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40 守る者と守られる者 その1



 部活の後、学校帰り。いつものとおり茨戸さんが運転する車の中。


 春の大会一回戦敗退の後、我が美香保学園高校野球部の練習風景は、劇的に変化した。以前ののんびりとした雰囲気は一掃され、緊張感あふれる濃密な練習時間がつづく。ちょっと格好良く言えば、みんなの心の中でくすぶっていた野球に対する情熱に火がついた、というところか。


 とはいっても、真面目に練習したからといっていきなり上手になるほど、野球は甘いものではないんだよね。


 いくら必死に練習しても思ったように上手くはならない自分自身にいらだち、ただひたすらより厳しい練習を渇望する気持ちは痛いほどわかる。俺にも経験あるからな。というか、まさに今の俺自身がそうなんだが。だけど、……最近ちょっと頑張りすぎの部員達の身体が心配だわ。みんなお坊ちゃんお嬢ちゃん育ちだからね。俺も含めて。


 まぁそれはともかく、今日も今日とて野球部の練習に熱がはいりすぎ、帰りがすっかり遅くなってしまったわけだ。


 身体はくたくた。お腹も空いているはずなのだが、食欲よりも肉体の疲労の方が大きい。気を抜くと眠ってしまいそうなのをなんとか我慢して、窓の外を眺めている。


 一回戦敗退弱小校の俺達が練習している間にも、まだ春の地方大会は続いている。練習終了後、制服に着換えながら一希ちゃんとスマホでチェックした準々決勝の結果、……またノーヒットノーラン? 潤一の奴、この大会ここまでほとんどヒットうたれてないんじゃないのか?


 くそ。


 自分の小さな手をみる。ケガはほとんど治ったが、投球練習はまだしていない。監督の指示で、今は無理をせずほとんど基礎練習の毎日だ。


 はやくあの変態ナックルを完全にものにしたいんだけどなぁ。いやそのまえにスタミナづくりか。気ばかりがあせる。


 いつの間にか雨が降ってきたか。……と、車が商店街の端にさしかかった頃、若者の集団が目に入った。





 いまのは?


 たぶん高校生。暗がりの中、誰かを取り囲んでいた。真ん中にいたのは女の子じゃなかったか。それも……。


「茨戸さん、とめてください」


 反射的に声が出た。


「どうしました? お嬢様」


 とりあえずブレーキをかけてくれる。車が路肩により、停止する直前にロックを解除。むりやり道路に飛び降りる。


「お嬢様! なにを!」


 はしる。車が通ってきた道を逆にはしる。


 どこだ。


 いた。高校生の集団。着崩した制服。あまり健全な集団には見えない。


 ここは基本的に高級住宅街、治安の良い街だ。とはいっても、柄の悪いのが皆無というわけでもない。


 そしてここは商店街のはずれ。ちょっといかがわしいお店もある界隈。柄の悪い男の子数人に、セーラー服の女子高生が絡まれてる。


「ひかる!」





 西高野球部マネージャ、十軒ひかる。


 今日は、春の大会の準々決勝だった。西高野球部は、エース琴似潤一による今大会二度目のノーヒットノーランで快勝。秋の大会に続く快挙に、学校側はもし決勝まで進出すれば全校生徒による応援を決めたとか。


 これはあくまで噂だが、気の早い校長や生徒会が甲子園での応援の予行演習の意味も込め、美香保学園との合同応援も申し入れているらしい。両校には存在しない臨時応援団やチアガールの募集もするとか。


 まだ夏の予選までは二ヶ月もあるのに、気の早いことだ。まぁ、それだけ期待されているということなのだろう。がんばらなくちゃ


 試合後の軽いミーティングの後、いつもどおり潤一といっしょに家に帰った。その後で、買い物を思い出した。


 明日、母が夜勤から帰ってくる前に買っておかなきゃ。


 もう暗くなってしまったが、生まれた時から住んでいる街だ。確かに女の子がひとり出歩くにはちょっと遅いが、子どもじゃあるまいし。まったく心配などしていなかった。


 だが突然の雨の中、小走りになった途端、路地からでてきた男の子とぶつかってしまった。


「痛てっ!」


 制服をだらしなく着崩した、柄の悪そうな高校生。


「ご、ごめんなさい」

「あーあ、汚れちゃったよ。どう責任取るの、これ?」


 ニヤニヤした見るからに軽薄そうな少年が、実に頭の悪そうな物言いで絡んでくる。


「ふーん、その制服、エリートの西高生?」

「へぇ、化粧っ気なくてださいけど、近くから見ればけっこう可愛い顔してるじゃん。ちょっと俺達につきあってよ」


 いつの間にか、仲間が後ろに回り込んでいる。逃げ場のないひかるの腕をつかむ。


「は、はなしてください!」

「かーわいい。いいところ連れて行ってやるよ」


 無理やり腕を引っ張ろうとする。


「痛い! はなして!」

「うるせぇ。黙ってついてこい」





「おい! あれ」


 小別沢高校野球部キャプテン南郷賢は、チームメイトが指さす方向に視線をうつし、眉をひそめる。


 春の大会の準々決勝からの帰り。もちろん小別沢高校は勝利。自身ホームランも打った。自分たちの勝利の後、ライバルである西高の試合を偵察してからの帰りだ。


「からんでいるのは、うちの生徒か?」

「南郷、気持ちはわかるが、かかわらない方がいい。今は大会中だ。不祥事は勘弁してくれ」

「……見て見ぬ振りもできないでしょ」

「はぁ。我らがキャプテンは正義感つよいから」


 かまわず南郷はそちらに向かう。他の部員達も、ため息をつきながらそれに従う。だが、からまれている少女を助けようと動いたのは、彼らだけではなかった。


「ん、俺達より先に助けがはいったみたいだぞ」





 取り囲まれからまれている少女と、むりやり連れ去ろうとする男。その間に小さな影が割り込んだ。


「その手をはなせ!」

「なんだぁ、こら、……はぁ?」


 たしかに声が聞こえた。やけに可愛らしい声だ。一瞬、声の出所を探す。どこだ? 視線を下げ、やっと声の主をみつけた。


「ひかるから、その手をはなせって言ってるんだよ」


 睨みあげるブレザー姿のちっちゃな少女。


「なんだ? おまえ」

「……白石さん」

「こいつ、美香保の生徒か。……へぇ、中学生? ちょうどいい、おまえもちょっとつきあえよ」

「ふざけるな!」


 肩をつかもうと伸ばした手を避ける。そのままひかるの腕をつかみ、少年達の環から引っ張り出そうとする。


 ……だめだ。別の少年に後ろからつかまれる。ふりほどけない。


 ちっ!


 ひとつ舌打ち。脚を上げ、正面の男の腹を蹴る。


 まさか蹴りがくるとは思わなかった。蹴られた少年が一瞬ひるむ。が、それだけだ。まったくダメージになっていない。


「このやろう!」


 ぐうパンチが夢実の頬めがけて飛ぶ。なんとか避ける。しかし、つかまれた腕をおもいきり引っ張られる。


「きゃっ」

「なにするのよ!」


 雨で濡れた路面に腰をついた俺。ひかるが駆け寄ろうとするが、うしろから羽交い締めにされる。


「汚い手でひかるに触るな! 離せ!!」





 一瞬、誰かが助けに来てくれたかと思った。目がくらむようなまぶしい光が俺達を照らしたのだ。


 車のヘッドライトだ。派手なバン。


「何やってるんだ? おまえら」

「先輩!」


 あきらかに堅気じゃない青年が、数人おりてくる。


「ナンパですよ、ナンパ」


 くそ。こいつらの仲間か。


「へぇ、育ちの良さそうな子だな。こっちは俺達がもらっていくよ。……車に連れ込め! お前らはお前らで勝手にあそんでな」

「せ、先輩! そんなぁ」

「全員は車に乗りきれないから仕方ないだろ。……俺のいうことに文句があるのか?」


 痛くなるほどの力で腕をにぎられ、無理矢理くるまにひっぱりこまれる。


 やばい。車につれこまれたら終わりだ。


 全身の力で抵抗する。しかし、男ふたりの力にはまったくかなわない。


 どうして、この身体はこんなに力がないんだよ!


「やめろ!」


 どうして、こんなやつらに自由にされるんだ。


「白石さん!」


 外でひかるが叫んでいる。まだ少年に羽交い締めにされている。


「ひかるから手をはなせ!」


 ひかるとは小学生、いやその前からの付き合いだ。お袋がいないうちの姉弟と親父がいないひかるとは、いつも一緒に居た。ひかるがいじめられてる時はかならず俺が助けてやった。それが俺の仕事だと思っていた。今も思っている。だから……。


 必死に身をよじる。何本もの腕が俺の身体に絡みついている。ブレザーが半分脱がされる。


「ひかる! おまえは逃げろ」

「はは、こいつアホだな。まずは自分を心配しろよ。自分がこれから何されるかわかってないのか?」


 ブラウスのボタンが引きちぎられる。スカートがやぶかれる。


「やめろ! はなせ! ひかるをはなせ!!」


 くそ、くそ、くそ、俺は、俺は、幼馴染みの好きな女も守れないのか?




 

 

 あくまでもお気楽なスポ根ファンタジーですから、主人公があんまり酷い目にあうことはありません、たぶん。


 つづきは明日か明後日にも投稿できると思います。


2016.03.05 初出


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