表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/70

36.春の大会 その5




「本当にごめん。次はしっかり守るから……」


 ファーストとライトが俺に向かって何度も頭を下げる。


 先輩、俺は大丈夫から。そんなに謝らないで!


 ……もしかして、俺の笑顔がこわばっていた? がっかりした気持ちを隠しきれなかった? まずい。どうする。どうしてよいかわからない。これ以上事態を悪化させないために、とりあえず先輩から視線をそらす。





 そう、いまは試合中だ。目の前のバッターに集中だ。集中しろ。俺を中心としたチームを作るといった監督の言葉に報いるためには、ここが頑張りどころだ。


 バッターは三番。まだノーアウト。カウントはワンボール・ワンストライク。さっきのボール、当たり損ないとはいえタイミングはばっちりあっていた。ならば次はどうする。


 くそ、考えがまとまらない。脳味噌に酸素がたりない。もう、何を投げても打たれそうな気がしてきたぞ。


 拓馬君のサインは? そ、そうだな。とりあえずタイミングをはずすため、チェンジアップなんていいかもな。


 なにも考えず頷き、三球目のモーションに入る。チェンジアップだ。どうだ! ……セーフティバントぉ?


 ボールをリリース直後、バントの構えをみせたバッター。それを見て俺とサードが一歩前にでる。しかし、バッターは一旦バットを引いた。そして、改めてスイング。


 バスター? ランナーもいないのに? 俺が疲れてると思って、嫌がらせかぁ。


 おそらく単なる嫌がらせのつもりだったのだろう。しかし、投げられたボールはスローボール。バットを引っ込めてから改めてスイングしても十分に間に合う。そして、ボールはバットの芯で捕らえられた。


 キンっ


 甲高い音と共に、ジャストミートされたボールが正面に飛ぶ。低い弾道。鋭い打球がセンター前に抜け、……なめるなぁ!







 自然に右手が出た。出てしまった。このバッターがヒットで出塁してしまっては、ファーストとライトの先輩がさらに萎縮してしまう。


 右手前でバウンドしようかというボールを、反射的に右手ですくい取りにいく。


 バシッ


 一瞬、捕れたと思った。しかし、俺の小さな手では、ボールの勢いを完全には殺せない。そのまま俺の手ごと地面をこすり、そのあと三遊間に転がっていった。


 逆を突かれたショートが慌てて処理するが、間に合うわけがない。さらに、むりやり投げたファーストへの送球がそれる。






 ああ、似たようなシーンがあったな。たった数ヶ月前のことだ。相手はやっぱり小別沢だった。


 ……ボールが当たった痛さよりも、ボールを止められなかった悔しさよりも、まず一番に俺の頭をよぎったのは、そんな呑気な思いだった。






『バッター、バントの構えからバスター、二遊間に抜けようかというピッチャー強襲ライナーがピッチャー白石さんの右手にあたりました。ボールをとったショートのエラーもありノーアウトランナー三塁!』


『今のは、あたったというより、白石さんが自ら右手で取りにいったんじゃないですか? 右手大丈夫でしょうかね』


『キャッチャーが心配そうに近寄りますが、白石さんそれを制します。笑顔が見えます。大丈夫なようですね』


『それにしても、女の子なのにすごい執念ですねぇ。この執念が美香保ナインにつたわればいいのですが』





「夢実!」


 駆け寄ろうとする拓馬を手で制する。ベンチの監督も、ついでに主審も何か言いたそうだ。大丈夫。大丈夫。俺は大丈夫だから。


 ……こ、今度こそ、ちゃんと笑顔ができているだろうな。


 ここで深刻な事態であることがバレたら、しゃれにならんぞ。なんたって、うちのチームはもう控えが居ない。コールド負けは覚悟しているが、せめてあいつとだけは勝負させてくれ。


 ネクストバッターズサークルにいるあいつを睨む。南郷賢。


 くっそー。笑ってやがる。俺が潤一だったころ、あの試合でも似たような事があったな。あの時と同じような顔してやがる。俺が手を痛めていることがバレたか?


 ……そうだよ。痛いんだよ。


 素手の右手を打球が直撃したんだぞ。そのあと地面にこすったんだぞ。痛くないわけないだろう。死ぬほど痛い。指先から血までできちゃったよ。


 これどうするんだよ、おい。




 

 

2016.02.11 初出

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ