、ミュータ様。わたくしのライブ、楽しんでいただけましたか?』


 歌うように滑らかな口調でマリッタは語り出した。



『さっそく本題に入りましょう。


 ここはあなたの生きた時代から五百年後の未来です。信じられないでしょうが、これは事実です。ユニヲン王家があなたをこの時代に連れてきました。


 ミュータ様、この時代をどう思いますか?

 たった一つの人類の王国と、六種の隣空人が共存する新世界。

 恐ろしいですか? 夢と希望に満ちていると思いますか? 元の時代と比べてどちらがお好みでしょうか?


 何も説明をせずあなたを外にお連れしたのは、世界のありのままの姿を先入観なく見ていただくためですわ。

 ゆっくりじっくり見聞し、もっとこの時代について知っていただきたいと考えています。

 つきましてはミュータ様にはこれから三十日間ユニゾランドに滞在し、七つの課題をこなしていただきます。

 その課題を見事クリアできた暁には、元の時代に帰る方法をお伝えします。


 勝手なことをとお思いでしょう。納得できないかもしれません。

 どうかご容赦ください。この世界の未来のために、これはどうしても必要なことなのです。

 期日が来れば、必ず全てをお話しするとお約束いたします。


 ……ああ、お帰りのことを心配なさっているかもしれませんわね。

 ご安心下さい。ユニヲン王国は科学技術の粋を集め、タイムマシンを開発しております。タイムパラドックスや歴史改変など、難しいことは考えなくても結構ですわ。


 とにかく課題です。課題に本腰を入れて取り組んでくださいませ。それが済まないことにはお帰しするわけにはまいりません。

 もちろんこの時代への永住をご希望でしたら、遠慮なくお申し付け下さい。わたくしどもは全力でミュータ様を歓迎いたしますわ。


 では、課題は追ってお伝えいたしますので、楽しみにお待ちください。

 ……なお、このメッセージの内容を誰かに口外された場合、ペナルティを貸すことになります。くれぐれもお気をつけて。もちろんその場にいらっしゃる方々も、です。


 ご健闘をお祈り申し上げます。いずれお会いできる日までごきげんよう』



 映像が終わり、研究室に静寂が訪れる。

 メッセージは理不尽なものだった。ユニヲン王家は目的を明かさず、不明瞭な要求をするばかり。

 何が課題だ、という怒りはある。しかしそれ以上にこみ上げてくる安堵が全てを許した。


「この時代にはタイムマシンがあるんだ……俺、元の時代に帰れる……?」


 昨日から全身を蝕んでいた不安は和らぎ、ミュータは自然と笑うことができた。課題をこなせるかは内容次第だが、なんとかして見せる。帰れるならどんなことにも挑んでやる。

 ミュータはリオウとシアンを振り返る。この喜びと感謝を伝えたかった。


「あれ? どうしたんだ?」


 シアンは俯いて暗い表情をしていた。てっきり謎だらけのメッセージに目を輝かせるかと思ったミュータは面食らう。この反応は彼女らしくない。

 一方リオウは彼らしい不機嫌顔だった。「気に入らない」と全身をイラつかせ、何やら考え込んでいる。


「良かったな。元の時代に帰れるようだぞ」


「あ、ああ」


「心底面白くない状況ではあるが、それが王家の意向なら抵抗も空しい。仕方ない。ミュータ、昨晩使った部屋をひと月貸してやる。そのまま暮らせ」


「いいのか?」


 リオウは不承不詳ながら頷いた。


「ああ。生活費や家賃は全てレキアスに請求するから遠慮はいらん。明日シアンと一緒に買い物に行け。いろいろ必要なものがあるだろう」


「……ああ、ありがとうな。本当に俺は運がいい。二人に会えて本当に良かったぜ」


 心を込めて言ったのだが、リオウは「どうだかな」と皮肉混じりに笑うだけだった。


「ミュータさん、あの……」


 シアンは躊躇いがちに口を開いたが、「やっぱり何でもありません」とまた俯いてしまった。

 二人の態度は気になるが、ミュータは元の時代に帰る方法があっさり分かって浮かれていた。

 もちろんユニヲン王家は何か企んでいるのだろう。

 それでも王女の話す姿は真摯で、誠実さが感じられた。帰らせてくれるという言葉は嘘ではないと思えた。

 確かな希望が目の前にある。それだけで十分だった。






 研究室にリオウを残し、ミュータとシアンはアパートに戻る。

 この時代の夜空は綺麗だった。黒の中に緑や黄色がぼんやりと光り、星の光と合わさって幻想的に輝いている。

 五百年経っても星の瞬きは変わらない。知っている星座はあるだろうかと眺めていると、人が近づく気配があった。


「――そこで間抜け面を晒しているあなた」


 アパートの前に白銀の髪の少女が立っていた。

 その姿には見覚えがある。森で最初に見かけた少女だ。てっきり夢か幻かと思っていたが、実在していた。


「夜分にごめんなさい」


 背中に大きな風呂敷を背負い、夜の来訪者は高慢な口調で言い放った。


「私はエピカ・ネムコ。リオウ・シャルマーっていう人と面会させてもらえるかしら?」


  


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