36.春の大会 その5
「本当にごめん。次はしっかり守るから……」
ファーストとライトが俺に向かって何度も頭を下げる。
先輩、俺は大丈夫から。そんなに謝らないで!
……もしかして、俺の笑顔がこわばっていた? がっかりした気持ちを隠しきれなかった? まずい。どうする。どうしてよいかわからない。これ以上事態を悪化させないために、とりあえず先輩から視線をそらす。
そう、いまは試合中だ。目の前のバッターに集中だ。集中しろ。俺を中心としたチームを作るといった監督の言葉に報いるためには、ここが頑張りどころだ。
バッターは三番。まだノーアウト。カウントはワンボール・ワンストライク。さっきのボール、当たり損ないとはいえタイミングはばっちりあっていた。ならば次はどうする。
くそ、考えがまとまらない。脳味噌に酸素がたりない。もう、何を投げても打たれそうな気がしてきたぞ。
拓馬君のサインは? そ、そうだな。とりあえずタイミングをはずすため、チェンジアップなんていいかもな。
なにも考えず頷き、三球目のモーションに入る。チェンジアップだ。どうだ! ……セーフティバントぉ?
ボールをリリース直後、バントの構えをみせたバッター。それを見て俺とサードが一歩前にでる。しかし、バッターは一旦バットを引いた。そして、改めてスイング。
バスター? ランナーもいないのに? 俺が疲れてると思って、嫌がらせかぁ。
おそらく単なる嫌がらせのつもりだったのだろう。しかし、投げられたボールはスローボール。バットを引っ込めてから改めてスイングしても十分に間に合う。そして、ボールはバットの芯で捕らえられた。
キンっ
甲高い音と共に、ジャストミートされたボールが正面に飛ぶ。低い弾道。鋭い打球がセンター前に抜け、……なめるなぁ!
自然に右手が出た。出てしまった。このバッターがヒットで出塁してしまっては、ファーストとライトの先輩がさらに萎縮してしまう。
右手前でバウンドしようかというボールを、反射的に右手ですくい取りにいく。
バシッ
一瞬、捕れたと思った。しかし、俺の小さな手では、ボールの勢いを完全には殺せない。そのまま俺の手ごと地面をこすり、そのあと三遊間に転がっていった。
逆を突かれたショートが慌てて処理するが、間に合うわけがない。さらに、むりやり投げたファーストへの送球がそれる。
ああ、似たようなシーンがあったな。たった数ヶ月前のことだ。相手はやっぱり小別沢だった。
……ボールが当たった痛さよりも、ボールを止められなかった悔しさよりも、まず一番に俺の頭をよぎったのは、そんな呑気な思いだった。
『バッター、バントの構えからバスター、二遊間に抜けようかというピッチャー強襲ライナーがピッチャー白石さんの右手にあたりました。ボールをとったショートのエラーもありノーアウトランナー三塁!』
『今のは、あたったというより、白石さんが自ら右手で取りにいったんじゃないですか? 右手大丈夫でしょうかね』
『キャッチャーが心配そうに近寄りますが、白石さんそれを制します。笑顔が見えます。大丈夫なようですね』
『それにしても、女の子なのにすごい執念ですねぇ。この執念が美香保ナインにつたわればいいのですが』
「夢実!」
駆け寄ろうとする拓馬を手で制する。ベンチの監督も、ついでに主審も何か言いたそうだ。大丈夫。大丈夫。俺は大丈夫だから。
……こ、今度こそ、ちゃんと笑顔ができているだろうな。
ここで深刻な事態であることがバレたら、しゃれにならんぞ。なんたって、うちのチームはもう控えが居ない。コールド負けは覚悟しているが、せめてあいつとだけは勝負させてくれ。
ネクストバッターズサークルにいるあいつを睨む。南郷賢。
くっそー。笑ってやがる。俺が潤一だったころ、あの試合でも似たような事があったな。あの時と同じような顔してやがる。俺が手を痛めていることがバレたか?
……そうだよ。痛いんだよ。
素手の右手を打球が直撃したんだぞ。そのあと地面にこすったんだぞ。痛くないわけないだろう。死ぬほど痛い。指先から血までできちゃったよ。
これどうするんだよ、おい。
2016.02.11 初出




