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69 予選二回戦 その4



 とある街角。オフィス街のビルの谷間、急ぎ足のビジネスマンが足を止める。交差点で巨大ビジョンを見上げる人々が目に入ったのだ。


『……試合は両チーム無得点のまま七回表、中沼高校の攻撃を迎えました。美香保学園のエース白石選手がマウンドに向かいます』


 へぇ、高校野球か。話題の女の子が出ているのかな?


 彼はそれほどスポーツに興味があるわけではない。それでも、高校野球に女子選手が解禁されたこと、そしてさっそく今年の県予選に女子選手が出場していることくらいは知っていた。新聞、雑誌、テレビ、ネットであれだけ取り上げられれば、イヤでも目に入る。


『なんとここまで打者十八人をパーフェクトに抑えている白石選手。このイニングはどんなピッチングを見せてくれるでしょう?』


 ふーん。凄いんだな。


 何気なく自分もビジョンを見上げた瞬間、彼の視線はそこに吸い寄せられた。


 そこは野球場らしき場所。画面の中心に映るのは、ひとりの少女。小さなお人形のような容姿。華奢な体躯。それに似合わぬユニフォーム。


 マウンド上でセットポジション。キャッチャーミットを見つめる瞳。ひたすらまっすぐな視線。喧噪の中、そこだけ刻がとまる。


 キャッチャーの後ろのテレビカメラは、少女の視線を正面から捕らえた。それは、巨大ビジョンの向こう側の人々の視線をも捕らえ、そこに縫い付ける。


 彼だけではない。彼の周囲にはいつのまにか大勢の人々が集まり、みな映像を見上げていた。








『白石選手、初球を投げた! バッター打ちました、……が、あたりそこね。内野ゴロでワンアウト!! 大谷地さん、初球から打ってきましたね』


『ええ、中沼高校はここまで、追い込まれるまではしっかりボールを見極め、白石さんにすこしでも球数を多く投げさせる作戦を徹底してきました。しかし、打線も三巡目になるこのイニングから作戦を変更したようですね』


『なるほど。それで初球から打ってきたんですね。結果的に内野ゴロでしたが、白石選手のスタミナはいかがですか』


『美香保バッテリーも中沼打線のここまでの作戦を見破ったのか、追い込むまでは省エネ投法を徹底していたようですから、白石さんはまだまだ大丈夫なようにみえます』


『なるほどなるほど。その白石投手、このイニングに限り、初球から勝負のナックルでした。もしかしてこれも、美香保バッテリーが中沼高校の作戦変更を見透かしたということでしょうか』


『そうでしょうねぇ。キャッチャー南郷君か、あるいはベンチなのかもしれませんが、見事なリードと言えるでしょう』








 とあるマンションのリビング。夫を職場に、子を小学校に送り出し、午前の家事を終えた主婦がソファに座る。コーヒーカップを手に取ると、視線の先のテレビにはいつのまにか高校野球中継が映っている。アナウンサーが必死に何かしゃべっているようだが、大歓声にまぎれてしまってよく聞こえない。


 彼女は、野球など真剣に見たことはない。番組を変えようとリモコンに手を掛けて、視線がとまる。


 あら、最近テレビでよくみかける女の子だわ。


 チャンネル変更ではなく、ボリュームをあげる。


『空振り! バッターのけ反りながら強振するも、バットはボールのはるか下!!』


『やはりまだまだスタミナは十分ですね。ここから打ち崩すのはなかなか大変かもしれませんよ』


 ……へぇぇ。本当に凄いのね。


 彼女は学生時代にバレーボールの経験があった。他人には『お遊び程度』と言っているが、当時は年代別の代表にも選ばれたことがある。一時は本気でオリンピック代表を目指したこともある。しかし、夢は果たせなかった。


 自分の実力不足を棚に上げて言い訳をしたくはないが、それでも思うことがある。……もう少し、あとほんの5センチでも身長が高かったら、と。


 マウンドに立つ少女は、当時の自分よりも遙かに小さい。そして、細い。華奢。とてもアスリートには見えない。しかし……。


 画面を通して、少女と目が合った。


 瞬間、背中に電流が走る。……そうだ。この眼だ。真剣勝負に挑む者の顔だ。国際大会で何度か経験したこの感覚、いったい何年ぶりだろう。


 彼女は深く座り直す。姿勢を正す。そして、画面に見入る。


 がんばれ!


 自分でも気づかぬうちに、声が出ていた。







『ピッチャー第二球の構えから、投げました! 打ったぁ』


 キンッ!


 乾いた金属音が球場に響く。


『ジャストミート! レフトバック、バック、バック、……フェンス際、足が止まった。捕りました。思わず振り返った白石選手、ほっとした表情。……大谷地さん、今のボールはスライダだと思いますが、読まれましたか?』


『そうですね。白石さんにしては珍しくコースも甘かったと思いますが、バッターは山を張っていたんでしょう。いくらコントロール抜群といっても、油断は禁物ですよ』


『女房役のキャッチャー南郷君、そして内野陣が声をかけます。それに対して笑顔で答える白石選手。まだまだ余裕はある様子です』


『美香保学園は、試合序盤あまりの大歓声に動揺が見られた白石さんをチーム全体で励まし立ち直らせました。バッテリーというよりベンチも含めたチーム全体がエース白石さんを盛り上げているんですね。……なかなか良いチームですよ、美香保学園は』


『チームメイトに見守られながらマウンドを護る白石選手。ツーアウトランナー無し、打席に迎えるのは中沼高校三番、エースの角山君。セットポジションから第一球、……投げました!』









 某SNS。ハッシュタグ #白石夢実


『中沼二番にジャストミートされるもレフトフライ。いまだ走者無し #白石夢実』


『おいおいおいおい七回二死まできちゃったぞ夢実ちゃん #白石夢実』


『女子初の甲子園めざしてがんばれ #白石夢実』


『打者を睨みつける視線とこの笑顔のギャップがたまらない pic.○witter.com/XXXXXXX #白石夢実 』


『解説の大谷地、露骨に美香保応援しているだろ。なにが球界のご意見番だ #白石夢実 』


『トレンドに #白石夢実 って地元では予選のTV中継やってるの? どこかで見れないの?』


『美香保学園ベンチを望遠で覗いたら尊い写真が撮れた pic.○witter.com/YYYYYY #白石夢実』


『RT> 尊い!美少女選手ふたりと女性監督が顔寄せ合ってこそこそ話とか高校野球のベンチとは思えない 』


『初球空振り #白石夢実』


『空振り!あいかわらずエグいナックル #白石夢実』


『スタンド異常な盛り上がり。地方予選二回戦なのにオウルズの日本シリーズの時よりも絶対すごい #白石夢実』


『#白石夢実 のタグで下品なことつぶやいている奴、あの白石一将の孫娘だってこと知ってるのか? 』


『あんなの打てるわけない #白石夢実』


『スタンドの観客もうちょっと静かにみまもれないのかね。野球をしらないド素人ばっかり #白石夢実』


『現在トレンド3位 #白石夢実』


『白石の娘と南郷の息子なんてどうせ忖度試合だろ #白石夢実』


『夢実ちゃん九回まで完全試合で美香保も0点だったらどうなるんだ #白石夢実』


『二球目外角シンカーは一塁線ファール #白石夢実』


『追い込んだ #白石夢実』


『中沼打線も三巡目でさすがにタイミングあってきた。やまが当たるとやばいかも #白石夢実』


『あああああ

#白石夢実』


『うわーーーーーー

#白石夢実』



 

 

2021.01.24 初出



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