42 チアガール その1
「おい、夢実。おまえ、兄貴と何があったんだよ!」
野球部の練習中、基礎練習に励む俺にしつこくつきまとい、執拗におなじ事を問い続ける男がいる。南郷拓馬君だ。
こないだの事件(?)の後、俺はひかるといっしょに、助けてくれた南郷さんちに御礼にうかがったのだ。南郷家は、ちょっと大きいもののごくごく普通の一軒家であった。南郷賢は、あいかわらずの仏頂面で俺達を出迎えてくれた。
しかし、俺には一目でわかったぞ。美少女ふたりに御礼をいわれて、こいつは照れている。視線が定まらず、目の玉が上下左右に泳いでいる。普段から南郷ギャルに追っかけられている地元のスターのくせに、なかなか可愛い奴じゃないか。
それを横目で眺めながら、ニヤニヤしている南郷の父。現役の大臣である南郷父は、ごくごく普通の気のいいおっさんであった。
しかし、おなじ家に住んでいながらひとり事情を知らされないままの男がいた。南郷賢の弟、拓馬くんだ。それ以来、彼は少々ご機嫌ななめなのだ。
「拓馬さんには関係のないことです」
別に拓馬くんに意地悪をしているわけではない。
『永田町闇のキングメーカー』やら『日本最後の博徒』とさえ呼ばれるあの白石の爺さんの孫娘が悪人達に車に連れ込まれ暴行されかけたなんて、公になればそれなりに大事になる。もしかしたら公安の案件だろう。いまのところ単なるバカなチンピラが起こした偶発的な事件らしいが、場合によっては国政の政局や裏社会の抗争にからむ可能性すらある、……らしい。茨戸さんのお話しによれば、だけど。
そんなスケールの大きなことを言われても俺にはまったく実感がないが、しかし、あの事件の事を知った直後に怒りの余り血圧が上がってお爺さまが入院してしまった件が、世間には秘密にされているのは事実だ。……まぁ、命にかかわるほどの病状ではなく、毎日部活帰りに面会に行ってもオッケーな程度なんだけどね。
とにかく、そーゆーわけで、俺や関係者は、拓馬君も含めて関係ない人には一連の出来事を内緒にしているのだ。ていうか、俺自身、チンピラに暴行されかかったなんて、あんまり言いふらしたくないし。
ちなみに、俺達を助けてくれた白石家の事務所の恐いお兄さん達には、御礼ということで俺とひかる手作りのクッキーを配っておいた。強面のお兄さん達はまなじりを下げて照れながらも、ちゃんと受け取ってくれた。ほんと、こーゆー時は女子高生は得だわ。
「なぁ、おしえろよ、夢実」
「しりませんってば」
「南郷!!」
ピクっ
突如、拓馬くんの後ろからカミナリがおちる。『南郷』と呼ばれ、おもわず反応して振り向いたのは南郷拓馬くんと、ついでに俺。
「南郷拓馬。いまは練習中だぞ。何をサボっているんだ?」
「す、すいません、キャプテン」
振り向くと、目の前に居たのは頭から湯気をたてたメガネのキャプテンだ。
この人、ちょっと前までは温厚で優しげな人だったのに、ここんとこいきなり熱血球児になったなぁ。熱血なのは部活の時だけらしいけど。
「練習中におしゃべりとはずいぶん余裕があるようだ。白石さんの変化球も捕球できないくせに」
ぐさっ!
おお、キャプテンの言葉が拓馬くんの胸に突き刺さった音がした。
せっかく俺が南郷(兄)からとった三振が、こいつのエラーのせいで振り逃げになった件か。どうせあそこで俺は降板するしかなかったんだから、気にすることないと俺は思うのだが、……拓馬くんは彼なりに気にしているらしい。
「ほらほら、落ち込んでる暇があったら、練習練習!」
「は、はい」
いきなり表情をきりかえて練習をはじめる拓馬くん。眉毛がつり上がり、瞳の奥で炎が揺れている。精神論は好きじゃないけど、嫌いじゃないよ、こーゆー練習の雰囲気は。
だが、あの事件のことを気にかける部員は、拓馬くんだけではなかったのだ。
「ゆ、夢実ちゃん。……賢にいさんと、なにかあった?」
更衣室でおそるおそる尋ねてきたのは、一希ちゃんだ。拓馬のバカがうるさいので、一希ちゃんの耳にもはいってしまったのか?
「な、な、なんもないよ。私と南郷にはなんの接点もあるはずがないし!!」
「そ、そうだよね。よかったぁ」
一希ちゃんは、同じ地元の名家と有力政治家の家同士ということで、幼い頃から南郷家とはお付き合いがあるらしい。南郷賢のことは、子どもの頃から『賢にいさん』と呼ぶくらいで、べったりの仲だそうだ。彼女が野球をはじめたのも彼の影響だって言ってたな、そういえば
そんな『賢にいさん』が別の女の子と何かあったらしいと耳に入ってしまったら、そりゃ気になるだろうな。……拓馬の奴め!
一希ちゃんには、南郷に助けてもらったって正直に言った方がいいかな。別に後ろ暗い事なんてないんだから。……ないんだよな? ないよ。ないに決まってる。
よし、言ってしまおう。……機会があったらね。
そんなある日の放課後。
「チアガール? 私が? なぜ???」
突然おかしなことを言い出したのは、春の大会で野球部に助っ人にきてくれた山口先輩だ。
山口先輩は、有名作家の息子だとかで、ついでに文武両道なんでもできるハンサムで、校内の女子に人気ナンバーワンの男の子なのだそうだ。俺はよくしらないけど。だが、もっとも重要なのは、彼が生徒会長だということだ。
その生徒会長が、俺と一希ちゃんを名指しで指名しやがったのだ。春の大会決勝戦で西高との合同応援団に参加して欲しいと。
「頼む。西高生徒会からの是非にという申し出なんだ。しかし我が校には応援団やチアリーディング部がない。急な話だから一般生徒から募集する時間もない。君たちなら西高野球部とは縁もあるし……。おねがいだ」
美香保学園と西高が古くからなにかにつけライバルであることは、いまさら言うまでもない。多くのクラブが定期的な対抗戦を行っており、もちろん野球部も例外ではない。
ライバルであるということは、競い合うだけでない。合同合宿などは多くのクラブが実施しているし、大会でどちらかの学校が運良く勝ち上がれば、両校そろって応援するという伝統もある。ほとんどが文系のクラブだが、歴史的には剣道だか馬術だかで間違って全国大会までいって両校いっしょに全校応援した例もあるらしい。とはいっても、基本的に両校ともスポーツは弱いので、そんなことはめったにないのだが。
で、この春の大会における西高野球部の決勝進出は、快挙であるわけだ。すでに西高では全校応援が決定しており、美香保学園の生徒も任意に参加することになる。それなりに注目されている試合でもあり、できれば華やかな応援にしたい。しかし、両校に正式な応援団は存在しない。特に西高は女子生徒が少ない。
というわけで、両校生徒会の呼びかけで臨時のチアガールを募集することになった、ということらしい。
ちなみに、準決勝でも潤一は絶好調だった。二安打完封で西高は危なげなく勝ち上がり、対戦相手はもちろん、あの南郷が率いる小別沢高校だ。
まぁ、西高を、……というか潤一を応援してやること自体は別に問題ない。ないが、しかし、しかし、……南郷にも恩があるからなぁ。
……い、いや、ちがう。ちがうぞ。問題の本質はそこではない。
巷の噂では、今回の合同応援は、西高の夏の甲子園での応援の予行練習も意識していると聞く。そんな応援団に参加しろということは、俺たち美香保学園野球部が夏の予選に勝ち上がって甲子園にいくという可能性が初めから考慮されていないということじゃないか? いや、たしかに美香保学園が甲子園にいく確率は限りなくゼロに近いのは確かだろうが、はっきりそう言われてしまうとちょっとむかつくぞ。くそ。
決勝戦当日の朝。
俺達、美香保学園野球部の面子は、市営スタジアムのライトスタンドにいる。真剣勝負に臨む選手達にとっては関係ないことだけど、決勝戦くらい地元プロ野球チームの本拠地のスタジアムでやればいいのにね。使用料が高いのかな?
試合開始前。全校応援の西高生と、数十人の美香保学園生徒。両校のブラスバンドと即席応援団とチアリーダーが配置につく。
他の男子部員は西高と同じ学ランで応援団。俺と一希ちゃんはチアガールの衣装に着替えだ。
そう、結局おれはチアガールを断れなかった。助っ人で野球部を助けてくれた山口先輩の頼みだし、なによりも一希ちゃんが例によってノリノリでオッケーしてしまったからだ。それにしても、俺達がオッケーした途端、衣装やらなんやらを一日で用意するとはたいしたもんだよな。さすがお金持ち学校だぜ。
……って、着換えようという時点で初めて気づく。
しまった。『潤一と南郷とどちらを応援するべきか』とか、『甲子園を目指す俺達が応援にかまけていて良いのか』などという問題は、本当に些細なものだった。問題の本質はさらにさらに別の所にあった。
俺が、この俺が、……この格好で、踊れというのか? この俺が?
西高の色、えんじ色の上下。袖無し、もちろん超ミニ。
こんな格好で人前にでるだけでも恥ずかしいのに、これで踊れってか? 腰をふれってか? 脚をあげろってか? 俺には無理だぁ!
「夢実ちゃん、とても似合ってるよ。すっごい可愛い。食べちゃいたいくらい」
もじもじしている俺をみて、一希ちゃんがわらう。
に、似合う? 俺にこれが似合う? 喜んでいいのか、悲しむべきなのか……。
「そんなにモジモジしないの。いつも制服のミニできわどい動きしてるじゃない!」
いつも、って。……俺だって、夢実に借りたこの身体に失礼のないようにと思って、最近はかなり気をつけるようになってきたんだけどな。
一希ちゃんは、試合開始前の段階からすでにノリノリだ。健康的な色気満載。すらりとのびた長い手足がまぶしい。
「制服の時と違って、これは中身みえても恥ずかしくないから平気平気」
と、脚を上げてみせる一希ちゃん。
ちかくにいた男の子が息をのんだのがわかる。そりゃそうだ。
一希ちゃんの白いふとももが、くびれた腰が、ちらりと覗くおへそが、動くたびに揺れる胸が、なんというか、……俺が男だったら鼻血がでそうだ。
「うふふ、かわいいじゃない! ゆ・め・み・ちゃん」
ねぇちゃん!
俺の姿をしげしげと眺めながらニヤニヤしているのは、美香保学園野球部顧問として応援に来ているねぇちゃんだ。
あ、あ、あ、あほ。見るな! カメラをかまえるな!!
「写真くらいいいじゃない。いっしょにお風呂にも入った仲なんだしぃ」
た、たしかに、ねぇちゃんには世話になった。思い出したくもないが、琴似家に遊びにいったとき、いっしょにお風呂にもはいった。というか、無理矢理つれこまれた。そして、いろいろと教えてもらったのだ。女の子として必要ないろんな身だしなみとかを。
こんな格好して脇とか脚とか男の子に見られても平気なのは、ねぇちゃんのおかげだ。それは一応感謝している。しているが、……あんなことは、もう二度とゴメンだ!!
「実は昨日ね、ひかるちゃんから聞いちゃったの」
「な、な、なにを?」
「夢実ちゃん、あの南郷君に助けられちゃったんだって? 彼の格好良さに赤くなってたんだって?」
あ、あ、あ、あのバカ。……そういえば、昔から、ひかるとねぇちゃんは電話で乙女トークする仲だったな。
「安心してぇ。潤一はまだ知らないから」
「何が『安心して』なんだよ」
「だって、こんな可愛らしいチアガールの女子高生が……」
か、か、か、可愛らしいって、誰の事だよ!
「かたや甲子園優勝のスラッガーと、かたや一大会で二度もノーヒットノーランをやる超高校級エース。こんなふたり男の子を手玉に取る小悪魔だったなんて、……当人達が知ったらショックよねぇ」
あほー、人聞きの悪いこと言うなぁ!
2016.03.13 初出




