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43 チアガール その2


 試合開始が刻々と迫る。


 ライト側スタンドに陣取る西高応援団は、既に大いに盛り上がっている。予想外の野球部の快進撃により急遽組織された即席応援団ではあるが、この手のイベントに対する西高生のノリの良さはすごい。成績の良い奴らってのは、往々にして集中力をむける対象の切り替えが上手い(俺はあまり成績の良い方ではなかったが)。勉強とは関係ないイベントにも全身全霊でのめり込むのだ。お上品な美香保学園の皆様が、みんな面食らっている。


 応援団の中でもチアガールは十人ほど。俺は一番ちっちゃいので一番前の列だ。


 さらにその前、チアガールのリーダーがスタンドの一番前に仁王立ち、こちらを向いて檄をととばす。


「えー、西高応援団およびチアリーダーのみなさん! もうすぐ試合開始です。ぶっつけ本番ですが、すこしでも選手の力になれるよう、我々もちから一杯応援しましょう!!」


 もちろんこのリーダーの子は西高の女子だ。ちょっと背が高くて、ポニーテールにしている、……うわあ、俺が潤一で西高生だった頃の同級生、たしか体操部だった女の子だよ。


 こいつは、ひかると仲良しだった。いつもひかると一緒に居た俺とも、当然よく話す仲だった。


 この姿の俺が俺だとわかるはずないとはいえ、俺が潤一だった頃の知り合いに夢実になってしまった俺を見られるのは、かなり恥ずかしい。もし俺が俺だと知ったら、この子はどんな反応するのかなぁ。


「応援の前に、本日の合同応援に参加してくれた美香保学園の皆様、ありがとうございます」


 リーダーが、俺と一希ちゃん、ついでに学ラン姿で応援団に参加している美香保学園野球部の面々にむけて頭を下げる。同時に周囲の西高生から盛大な拍手がわき起こる。


 お、お礼なんかする必要ないから、そんなに俺を見るな。注目しないでくれ。……手を振って愛想を振りく一希ちゃんの度胸がうらやましい。




「で、チアガールの応援ですが、いまさら派手な振り付けは不可能なので、プリントで配った何種類かの基本的な動きの繰り返しで誤魔化します。まずは一通り練習してみましょう。私が一番前でやるとおり、マネをしてください!」


 ちなみに、チアガールの振り付けは、ほぼぶっつけ本番だ。そりゃそうだ。俺だってこんなことになるなんて決まったのはつい先日のことだ。練習する暇なんてあるわけがない。ついさっき、同じく緊急募集された西高の子たちとともに、手書きの振り付けのイラストが印刷されたコピー数枚が配られただけだ。


 イラストの振り付けは、みんないっしょに腕をふったり、足踏みしたり、腰に手をあててポーズをとったり、ひとことでいってラジオ体操に毛の生えたような程度のものだ。コピーされたプリントには『とにかく笑顔で』『照れない!』『わざとらしいくらい動きを大げさに!』 てな走り書きがある。


 チアガールといっても、緊急招集されてダンスなんて素人ばかりだからな、俺も含めて。そして、この衣装で大勢の人々の前に出てビビってしまう子だっているだろう、俺みたいに。


 だから、小難しいダンスなんて出来るわけがない。そんな場合は、下手なり開き直ってに堂々と踊った方が格好いいということなのだろう。それはわかる。わかるんだけど、しかし、しかし……。


 とりあえず、リーダーのマネに集中する。他人の目を気にしない。気にしない。気になるけど気にしない。両手を腰にあてて踵を上げ下げ。足踏みしながら腕を回して、……おっと、笑顔できてるか、俺? と、その瞬間。ふと視線に気づく。西高の男子数人がマヌケ面でこっちを見て何か言っている。


 ぞくり。


 背中に悪寒を感じた。俺の身体に絡みつく、まるで全身をなめ回すような視線。こ、こ、これは、あきらかなエッチな視線だ。


 女の子は、本能的に男のエッチな視線を感じることができる、とどこかで聞いたことがある。それが、これか? この感覚なのか? お、お、俺の身体が、そんな視線でみられているというのか?


 お、おまえら、もと同級生だろ。いっしょにわい談したこともある仲だろ。って、……もしかして、俺もこーゆー視線で女の子を見ていたのか? た、た、た、たしかに思い当たる節がないこともない。クラスの女の子のスタイルを比べてどれが好みかとか、こいつらと本気で喧嘩したこともある。 ……やめろ! そんな視線で俺を見るな! 俺の身体と他の子の身体を比べるな! 一希ちゃんみたいなスタイル抜群な子と俺を比べるのはやめてくれ!!


 おもわず視線をそらす。一希ちゃんは、……いや普通の女の子は、普段からこんな視線に晒されてどうして平気なんだ?





「ねえねえ、おれ西高の清田っていうんだ。きみ野球部でピッチャーやってた子だろ? 一緒に写真撮っていい?」

「俺は平岸。連絡先交換しようよ」


 うわぁ、一通りの振り付けの練習が終わったあと、こいつら俺の側に寄って来やがった! だれか助けてくれぇ!


「こら! そこのアホども!!」


 俺の救世主になってくれたのは、チアガールのリーダーの子だ。


「美香保学園のお嬢様に鼻の下伸ばしてる暇があったら、ちゃんと応援しなさい!!」


 その剣幕に、アホ共はすごすごと退散していく。なんて凜々しい。惚れてしまいそうだ。


「ごめんなさい。せっかく応援しにきてくれたのに、うちの学校バカな男ばっかりで」


 本当にバカだ。ちなみに、バカな男共であるが、偏差値だけなら西高生の平均は美香保より二十くらいは高いはずだ。さっきの奴らなんて、たしか全国模試で三位と五位になったことがある。ついでにどうでもいいことだけど、生徒のお小遣いは美香保の方が二十倍くらい多いけどな。


「びっくりしちゃった? 本当にごめんなさい」


 とりあえず頷く。しかし、……西高生はとにかくノリがいいというか、イベントがあると全力ではしゃぐ奴が多いということは、俺は知っていたはずだ。あいつらも、ナンパというよりも、せっかくの合同応援だから親睦を深めようという程度のノリなのだろう。それは理解できる。俺がびっくりしたのはそこではなくて、……そんな男の子にビビってしまった自分自身についてだ。


 俺、考えたくないけど、夢実の身体に引きづられて精神まで乙女になってきちゃったのかなぁ。潤一、……あいつは、どうなんだ? 女の子にあんな視線を浴びせる側になってしまったのか?






 試合前の練習。その前に選手達がスタンドの前に整列、応援団に挨拶に来た。


 全校応援を前にして、ちょっと照れたように頭を下げる西高野球部員達。スタンドからは大きな拍手。


「琴似くーん、がんばって! 夢実ちゃんもチアガール姿で応援しているよー!!」


 大声援の中、澄んだ声が響き渡る。一希ちゃんだ


 ば、ばか、余計なことを!


「あ、潤一君、気づいたみたい! 夢実ちゃんも、ほら、手をふって!」


 一希ちゃんに誘われて、しかたなく俺も手を振る。極めて控えめに。


 ちなみに、昨日の夜の電話も、今日の朝のランニングの時も、潤一にはチアガールの件は話してない。恥ずかしいからな。


 潤一の奴、こんな姿の俺と視線があった瞬間、目をまん丸にしやがった。おまえ、そんなに驚かなくてもいいんじゃないか?


「夢実!」


 今度は野太い声が響く。潤一の声だ。


「ぼく絶対勝つから。そこでしっかり見ていてくれ!」


 チームの大黒柱にして絶対的エースの大声に、スタンドが湧く。応援団やチアガールの皆様、全員が俺を見る。注目があつまる。


 あ、あ、あの、ばか。


「あらららら、潤一君、夢実ちゃんのために勝つって」


 一希ちゃんが肘で小突いてくる。やめてぇ。


 そして、視線に気づく。こんどはエッチな視線ではない。ちょっと毒のある、敵意が込められ、突き刺さるような視線?


 恐る恐る周囲を見渡すと、西高の女子、……全員とはいわないが何人かが、俺を睨んでいる。


 えっ? なに? なんで俺にらまれてるの? もしかして、俺、西高の女子にきらわれちゃった? 俺が潤一に声をかけられたから? そんなバカな。……潤一の奴、もしかして西高ではモテるのか。


 わぁぁ、グランドで選手達と一緒の列に並んでいるマネージャーのひかるが、まるで般若の形相で俺と潤一を交互に睨んでいる。お、おまえ、こないだ一緒に御礼のクッキー焼いたときは、あんなに仲良く出来たのに。俺はあの時、久しぶりにおまえと沢山話せて嬉しかったんだぞ。何が気に入らないのかしらんが、そんなに睨まないでくれよ。





 狼狽える俺になど関係なく、試合開始時間が刻々と迫る。今度は小別沢の練習時間だ。南郷の奴はファーストか。守備位置に入る前に、西高応援団の前をとおる。


「賢にいさーん!」


 またしても一希ちゃんの大声。アグレッシブな子だな。南郷にむけて大げさに手を振っている。


 か、一希ちゃん。南郷はいちおう敵だから、やばいんじゃないの?


「まだ試合始まってないから、平気平気」


 お、南郷の奴こちらを見た。こちらに気付いた瞬間、いつもの仏頂面が一瞬にして崩壊。数秒間とまどった表情をみせた後、目を伏せてしまった。口元がちょっとだけゆるみ、赤くなってる? 俺達、……じゃなくて一希ちゃんのチアガール姿に照れてるのか?


 ……ふっふっふ、俺はしっている。あいつは世間的にはクールで追っかけの女の子のあしらいも上手だと思われてるようだが、実はかなりうぶで純情な奴だからな。ついでに正義感も強い。顔もちょっといいし、野球もうまい。


 おお、南郷の奴、こちらに向けて小さく手をふりかえしてきた。奴にしては上出来な反応だ。えっ 俺を見てる? ……まさか。一希ちゃんに決まっている。

 



 

 

2016.03.20 初出

 


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