33.春の大会 その2
『地方大会とは言え全国的にも注目されるこの試合。実況はわたくし厚別、解説は大谷地さんの二人でお送りいたします』
『甲子園優勝校である小別沢に対し、美香保学園がどう挑むのか。楽しみな試合ですね』
『さあ、球審の手があがりました。公式戦として初めて女子選手が出場する歴史的な試合、いまプレイボールです』
アナウンサーと解説者さんが何か言っているようだが、俺達には女子選手云々なんて関係ない。仲間達といっしょに強豪に対して真剣勝負を挑む、……その期待と不安で胸がいっぱいだからな。
「それにしても、……みんなガチガチに緊張しすぎだよ」
ベンチの中、ねぇちゃんの隣に座る俺。選手達の様子を見ておもわず声が出た。
「でもねぇ、強豪を相手に緊張したり不安にさいなまれるって、これでも大変な進歩なのよぉ。去年までは、どんな相手でもみんななんとなく試合に臨んで、いつのまにかコールドで負けて、誰も悔しがりもしなかったんだから」
……そうか。そうかもな。俺達は、我が美香保学園は少しづつだが確かに進歩している。俺の出番はまだまだ先だが、気合いをいれて応援するぞ。
だが、試合は初回から動いたのだ。それも意外な方向に。
一回表、美香保学園の攻撃。
敵のピッチャーはどちらかというとかわすピッチング主体の軟投派。うちの打線は初回からおもしろいように術中にはまってしまう。微妙に異なる何種類もの変化球を打ちあぐんで内野ゴロとフライの連続、たった五球でチェンジだ。
そしてその裏。
我が美香保学園のエース、キャプテンは気合いが入っている。傍目にも少々気合いが入りすぎているのが見え見えで、心配なくらいだ。
それを見越したように、一番バッターいきなりのセーフティバント。
虚を突かれたキャプテン、一塁線に転がるボールを目指し、あわててダッシュ。ボールを拾い上げ、すぐ横を疾走していくバッターランナーにタッチ、……できない?
ランナーが身体をひねって器用に避けたのだ。あわてて一塁に投げたボールは、ファーストの遙か上を通り過ぎ、ライト線を転々と転がっていった。
ワンヒットワンエラー。いきなりのノーアウト二塁。
しかも、……キャプテン、タッチしようとしたとき、足首をひねった?
マウンドの上で数回屈伸したのち、キャッチャーとベンチに向けてオッケーマークをおくってきたけど……。
「キャプテン、屈伸のとき表情が歪んだような気がするけど、大丈夫かな」
「……一球で降板は、本人も納得できないでしょうし。もう少し様子を見るしかないわねぇ」
ベンチにいる女性陣としては、キャプテンを信じるしかない。
しかし、ストライクがはいらない。二番バッターは、送りバントやるやる詐欺の末、フルカウントからファーボール。これでノーアウト一塁二塁。
三番バッター。こいつ、三番のくせに初球からバントしてきやがった。しかもうまい。意表を突かれたサード、突っ込んでさばいてファーストへ送球。
……セーフ。くそ、完全に手玉に取られている。
あっという間にノーアウト満塁。そして四番、ファースト南郷だ。
あいつか。去年の秋、潤一がサヨナラホームラン打たれたあいつだ。あのあと甲子園でも五本のホームランをかっとばし、今年のドラフトの目玉といわれているあの南郷だ。
ちなみにこいつは、うちのキャッチャー南郷拓馬の兄だ。だが、うちの情けない拓馬とはその身体に纏うオーラが違う。本当に同じ血を引く兄弟なのか? 迫力だけで圧倒されそうだ。
キャプテン、ついでに拓馬、頑張れ。
「うーん。キャプテン、だめかも。夢実ちゃん、予定よりかなり早いけど用意してね」
ねぇちゃんがつぶやく。
でも、用意ったって、キャッチボールする相手も居ないんだよなぁ、うちのチーム。
立ち上がりかけた俺の視線の先、高校生ナンバーワンスラッガーと対峙するキャプテンは、悲壮な表情で脂汗をかいている。やっぱり足首が痛いのか?
「まって! 足首、……というより、精神的にいっぱいいっぱいに見えるわねぇ。交代の準備の前に、まずはちょっと落ち着いてもらいましょう」
そ、そうか。そうだな。まずはタイムをかけよう。俺は伝令だ。
だが、動きそうなベンチの雰囲気に気づかないのか、それともあえて無視したのか。とにかく、キャプテンは四番南郷に対してモーションにはいった。
おそらくキャッチャー拓馬からの指示は外にはずしたカーブだったのだろう。だけど、……だめだ、だめだ、それがストライクに入ってくる。
バッターボックスの南郷は、ニコリともせずフルスイング。打球は、乾いた金属音を残し外野の遙か上を飛び越えていく。あの時と同じように。
満塁ホームラン。
一回裏、美香保学園いきなりの四失点。しかもまだノーアウト。チーム全員が同じ感情を抱いた。
こんなはずじゃなかったのに……。
今度こそタイム。伝令にでるのは、もちろん俺しか居ない。
「キャプテン。一応確認しますが、……足首、大丈夫ですか?」
「ああ、もちろん。ちょっとひねって痛かったけど、もう治ったよ」
「監督は、試合前に決めたとおり、交代のタイミングはキャプテンに任せるとのことです。……が、私は交代すべきだと思います」
キャプテンは一度目を閉じる。そして、ひとつ深呼吸。あらためて俺の顔を見る。静かに口を開く。
「うーーん。わがままかもしれないけど、もう少し投げさせてくれないかな」
「夏の甲子園予選は二ヶ月後です。ここで無理する必要はないと思いますが」
「そうだね。そのとおりだ。でも、だからこそ、僕の力がどれくらい通用するのか、小別沢あいてに今ここで試しておきたいんだ。通用すればよし。全然通用しなかったら、……甲子園予選は白石さんに任せるよ。その方が甲子園にいける確率があがるからね」
あらかじめ謝るかのように、キャプテンは内野の面々に頭を下げる。そこまで言われてしまうと、入部したばかりの俺には返す言葉はない。
「わ、わかりました。みなさんもそれでよろしいですか? ……監督にはそのように伝えます」
「そうかぁ。キャプテン、そんなことを……。あなただから言うけどね。キャプテン、かなり悩んでいたみたいよ」
俺が伝令から帰った後、監督、……ねぇちゃんが、俺の顔に視線をむけないまま、ポツリと口を開いた。
「このまま自分がエースでいても、美香保学園が甲子園に行けることは百パーセント絶対にない。でも、夢実ちゃんならば、万にひとつくらいは可能性があるかもしれない。だったら早めにエースの座を……ってね」
そんな……。
「キャプテンだけじゃないわ。みんな、はっきりと口にはださないけど、甲子園には行きたいのよ。のんびりしたお坊っちゃんばかりにみえるけど、やっぱりみんな高校球児にはちがいないもの」
そ、そうか。そうだよな。
「夢実ちゃん、……じゃなくて潤一。私は覚悟を決めたわ。あなたも覚悟を決めなさい。明日からは、甲子園にむけてあなた中心のチームを作るわよ。この試合はそのための儀式にするの。わかる?」
それは、『キャプテンではダメだった。でも、俺を中心にしてチームを鍛えれば、もしかしたら甲子園にいけるかもしれないぞ』と、この試合でみんなに納得させるということか?
我が姉ながら、えげつないぞねぇちゃん。そして、……俺にそんな事ができるのか?
2016.01.31 初出




