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53 文化祭 その1

 へぇ。なつかしいなぁ。


 おもわず声が出た。


 とある土曜日。俺は拓馬君たちと西高にきている。目の前の校舎にさがるでっかい垂れ幕には『西高祭』の文字。そう、今日はいわゆる西高の文化祭だ。


 我が美香保学園と西高は、なにかにつけ合同で行事を行うのが伝統であり、文化祭もその一環だ。さすがに完全に合同というわけではないが、お互いの生徒が自由に参加できるよう、お互いの文化祭の日程を一週ずらすことが恒例となっている。今週が西高祭で来週が美香保祭。もちろん、お互いの生徒ならば招待状なんか無くてもスルーパスだ。


 とはいえ本音をいえば、予選が差し迫っているこの時期、文化祭なんかにかまけている暇はない。そんな時間があったら少しでも練習したい。これはたぶん俺だけでなく、部員達の総意だと思う。


 しかし、監督にこう厳命されてしまったら仕方がない。『あらぁ、学校行事って大事にしなきゃだめよぉ。大人になってから絶対にいい思い出になるんだから。だから今日はみんなで西高祭参加すること。もちろん、来週の美香保祭にも野球部として出店するわよぉ』


 というわけで、おれたち美香保学園野球部の面々は、いくつかのグループに分かれて西高までやってきたというわけだ。ちなみに、一希ちゃんは体調不良でお休みだ。大丈夫かな?





 それはともかく。


 俺は楽しそうな西高生達を見て思う。


 やっぱり懐かしいや。来て良かった。


 校門に一歩踏み入れただけでわかる。乱立する彩り華やかな看板に、ビラくばり、出店、野外ステージ、そして生徒達の笑顔。みんな楽しそうだ。西高生は、学校行事の類いにはとにかく全力を尽くすのが伝統だ。すべてのクラス、部活、生徒会、そして先生達が、本業そっちのけで準備して、全力で楽しむのだ。いまどきの高校で、ここまで盛り上がる文化祭というのも珍しいのではないだろうか。


 俺も去年は、この中の一人だった。クラスでも野球部でもみんなと一緒に、……って、あれ? 俺、去年の文化祭の俺って、すべてのシーンでひかると一緒だった記憶しかないや。


「おい、夢実。野球部がグラウンドでなんかやってるそうだから行ってみようぜ」


 受付でもらったプログラムを眺めながら、拓馬君が指をさす。そうだな。まずは、野球部の連中を冷やかしにいかなきゃ。





 グラウンドの一角に長い行列。西高野球部名物たこ焼き屋台だ。屋台の中、ひときわでっかい身体にユニフォーム、その上からのエプロン姿で器用にクシを操りたこ焼きをつくるのは、西高が誇るエース琴似潤一である。


「マネージャーの作戦は大当たりだな。この調子だと、運動系クラブの中で集客数トップの地位を我が野球部が奪取するのも夢じゃない」


 女子生徒が大部分をしめる行列を満足そうに眺めながら、声をひそめて密談する男女ふたり。野球部主将とマネージャーだ。


「ふっふっふ。キャプテン、私の言ったとおりでしょう? 春の大会以来、いまや潤一君は西高の、いいえこの地区のスターですからね。彼を前面に出せば、ミーハーな女の子が集まると思ったんですよ」


 西高野球部マネージャ—、十軒ひかるが笑う。まるで悪代官と悪巧みをする豪商のように。


「それだけじゃない。あの『ストライクアウトパーフェクトでたこ焼プレゼント』のおかげで、近所のガキ共も集まって長い列を作っているしな」


 屋台の隣、マウンド付近には主にお子様達が集まっている。そして、ホームベースのかなり手前には、部員達が手作りした材木と段ボール製のパネル状のものが鎮座。それをめがけてお子様達が順番にボールを投げ込んでいるのだ。


 通称『ストライクアウト』。


 ストライクゾーンを九分割、それぞれのパネルに数字が書いてある、あれだ。マウンドからボールを投げ、三球ミスせずに全てのパネルを撃ち抜けばパーフェクト。野球部は、このアトラクションをつかって集客しているのだ。


「少しでも野球経験がある子どもなら、アレを見ればやってみたくなるはずです。一見すると、簡単にパーフェクト達成できそうな気がしますからね。たこ焼きがかかっていればなおさら」


 しかし、そう簡単にできるものではない。ストライクゾーンにボールを投げ込むというのは、素人が想像するよりも遙かに難しいことだ。さらにそれが九分割された狭い空間を、しかもダブることなく順番に射貫くなど、現実的には不可能だ。よっぽど練習しなければ、人間はそれほど正確にボールを投げることはできない。たとえプロの投手が挑戦したって、正式な距離に置かれたパネルでパーフェクトは滅多に達成されないのだ。だからこそ、野球というスポーツは面白いのだが。


「たくさんのガキ共を集客したあげく、景品としてたこ焼きを提供する必要は無い。なんという完璧な作戦。……マネージャー、おぬしも悪よのお」


「いえいえ、練習時間を削ってまで部員達にあのパネルを作らせたキャプテンにはかないませんよ」


「これで集客数とアンケート結果が校内一位になれば、その報酬は部費の割り当て増加だ。貧乏な我が部の財政も潤うというもの」


「ふっふっふ」「はっはっはっは」


 西高グラウンドのすみで、悪代官の高笑いがこだまする。だが、そうは問屋がおろさなかったのだ。


「おお!」


 アトラクションの周囲を取り囲む生徒やお子様達から、ときならぬ大歓声があがった。






「すげぇ」

「コントロールいいなぁ」

「あの制服、美香保学園の女子生徒だよな?」

「俺、あの娘みたことあるぞ」

「あ、スカートが。……もう少しで見えそう」


 マウンド上、いつもの通りアンダースローから投げ込まれたボールは、見事にパネルを撃ち抜いた。これで八枚。残るパネルは真ん中の一枚だけだ。


 ミスしたのは二球だけ。実はここまでに、すでに二回のパーフェクトを達成している。初めのチャレンジでいきなりノーミスのままパーフェクトを達成してしまったとき、ノリの良い西高野球部員が新たにすべてのパネルをセットし直してくれた。で、二回目のチャレンジはワンミスでまたパーフェクト。さらに一球ミスをしただけで、ここまで実に二十六枚のパネルをたった一人で撃ち抜いた。


 ふっふっふ。実際のストライクゾーンよりも遙かに近い距離に置かれたパネルなど、俺にとっては目の前も同じ。しかも、決して打ち返してはこないのだ。コントロールだけに気をつければいいのだから、こんな楽なことはないぜ。


 元チームメイト、西高野球部員から新たなボールが渡される。


「あと一球、君ならできる!」


 ……おまえ、どさくさに紛れて手を握るなよ。俺を相手になに顔を赤くしてるんだよ。俺が一年前いっしょに部室でわい談した仲だと知ったら、こいつどんな顔するのかな?


 ボールを握り直す。構える。セットポジションから、脚を胸まで引き上げて、腰を折り曲げる。


 チャレンジ開始直後は、控えめなフォームから力を抜いてゆるやかなボールで投げていたのだが、投球を重ねるうちいつの間にか本気になった。いまは実戦と同じフォームで全力投球だ。


 左足を思いっきり前へ、右膝を地面にこすりながら、腕をしならせ地面ギリギリでボールをリリース。


 すぱーん!


 小気味よい音をたてて、真ん中のパネルが撃ち抜かれた。


 おおおお!


 グラウンドに大歓声が湧き上がる。


 やったぁ。反射的にガッツポーズ。飛び上がりながらバンザイ!


 これで、三回連続パーフェクト! 拓馬君たちのたこ焼きもゲットだぜ! 屋台の中の潤一も拍手している。


「どうだ、潤一! たこ焼き三パック大至急焼いてくれ!!」





 しかし、はしゃぐ俺の前にひとりの女子が立ちはだかった。仁王立ちで俺を睨むのはもちろん、西高野球部マネージャー、十軒ひかるだ。


「こら! あなた野球部員でしょ。このアトラクションの対象は素人だけよ。……このたこ焼きは、没収します」


 俺がゲットしたたこ焼きのパックを奪い取る、鬼のような女。


「ひ、ひかる! ずるい。そんなルール聞いてないぞ」


「当たり前でしょ。あなたみたいのが参加したら、たこ焼き全部もっていかれちゃうじゃない。それと、……制服であのフォームはやめなさい。ちらちら見えちゃうから」


 えっ?


 咄嗟にスカートを抑える。周囲を見渡すと、あわてて男共が目をそらした。ガキも、西高生も、そして一緒に来た美香保の生徒も。


 最近は気をつけていたつもりだったが、一度あつくなっちゃうとつい忘れちゃうんだよな。こら、拓馬、どうして教えてくれないんだよ!!


「お、お、俺は、夢実の集中を乱さないようにと思って……」


 嘘つけ! そういえばおまえ、パネルじゃなくて俺の方ばかりガン見してたじゃないか!


 ふと屋台の方向をみると、潤一の野郎も顔を赤くして視線をそらしやがった。


 じゅ、潤一、も、もしかして、おまえもか? おまえもなのか? おまえ、とうとう身も心も野獣のようなスケベ男になってしまったのか?


「ぼぼぼぼ僕がそんなものに興味があるわけないじゃないか!」


 そんな真っ赤な顔をして嘘つくなぁ! ……ていうか、『そんなもの』とか言われちゃうとそれはそれで悔しいぞ、こら。





「なにバカな事言ってるのよ! 他のお客さんの邪魔よ」


 あ、ああ。すまん。


 ひかるが俺の手を取る。強引に俺を引っ張る。ん? なんだ?


「……ねぇ、あなたせっかく西高に来たんだから、ちょっと私と付き合ってよ」」


 

 



 

 

2016.07.12 初出

 


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