41 守る者と守られる者 その2
「はなせぇ!!!」
車の中。俺の身体にまとわりつく何本もの太い腕。しゃにむに手足を動かし身体をよじっても、俺は抵抗できない。身動きさえできない。
「黙らせろ」
「いっぱつぶん殴ればおとなしくなるんじゃね」
悪人共の声が耳元でひびく。
くそ、くそ、くそ、くそ、こんな、こんな……。
「ドアをしめろ。車をだせ!」
だが、車のドアが閉じられる寸前、俺の腕は大きな手につかまれた。
「なんだ、おまえ!」
一瞬、何が起こったかわからない。車内が怒号で満ちる。俺をひきずりこもうとした男が、逆に殴り倒されたのだ。
そして、まるでカツオの一本釣りのように、俺の身体は車からひっぱりだされた。あらっぽく地面に座らせたあと、俺の前に立ちはだかる大きな身体。ふとい腕。街灯の逆光でよく見えないが、がっしりとしたシルエット。
「大丈夫か?」
振り向いた顔は、どこかで見たような仏頂面。うなずく俺を一瞥すると、仏頂面は正面の小悪人達に向き直った。
「いいかげんにしておけ」
「なんだ、てめぇ」「……おまえ、南郷か?」
「あんたら、……うちの卒業生だったな。在校中から校外のたちの悪い連中と付き合っていたので有名な。あんまり我が校の恥をさらすのはやめてくれないか」
南郷は落ち着き払ったままだ。しかし、ドスのきいた低い声。そのど迫力に男達は動けない。
「南郷、てめぇ、後輩のくせに、俺達とやる気か? 学校にいるときから目障りな奴だったが、いま俺達が誰の世話になっているか知ってるのか?」
「……あー、いや、何か誤解してるようだけど、俺は先輩達とけんかする気はないよ。一応野球部だし、不祥事はまずいから」
南郷の声は、この期に及んでもまったく動揺していない。むしろのんびりしているように聞こえる。
「……なんだそれは。ふざけるなよ、こら」
悪人の一人が一歩踏み出る。そして、南郷の襟元をつかむ。
「いや、俺はね、先輩達のために言ってるんだよ。自分が手を出した相手が誰だがわかってるのか? ……周りをみてみろ」
なに?
男達が慌ててまわりを見わたす。いつのまにか、数人の男に取り囲まれている。柄の悪い彼らとは明らかに雰囲気の異なる男達。
雨の中、傘も差さずに高級スーツをぬらしている男が十人ほど、さらに数台の車が、彼らの逃げ場を塞ぐように包囲しているのだ。一目でわかる。こいつらは、やばい。
俺と南郷、そして悪人達は、いつのまにかスーツ姿のお兄さん達に取り囲まれていた。
そのうち何人かには見覚えがある。マンションの最上階のひとつ下のフロア、お爺さまの事務所に詰めている恐いお兄さんのひとりだ。みな、悪人達を睨みつけている。
「な、なんだ?」
「いい機会だから教えておいてやるよ。世の中にはね、あんた達みたいな素人さんが絶対に手をだしちゃいけない種類の人間がいるんだよ」
「し、素人だと?」
激高し、拳をふりあげようとして、手が止まる。スーツの男達の視線に身体が固まったのだ。かわりに、震える指で、スマホを手に取る
「……誰に連絡するつもりか知らないけど、無駄だと思うよ。あんたらの仲間なんて何人集まっても無駄。どこかの組ならなおさらすぐに上の方で話がついてあっという間に切り捨てられるだけだし。ついでに言うと、警察に助けをもとめても、たぶん黙殺されちゃうんじゃないかな」
「な、な、なにを!」
「お嬢様。……遅くなってもうしわけありません。お怪我はありませんか?」
茨戸さんが俺に向けて丁寧に頭をさげる。
「い、いや。南郷のおかげで大丈夫。……ひ、ひかるは? 俺よりも、ひかるは大丈夫なのか?」
「彼女なら心配はいりません」
茨戸さんの視線の先をみれば、ひかるを羽交い締めにしていた少年も、白石家の事務所の強面のお兄さんの前で固まっている。
「白石さん、私は大丈夫。心配しないで」
「よかった……」
身体の力が抜ける。おもわず隣にいる南郷の袖をつかむ。
「本当に大丈夫なのか?」
「あ、ああ。ひかるが無事でよかった」
「彼女はともかく、おまえはあまり大丈夫には見えないが」
南郷が俺に視線を向けないまま、ぼそぼそ口をひらく。こころなしか、顔が赤いかもしれない。なぜだ?
それはともかく、俺がぼろぼろなのは確かだ。身体中が細かく震えている。膝がわらって、脚に力がはいらない。
ぺたん。
あれ?
ひかるが無事だとわかったとたん、力がぬけた。俺はその場に座り込む。
ふわ
肩に何かがかけられた。南郷が自分が着ていた上着を掛けてくれたのだ。
「す、すまん。……じゃなくて、ありがとう」
「おまえ、友達だけじゃなくて、もう少し自分の心配をしろ。そんな格好にされたんだぞ」
「ん?」
そう言われて、俺ははじめて自分の格好に気づいた
脱がされたブレザー。ボタンが千切れたブラウス。破れたスカート。下着が半分みえる。
……うわあ。我ながら、すげぇ格好。こんなの爺さんにみられたら、きっとショック死するに違いない。
「あ、……えーと、あまり見ないでくれ」
見上げると、……南郷はやっぱり視線をそらしている。そうか。さっきからこいつの顔が赤いのは、俺の格好のせいか。
アホが。お前がそんな顔したら、俺も突然はずかしくなってきたじゃないか。顔が赤くなってきた。
「格好だけじゃなくて、ケガはないのか?」
「う、うん。ないと思うけど……」
もみくちゃにされたのは確かだが、ケガはない……と思う。しかし、あの悪人共に自分がされそうになったことを改めて意識した瞬間……。
あ、あれれ?
涙が、……今頃になって涙が出てきた。
……正直に言おう。こわかった。本当にこわかった。
ひかるが暴行されそうになったことが、……いや、それだけじゃない。俺自身の身におこったことが恐ろしかったのだ。
この身体は、男には絶対にかなわない。男の暴力に屈せざるをえない理不尽さに涙がでた。他人に頼らなければ自分の身さえ守れない事実が悔しくて、涙がとまらない。
目の前に何かが差し出された。
ティッシュ? ポケットティッシュだ。南郷が差し出したのだ。これで涙をふけってか? こいつらしいと言えばその通りだが。……まぁ、いい。助かった。ありがとう。
「お嬢様、とりあえず車へ」
茨戸さんが俺に手をさしのべる。
「たてるか?」
隣にいる南郷が、視線をそらしたまま俺の手をとる。
「ああ、ありが……、あれ?」
ぺたん。半分立ち上がりかけて、ふたたびおしりが地面におちた。立てない。まだ脚に力がはいらない。
さっきから『あれ?』ばっかりだな俺。しかし、俺のこの身体がなぜか俺の思い通りいかないことばかり続くのだからしかたがない。
ふわり
突然の浮遊感。何が起こったかわからない。
「……軽すぎだ」
南郷が俺を抱き上げたのだ。お姫様だっこだ。
「うえあー、ななななにを、おろせ、おろしてくれ!」
「いつまでもそんなところに座っているわけにもいかなだろ? ほら、白石先生の事務所の皆様も待ってるし」
そう言われると、反論しようがない。自分で立てないのだからしょうがない。いつの間にか涙は引っ込んだ。かわりに、……顔が熱い。
「あ、ええと、茨戸さん、勝手に車から飛び出してごめんなさい」
「いいえ、お嬢様。ご無事で何よりです。まずは帰りましょう。……南郷先生のご子息ですね。お嬢様を助けていただいてありがとうございます。正式な謝礼は後ほど改めて。では、後の始末は我々ですませますのでご心配なく」
周囲の男達も、俺と南郷にむけて頭を下げる。
ちょっとほんわかした雰囲気の中、しかしそれに納得しない者達がいた。俺に暴行しようとした悪人達だ。
「ふ、ふざけるな!」
自分たちがまるっと無視されている状況に激高したのか、ひとりが懐からナイフをとりだすと、近くにいた白石家のお兄さんに切りかかった。
しかし、逆に一瞬で殴り倒される。車にいた三人あわせて、悪人はあっという間に悶絶。茨戸さんが黙ってうなずくと同時に、お兄さん数人が車に乗り込み、伸びている悪人達とともにどこかに走り去ってしまった。
たった数秒間のできごと。唖然として見送る俺。その場に残されたのは、白石家の人間、南郷、ひかる。そして、初めにひかるにからんだ小別沢高生だ。
「あ、あ、あいつらは、どこに連れて行かれるんですか? 素人には見えなかったけど、仕返しとか、大丈夫ですか?」
「お嬢様は知らなくてもよいことです。それに、素人ではないのならなおさら、旦那様の名前をだせば簡単に話がつくでしょう。バックのいないやんちゃな少年グループや外国人集団の方がかえってやっかいなくらいですよ」
そ、そうか。そういうものなのか?
「じゃ、じゃあ、彼らは?」
俺は、最初ひかるにからんだ少年達を指さす。俺としては、もっとも許せないのはこいつらだ。
サングラス越し、茨戸さんが彼らをにらむ。その視線だけで、少年達はふるえ上がる。
「……高校生ですからね。事務所にご同行願ってちょっとお話しに付き合ってもらいましょうか」
「お、おい、俺達をどうするんだ? ななな南郷、おまえ、大臣の息子だろ! なんとかしてくれよ!」
「こんなときばかり頼られてもなぁ」
南郷がわざとらしく両手を広げる。しかし、彼は自分の学校の生徒を見捨てはしなかった。
「あー、えーと、茨戸さん。彼らは僕の同級生なんです。騒ぎにしたくないので、なんとか許していただけませんか」
「……彼らはお嬢様に手をだしたのです。このまま帰すとしめしがつきませんので」
「そこをなんとかお願いします。同級生の僕からつよく言い聞かせておきます。白石先生には、あらためて父から話を通させていただきますから」
茨戸さんが俺を見る。俺にまかせるということか。俺としては許したくないが、しかし俺を助けてくれた南郷がそう言うのなら仕方がない。それに、……
「わ、私からもお願いします。あまり大事にしないでください」
ひかる自身がこう言うのなら、まぁいいだろう。いやいやながら、俺は頷く
「……わかりました。お嬢様がそう言われるのでしたら」
行け! 茨戸さんが顎で合図する。
弾かれたように、少年達は逃げ出した。全力疾走。あ、こけた。暗い中、雨も降ってるのに、そんなに慌てるから。それでも、振り向きもせず必死に逃げていく。よっぽど恐かったんだろうなぁ。
「じゃあな」
南郷が仏頂面のまま去ろうとする。
「ま、ま、まて、南郷!」
「ん?」
「……ありがとう。助かった」
「そこの彼女を助けたのはおまえだ。そして、おまえを助けたのは白石先生のところの皆さんだよ」
いつもの仏頂面のまま、南郷は頭をかく。
「俺は親父の名前をつかっただけだ。……あまり格好良くはなかったかもしれないが、これは不祥事をさけるため、ということにしておいてくれ」
あたまをかきながら、苦笑いする南郷。照れ隠しなのだろう。仕草がちょっとわざとらしくて爺臭いが、決していやみには感じない。いやむしろ……。
「いや、……かっこよかったぞ」
言ってから気づく。しまった! 俺はなんてことを。
あわててひかるを見る。ひかるも頷いている。うん。そうか。そうだよな。俺は間違ってない。かっこよかったよな。女の子から見て、さっきのこいつは確かにかっこよかった。
そんな俺に様子に、南郷がちょっと面食らっているようだ。
「そ、そうか? ……おまえ、野球やってるといっても一応は女子なんだから、あまり無茶するな」
無茶? あ、ああ、あれは無茶だったか、やっぱり。
死ぬほど悔しいが、その通りだ。あれは無茶な行動だったのかもしれない。今の俺は、以前の俺とは違う。それを思い知らされた。
「おまえはお嬢様なんだから、あまりケガするような危ないマネはするな。次に対戦するときは、万全な調子できてくれないと困るからな」
「……南郷が言うなら、明日からはそうするよ」
2016.03.06 初出




