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44 チアガール その3



 地方大会といえども決勝戦。甲子園優勝校やらドラフトの目玉が出場しているせいもあり、この試合はそれなりに注目されているらしい。


 てなわけで、球場には地元局のテレビカメラが来てる。ローカルチャンネルだが、地上波で中継までするそうだ。




『さぁ、春の大会もついに決勝戦をむかえます。実況はわたくし厚別、解説は大谷地さんのふたりでお送りいたします』


『よろしくお願いします。どのような試合になるのか、いまから楽しみですねぇ』


『この決勝戦、大会前の下馬評通りの対戦となりました。守りの西高に対し、攻撃力の小別沢。大谷地さん、まさに決勝を戦うにふさわしい両校が勝ち上がってきましたね』


『そうですね。小別沢打線はここまで一試合平均で八得点以上とっています。コールド勝ち三回と、春の選抜甲子園で優勝した際にみせた圧倒的な破壊力は健在です。特に南郷君は、なんとここまでホームラン六本。今年のドラフトの目玉との評判に恥じない大活躍ですねぇ』


『なるほど。対する西高はどうでしょう』


『こちらも凄い。なんと決勝までいまだ失点ゼロ。この大会の連続無失点イニング記録を更新中です。二年生のエース琴似君は二度のノーヒットノーランを含めて、与えたヒットが大会を通じてわずかに六本。まさに超高校級エースと言っていいでしょう』


『すると、この試合のポイントはどのあたりになりそうですか?』


『つきなみですが、琴似君を小別沢打線がどう攻略するのか。あるいは、南郷君の初めとする小別沢打線を琴似君がどのように抑えるのか。やはりそこがポイントになるでしょうねぇ』


『好ゲームになりそうですね。さぁ、決勝戦はまもなくプレイボールです』


 ……こうして改めて聞いてみると、スゲェな南郷も潤一も。俺たち美香保学園が甲子園に行くためには、この二人を破らなきゃならんのか。考えただけでくらくらしてくるぜ。





 そんなわけで、俺たち美香保学園とは関係のない決勝戦は始まったのだ。


 世間一般の下馬評では、守りの西高に攻めの小別沢ということになっているらしいが、しかし試合は緊迫した投手戦となった。


 潤一は相変わらず絶好調。文字通りの快投乱麻。さすがの小別沢打線も手も足もでない。このペースが続けば、完全試合も夢ではなさそうな勢いだ。


 だが、西高が優位に試合を進めているかというと、決してそうでもない。


 潤一が全国レベルのもの凄いピッチャーだということは多くの人が認めるところだが、小別沢のエースだって甲子園優勝ピッチャーなのだ。ていうか、実際に全国のスゲェ奴らと戦って優勝という結果をだしているだけ、こちらの方が実績があるとも言える。その上、俺はよく知っているが、攻撃力という点では西高は自慢の守備にくらべてそれほどのレベルではない。


 てなわけで、相変わらずのらりくらりとかわして打たせて取るピッチングを続ける小別沢エースの前に、西高打線は見事に術中にはまり完全沈黙。たまにヒットはでるものの、決定打がでない。


 おまけに、守備に関しては両チームとも良く鍛えられている。エラーは期待できない。これは両ピッチャーのガマン比べの試合になりそうだ。派手な打撃戦もたしかに面白いが、こーゆー玄人好みの痺れるような緊迫した投手戦もいい。応援している方は心臓が痛くなるけどな。





「夢実ちゃん、ダンスが止まってるよ!」


「あ、ご、ごめん。つい試合に見入っちゃって」


 試合はゼロ対ゼロのまま、終盤にさしかかる。緊迫した試合展開に、応援団にも熱が入る。


 小別沢の応援団は、応援団もチアリーダーもブラスバンドも統制がとれている。グランドをはさんだ向こう側からでもわかる、一糸乱れぬ見事な応援。さすが甲子園常連。選手だけでなく、応援団も場慣れしているのだ。


 一方で、こちらは混成で即席でぶっつけ本番の応援団だ。どうしても統制はとれない。しかし、その分は西高伝統のノリの良さでカバーだ。みんなの動きがバラバラでも、とにかく大きな声で力一杯の声援をおくる。


「こら、おまえ、本当に記者か?」


 突然、応援団席にドスの効いた声が響いた。何事かと振り返ってみれば、拓馬くんがひとりの男の襟首をつかんでいる。


 男はあきらかに高校生じゃない。先生でもない。手に持っているのは大きなカメラ。一見すると新聞記者風の格好をしているが……。


「な、何事?」


「盗撮だよ、盗撮。カメラマンの振りをして応援団席に潜り込んで、チアガールをローアングルから狙ってるんだろ」


 はぁ?


 球場の係員さんに連行されていく男。試合に集中しててまったく気づかなかったが、俺はあんな奴にすぐ足元からあのでっかいレンズで狙われていたのか?


「な、な、な、なんのために?」


「お前のその姿の写真を撮って、ネットで売るんだろ」


「はぁぁ? ね、狙うなら、わたしよりも他の子でしょ」


「夢実、おまえ鈍すぎる。自分がどれくらい注目されているのか、少しは自覚しろ!」


 はぁぁぁ?


「あほ! 知らないのか? おまえあのピッチング以来、ネットじゃかなり有名な、……ってどうでもいいや、そんなこと。とにかく、おまえの盗撮を狙ってる奴はいっぱいいるんだよ。気をつけろ」


 と、盗撮? そういえばスポーツ新聞社やら週刊誌の腕章つけたカメラマンのでっかいレンズも、妙にこちらを狙っているような気がしないでもない。さっきラッキーセブンに応援団席にTV中継のインタビューが来たときも、妙に俺にカメラが向いていたような気がする。気のせいか? 気にしすぎだよな?


「気のせいじゃないんだよ! さっきみたいな素人の変態盗撮ストーカー野郎はもちろんだが、真っ当なスポーツ記者もおまえには興味津々でネタを狙ってるはずだ。なによりもおまえ、政財界だけでなく裏世界にも敵の多い白石の爺さんの孫娘なんだ。たちの悪いゴシップ誌の記者とかには気をつけろよ。いいな!」


 拓馬くんが言ってることはよくわからないが、現役大臣の息子が言うのだからここは素直に聞いておこう。……南郷賢も、甲子園で注目されたとき、関係ない親のことでいろいろ言われたりしたんだろうなぁ。


 まぁ、なんにしても助かった。こんな姿の俺の写真で盗撮野郎に商売されるのは御免被りたいからな。


「あ、ありがとう、拓馬さん。潤一、じゃなくて琴似君と南郷君の勝負に見とれていて、ちっとも気付きませんでした」


 ふん。


 あら、拓馬くん。お礼したのにどうしてそんなに不機嫌なんだよ。





『四番、ファースト南郷君』


 試合は終盤にさしかかり、イニングはもう八回の裏。いまだ得点はゼロ対ゼロで小別沢高校の攻撃。バッターボックスには四番南郷。そして、マウンドにはエース潤一。この試合三度目の対戦だ。


 またしてもダンスも忘れてグランドに目を奪われている俺の視線の先、バッターボックスの中の南郷は、いつも通りの仏頂面だ。あいつ、これだけ完璧に押さえ込まれている試合なのに、よくぞあんな冷静な、というか無表情な顔していられるな。さすが修羅場に慣れているということか。あの表情の裏で、いったい何を考えているんだろ?


 そういえば、あいつが恐い顔したのって、一回戦で俺との対戦の時にしか見たことないな。……俺以外との対戦の時には、あの顔はしないのか?





『さぁ八回裏、小別沢高校の攻撃は期待の四番、南郷君からです。解説の大谷地さん、ここまで二打席凡退している南郷君としては、どうやってピッチャー琴似君を攻略すればいいですか?』


『さぁ、どうしましょう?』


『は?』


『い、いえ、冗談です。ですが、本当にどうしたら良いのでしょう。私が教えて欲しいくらいです。ピッチャーの琴似君、今日は絶好調ですからねぇ』


『そうですね。琴似君、強豪小別沢打線を相手にここまで七イニング、バッター二十一人に対して奪った三振がなんと十六。いまだランナーなし。この調子なら奪三振記録と、さらに完全試合も夢ではないという、まさに手がつけられないピッチングをつづけています』





 そう、今日の潤一は絶好調。仏頂面の南郷に対して、実に楽しそうな顔をして快投を続けている。いい笑顔だ。


 エースとしてチームメイトの信頼にこたえることができるのは、そりゃ嬉しいだろう。応援団のみんなからこれだけの声援をもらえれば、そりゃ気分はいいだろう。


 でも、俺はちょっと心配だよ。おまえ、自分が野球選手としてどれだけ恵まれているのが、まだ自分ではわかっていないだろう。野球という競技の本当の怖さと面白さが、まだ理解できていないだろう。野球そのものを楽しんでいるというよりも、自分が活躍することでチームメイトや同級生が喜んでくれることが嬉しいだけなんじゃないのか? もともと引き籠もりのニートだから、人から褒められることに慣れてなさそうだし。


 野球は何がおこるかわからない。実力を出し切っても勝てるとは限らない。もしおまえが負けちゃったとき、……チームメイトの期待に応えられなかったとき、それでもおまえは野球を楽しいと思えるのか?





『さぁ、注目の対決です。南郷君に対して、マウンドの琴似君、いつものように大きく振りかぶり、背中をこちらに見せて第一球、……投げました!』




 

 

2016.03.27 初出

 


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