66 予選二回戦 その1
朝だ。
今日は我が美香保学園高校野球部にとって特別な日だ。夏の甲子園予選二回戦がおこなわれるのだ。
自慢じゃないが我が野球部、甲子園予選で二回戦まで歩を進めたのは、……抽選の妙にて一回戦不戦勝の年が数回あったらしいので、より正確に言えば「予選で一勝をあげた」のは、実に二十年ぶりくらいのことらしい。
まぁ過去のことはどうでもいいや。うん、今日は朝からいい天気。予報によると、爽やかで過ごしやすい一日になるらしい。二回戦日和というやつだね。
制服に着換える時間すらもどかしい。全身の細胞が叫んでいる。野球がしたい! 早く試合がしたい!! 俺は意気揚々と学校へ向かったのだ。
「なんだ、あれ?」
いつものように、俺は茨戸さんが運転する車の後部座席にすわっていた。どうせ試合は午前中で授業うけずにそのままみんなで市営球場へいくんだから、制服じゃなくてユニフォームで登校させてくれればいいのになぁ。ていうか、そもそも学校ではなく直接市営球場を集合場所にすればいいのになぁ。なんて早る心をむりやり抑えながら外を見ていたのだ。
そしていつもの校門の前、違和感に気付いた。
大きなカメラを持っている者。徒歩で登校している生徒にマイクを向ける者。学校の警備員さんと揉めている者。とにかく、あきらかに生徒ではないおとなが大勢ウロウロしている。
「マスコミ、……のようですが。二回戦に挑む野球部の取材かもしれません」
茨戸さんが冗談めかしながらこたえる。
「えっ? あんなにたくさん? たかが予選の二回戦に? まさかぁ」
駐車場にはいる車の窓越し、いくつかのカメラが俺に向けられたような気がした。
「あまりテレビをご覧にならないお嬢様はご存じないかもしれませんが、先日の完全試合以来、お嬢様や美香保野球部はスポーツニュースではそれなりに大きな話題になっています。地元TV局のローカルニュースなどでは、今日は朝から美香保学園の二回戦について取り上げていましたよ」
ええええ?
「……彼らの取材対象には当然お嬢様も含まれるでしょう。しかし、マスコミの中にはたちの悪い連中もいます。そして、もともと世間には白石家を目の敵にしている者も少なくありません。外野から何を言われても旦那様のように徹底的に無視すればよいのですが、とはいえそう簡単に割り切れないこともありましょう。くれぐれも、マスコミ対応には気をつけてください」
う、うん。気をつけます。
我々の試合は市営球場の二試合目。登校し着換えた後、いったん部室に集合。簡単なミーティングをして、みんなでバスで出撃する予定だ。
「えー、みなさんおはようございます。今日は待ちに待ってた二回戦です。が、……そのまえに、皆さんにお知らせがあります」
いつもの通り、監督から対戦相手の簡単な説明とメンバーの発表、……のはずだったが。監督の笑顔が妙に引きつっているぞ。
そのうえ……。
「え? 誰?」
いまになって気付いた。部室の中、俺達部員の環の中に部外者がいるのだ。
美香保学園の制服を着ているが、見覚えがない男女二人組。ひとりは黒髪ロングに黒縁メガネの女生徒。ちょっとお堅い感じ。もうひとりは男子生徒で銀縁メガネ。線が細い。
だから誰? この人達は?
監督が何事かを説明しようと口を開く前に、ふたりが全員の前にでた。銀縁メガネ君が我々の様子をスマホで撮影している。そして、黒縁メガネのお姉さんがゆっくりと口を開いた。にっこりと微笑みながら、まるでバスガイドさんのように。
「野球部のみなさん、おはようございます! 私たちは美香保学園高校新聞部、私は部長の三年、百合原。こちらは太平君です」
はぁ? 新聞部?
「このたびは、私たちの密着取材にご協力頂きありがとうございます」
ふたりそろって頭を下げる。
密着取材ぃぃぃ?
左右の野球部員の顔を見る。みな口をポカンとあけている。キャプテンも何も知らないらしい。部員全員の視線が、二人組の隣で目を泳がせている監督の顔に向かう。
「し、しかたないのよ。地元のテレビ局と新聞社から密着取材を申し込まれたのをお断りしたら、じゃあかわりに同じ学校の生徒さんに取材して貰った記事や映像を提供して欲しいって。しかも、校長と理事長をとおして強く強くねじ込まれちゃったんですもの……」
そう言って俺達から目をそらす監督。ねぇちゃん、強引な押しに弱いからな。
「うちの新聞部といえば、たしか全国コンクールで金賞とってたような……」
一希ちゃんが小声でつぶやく。へぇ、俺はまったくもって知らなかったわ。あんまり興味ない分野だからね。
「そういえば彼女、百合原さん。ボクの同級生なんだけど、有力全国紙の社長令嬢だったような……」
このつぶやきはキャプテンだ。
そ、それは、結局はマスコミの取材と同じ事になるような気がするぞ。そりゃテレビ局の大人が直接おしかけてくるよりははるかにマシだけど……。
「みなさんが予選に向けて真剣に頑張っているのは理解しているつもりです。なるべくご迷惑おかけしないよう取材させていただきますので、なにとぞよろしくお願い致します!」
黒縁メガネの百合原さんが懇願。そのあまりにも必死の表情に困惑する部員達の中、一番に声をあげたのはやっぱり一希ちゃんだった。
「私は構わないですよ! 同じ学校の生徒なんですから仲良くやりましょう! そのかわり、格好いい写真とってくださいね!!」
百点満点の笑顔。銀縁メガネ君の顔が赤くなったのがわかった。
「琴似先生が了解したのなら、僕も問題ないかな」
キャプテンも賛成か。
「夢実はどうなんだよ? たぶんメインの取材対象はお前だぜ」
拓馬君が俺の顔を見つめる。拓馬君だけではない、期せずして監督ふくめ部員全員の視線が俺に集まる。
俺は、……えーと、今朝、茨戸さんからマスコミには気をつけるよう言われちゃったしなぁ。
「わ、わたしは……」
「白石さん!」
断ろうと顔をあげた瞬間、目の前に百合原先輩がいた。そして、両手を握られる。
わざわざ俺の身長に合わせて腰を落とし、正面から見つめられる。顔が近い。近いぞ。
「新聞部に協力して! おねがい!! 決して迷惑はかけないわ!」
「え? えーと、い、……いいですよ」
「やったぁ! ありがとう白石さん」
うわぁ、抱きつかないで。ちょうど顔に当たる。ていうか埋まる。もろに当たってるから!
この百合原さん。ちょっと顔のタイプは違うけど、真面目でお堅そうでしかも押しが強いとこが、ひかるとちょっと似ているかもしれないなぁ。ここだけの話、俺、こーゆータイプの女の子に強引にお願いされると弱いのかも。ねぇちゃんのこと言えないかもなぁ。
結局、ちょっと意外そうな顔をしながら拓馬君も同意。他の部員達も、俺と一希ちゃんがいいというなら、という感じで右にならいとなった。
「みなさん、ありがとうございます! 一緒に甲子園を目指しましょう!!」
甲子園を目指すことに異論は無いけど、意外なところからプレッシャーがかかってきたなぁ。
「コホン! では、試合前のミーティングを再開します。えーと、いまさらですが、二回戦の相手は中沼高校……です。あまり有名ではありませんが、堅実な守備を誇る油断ならない相手ですね」
本当にいまさらながら、監督が本日の対戦相手について説明を始める。新聞部のスマホカメラに至近距離から狙らわれて、ねえちゃんはあきらかに緊張している。いつものホワホワ感がなくなり、妙に喋り方がギクシャクしている。
「で、では、先発メンバーを発表します。いつものとおり、おおきな声でお返事してくださいね。では、一番から……」
部員が順番に呼ばれ、返事をかえす。その様子をカメラが狙う。百合原さんがノートPCになにやら打ち込んでいる。
うーん、監督だけでなくみんなもいつもより緊張しているな。試合に影響しなけりゃいいけど。
「……九番、ピッチャー白石夢実さん」
「は、はひっ!」
しまった。そう言う俺が返事うわずってしまった。いつも通りクールに返事をするつもりだったのに!
「夢実ちゃん、新聞部さんの取材を意識しすぎ!」
一希ちゃんに茶化される。
「い、い、意識なんて、……してない、もn」
噛んだ! みんなが笑う。恥ずかしい! 俺、いま、きっと耳まで赤くなってる。
……まぁ、これでみんなの緊張がとれたみたいだから、いいか。
ちなみに、我がチームは万年部員不足。ゆえに監督が形式張って発表するまでもなく先発メンバーは一回戦とまったく同じだ。すなわち、正規の部員は全員スタメン。控えは助っ人の生徒会長、山口先輩ひとり。だれも怪我しないことを祈ろう!
それは俺達のバスが市営球場に到着した直後のことだ。またしても、いつもと異なる光景。
…… なんだこの人数は?
ここは関係者以外は立ち入れない駐車場のはずだ。なのに、俺達を取り囲む取材陣の無数のカメラ。新聞部さんのスマホとは違うぞ。肩に担ぐでっかいテレビカメラ? その大群がそろって俺達を威圧する。そして突き出される無数のマイク。一回戦の時もビックリしたが、今日はその倍はいるんじゃないか?
「白石さん! 二回戦に望む気持ちを一言!」
バスを降りた途端、無数のフラッシュが瞬く。前に進めない。アナウンサーらしき女の人が叫ぶ。その迫力に圧倒され、反射的に答えてしまう。
え、えーと、がんばります。
「全国の野球好きの女子にメッセージをお願いします」
えええ? つ、つらくても、最後まであきらめないで……。
「相手は無名校ですが、今日も完全試合できますか?」
はぁ?
あっけにとられた後、反射的に怒りがわき上がる。野球という競技がバカにされたような気がしたのだ。
できるわけないだろう! バカじゃねぇの……「もういいから! ほら、夢実、いくぞ!!」
思わず暴言を吐きそうになった俺の前、拓馬君がそのでっかい身体をむりやり割り込ませる。無作法な連中から引き離してくれる。
「だからぁ。試合前の個別インタビューは連盟から禁止されているんですぅ!」
監督が、その小さな身体で必死に壁になってくれている。
逃げるように小走りに球場入り口に向かうオレ達。振り返れば、そこはマスコミにもみくちゃにされる監督と、遅まきながらかけつけた連盟のおっさん達で、阿鼻叫喚。あっけにとられるばかりの俺に、ため息をつきながら拓馬君が説教を始めた。
「夢実。おまえ、一回戦の完全試合いらい、どれだけマスコミで話題になってるのか、少しは自覚しろよ」
あ、あああ、そうだった。そういえば、一回戦の時もほとんど同じシチュエーションで拓馬君に説教されたような気がするな。俺って成長しないなぁ。
「ごめんなさい。いまひとつ、というかまったく実感がないもので……」
ていうか、あれはそもそもコールド試合だったから、記録上は正式な完全試合ではないはずだが。
「そんな細かいことどうでもいいんだよ。やつらは話題になるスターが欲しいんだから」
高校野球のスターなら、俺みたいな色物じゃなくても地元に本物の実力派、南郷や潤一がいるだろうに。
「そりゃぁ、おまえ、見た目が違う。誰だってあんなむさ苦しい男子より、おまえみたいなちっちゃい女子を応援したくなるだろう」
はぁ、……そういうものかねぇ。
まだ球場にも入っていないのに、今日は調子が狂うことばっかりだ。
えらい間隔があいてしまいましたが、今後もなにとぞなにとぞよろしくお願い致します。
2020.12.23 初出




