35.春の大会 その4
『春の地方大会一回戦、美香保学園高校対小別沢高校の対戦は二回裏、南郷君の二打席連続ホームランなどで八対ゼロと小別沢高校が大きくリードしています』
『あ、監督がでてきましたよ。ピッチャー交代ですね』
『美香保学園ピッチャー交代です。真駒内君にかわって、ピッチャーは、……白石。一年生の白石夢実さんです。おそらく公式戦で女子選手が投手として出場するのは史上初めてでしょう』
『全国の女子野球選手が注目しています。頑張って欲しいですね』
さぁて公式戦。どうせ世間様は、弱小高校が敗戦処理として色物を起用したとしか思ってないだろう。……って、この試合だけみれば確かにその通りなんだけどな。しかし、それでも俺には重大な使命がある。
俺を送り出した監督は、こう言ったのだ。
『いくわよ、夢実ちゃん。初めから全力で飛ばすのよ。たとえスタミナが切れてコールド負けでもいいから。でも、最低でも一巡は完璧に抑えてみせて。そうすれば、みんな、あなたのスタミナさえなんとかなれば『夏はいける』と思いこんで本気になってくれるわ。……たぶん』
最後の『たぶん』がちょっと気になるが、俺もその通りだと思う。だから、後先考えず最初から全力で行くぞ。『プロでも初見では打てない』という解説者さんの言葉を信じよう。
『リリーフ白石さん、投球練習を終えて試合再開です。二回裏、小別沢高校の攻撃はツーアウトランナーなしで五番バッターから』
『小別沢のクリーンナップはみんな恐いですからねぇ。でも、白石さんのアンダースローからのボール、あれはなかなか打ちづらいですよ』
『その白石さんのボールがどこまで通用するか。さぁ注目の第一球、投げた!』
どこまで通用するかだぁ? なめんなよ。
いくぞ、本気の第一球。思いっきり脚を踏み出し、投球練習よりも上半身を大きく倒す。そして、腕をめいっぱいしならせて、指が地面をかするほど下から、……どうだ!
『ス、ストラーイク! 内角高め、バッター身体を仰け反らせて避けましたが、ストライクです。白石さんの初球、凄いボールでしたね』
『バッターが唖然としています。あれだけ下からボールが出てくると、バッターからみて顔にむかってくるように見えるんでしょうねぇ。しかも、ボールが目の前でホップしています。どんな投げ方してるんでしょうねぇ』
『二球目、……空振り! ほとんど同じコースでしたが、バットはボールの遙か下を空振りです』
『こんなボール、ほとんどの選手は見たこともないでしょう』
『さあ、三球目は、……あああ、スローボールだ。バッター完全に体勢を崩して、空振り三振! 今のはチェンジアップですか?』
『そうでしょうねぇ。ストライクゾーンから大きく曲がりながら外に落ちていきましたが、前のボールを見ているバッターにとって、バットを止めるのは難しいでしょう』
『三球三振! 美香保学園ピッチャー白石さんの見事なリリーフ。二回裏、小別沢高校の攻撃スリーアウトで終了です』
「ナイス! 夢実ちゃん、さすが!」
「白石さん、すごいよ」
ベンチに帰ると、みんなが褒めてくれた。ふっふっふ、もっと褒めてくれたまえ。西高との対抗戦以来、チェンジアップもいっぱい練習したし、ほんのちょっとだけどスタミナもついたんだよ。
「拓馬さん、とりあえず打者一巡するまでは、全部三振をとるつもりでいくわよ」
俺は小声でキャッチャーの拓馬にささやく。
「おまえがそう言うならそれでいいけど、その後はどうするんだよ。おまえ、スタミナは……」
「いいの!」
夢実の迫力にのまれた拓馬が黙る。監督を見れば、だまって頷いている。
ごくり。拓馬はひとつツバを飲み込む。監督と夢実が考えている事を理解してしまったのだ。
……この試合は捨てるってことか?
『試合は進んで五回裏。初回と二回の大量点により、八対ゼロと小別沢高校が大きくリード。……しかし三回以降、小別沢の得点はゼロがつづいています。それどころか、三回、四回と三者三振。二回から数えれば七人連続三振。この三振の山を築いたのは、なんと美香保学園の女性ピッチャー白石夢実さんです』
『浮き上がるストレートに、同じ速度から横に滑るスライダ。そして超スローのチェンジアップ。バッターからリリースの位置が見えずらくタイミングが取りづらいという彼女のフォームの利点を最大限活かした投球が見事ですね』
『しかしこのイニング、小別沢は三番からのクリーンナップ。二打席連続ホームランの南郷君にも打順がまわります。快投をつづける白石さんに対して、小別沢打線はどのように攻めればいいでしょう?』
『そうですねぇ。ピッチャーに心配があるとしたらスタミナでしょう。白石さん、四回くらいから明らかに肩で息をしています。球速はさらに落ちていますし、小別沢打線も一巡して目が慣れてきます。じっくりボールを見れば、そろそろ捕まえられると思いますが……』
『この試合は五回を超えて十点差がつけばコールドゲームが成立します。つまり、この五回裏にあと二点とれば、小別沢高校の勝利となりますが、はたして勝負は決するのか!』
くっそー、さすが解説者。俺のスタミナ切れを見破ったか。……ていうか、誰がみてもわかるか。さっきから息切れてるもんな。正直言って疲れた。腕が痛い。肩も痛い。もう帰りたい。ベットに入って潤一に電話して今日の俺の頑張りを報告して、そして眠りたい。
しかし、俺は投げる。投げるぞ。コールドゲームはもう避けられないだろう。でも、せめて、せめて、あの南郷の奴に一矢報いてやる。
まずは、目の前の三番。初球は外にはずして様子を見る。……くそ、ピクリともしない。
勝負したくても、もうストレートは速度も回転も足りなくてほとんどホップしないんだよなぁ。でも、スライダならちょっとは曲がる。二球目は、ストレートと思わせて内角高めにスライダでどうだ!
しめた、ひっかかった。当たり損ないのファールフライ! 三振はとれなかったが上出来だ!!
俺は、一息ついた。ついたはずだった。
『二球目、バッター打ちました! あたりそこね、ふらふらっとあがったファーストのファールフライ。ファースト後ろに走って、間に合いそうです、……ああああっ、ライトと交錯! ボールを落としました。ファール!』
「ご、ごめん、白石さん。疲れてるのに」
ファーストの先輩が声をかけてくれる。一瞬、ほんの一瞬、地面に落としてしまった視線を、強引に持ち上げる。落ち着くために深呼吸。ひとつ、ふたつ。みっつ。よし!
「だ、大丈夫ですよ。ドンマイドンマイ」
精一杯の笑顔で答える俺。こーゆーときは、無理矢理にでも笑顔をつくるのだ。お人形のような夢実ちゃんが笑顔をみせれば、ミスをした守備陣の雰囲気だってよくなるはずだ。
……笑顔、つくれてたよな?
2016.02.07 初出




