04.チェンジ その3
その夜。病院の個室の中、俺はもんもんとしていた。
看護師さんに安静にと言われたものの、もちろん眠れるわけがない。とりあえず周囲を見渡せば、やけにでっかくて豪華な部屋だ。やっぱりお金持ちなんだな、白石さん。
俺にはどうしても確かめたいことがある。しかし、いったい誰に尋ねればいいのか。ナースコールはおおごとになりそうだからいやだなぁ。とりあえず、病院の中を徘徊してみよう。
病室を抜け出そうと、抜き足差し足忍び足。動きずらいな、この身体。しかし、部屋をでてすぐの廊下、例のサングラスの秘書さんがいた。長いすに腰掛けて腕を組んでいる。
「あ、あの、なにをしているのですか?」
「私は夢実お嬢様の護衛ですから」
「護衛? 私の?」
「本当に、覚えておられないのですね……。白石家には敵がすくなくありません。旦那様の唯一の肉親であるお嬢様も標的とされかねませんゆえ、お側には基本的に護衛がついております。現に先日の事故も、運転手は薬物により錯乱状態でしたが、偶然ではない可能性がいまだに否定できません」
そ、そうだったのか。お金持ちって大変なんだなぁ。
このサングラスの護衛さんは、茨戸さんというお名前だそうだ。年齢不詳だが、そんなに年取ってはいないような気がする。お爺さまの昔からの秘書で、最近は夢実の運転手兼護衛の仕事が多いそうだ。
「覚えていなくて、ごめんなさい」
「いえ。でも、私はともかく、旦那様のことは……、いえ、無理して思い出す必要はありませんよ。それはともかく、どうしました?」
他の病室を覗いてまわろうとしていたなんて、言えるはずがない。が、この人は信用できるかもしれない。どうせこのままじゃらちがあかないのだ。正直に話してみようか。
「ええと、……事故の時、そばに男の子がいませんでしたか?」
「ああ、お嬢様をかばって助けてくれた少年ですね。この病院に入院していますよ」
そ、そうか。俺の身体は死んでいないのか。とりあえず、よかった、……のかな?
「……彼の病状は?」
「お嬢様と同じです。特に外傷はありませんが、少々記憶が混乱しているとか」
それは、もしかして……。
「お会いできます?」
「ご心配いりません。この病院の理事長は旦那様ですから、お嬢様の恩人である彼のあつかいには万全を尽くすよう指示がでています」
本当にお金持ちなんだなぁ、白石さん。でも、それはそれとして、私本人が会わねば意味がない。
「お、お礼をいいたいの、直接」
「すでに彼とご家族には、白石家から最大限の謝意が伝えられているはずですが、……そうですね。命がけで助けてもらったのですから、ご本人からも一言お礼してもいいかもしれません。まだ寝てはいないでしょう。私もお供します」
病室の前。琴似潤一の名札を目の前にして、俺の心臓はこれ以上はないというくらいドキドキしている。
ひとつ深呼吸。また野球をするためには、なんとしてでも元の身体に戻らねばならない。そのためにも、まずは確かめねばならないのだ、事実を。……よし、いくぞ。心を決めて、静かにノック。
「はーい」
たしかに聞き覚えのある声で返事がかえってきた。俺の声だ。
ドアをあけた俺の視線の先、ベットから半身起こしているごっつい男がいる。……俺だ。確かに俺だ。
お互いに目がまん丸になる。見つめ合ったまま動けない。いったい何分間、お互いの顔を凝視していたのか。
……そうか。おまえもか。おまえも同じだな。俺と同じ状況に困惑していたんだな。
とりあえず、最悪の状況でないことだけは一目でわかった。目の前の『俺』の中にいるのは『俺』ではない。琴似潤一の身体の中にいるのは、……白石夢実ちゃん、だ。
俺達、琴似潤一と白石夢実は、入れ替わってしまったのだ。
しばらくは一日一回、調子がよければ一日二回更新になります。よろしくお願いいたします。
2015.12.20 初出