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32.春の大会 その1



 相変わらず俺の日常は、授業中の睡眠と、練習と、潤一といっしょのランニングと、そしてベットの中での潤一との電話とで過ぎていく。


 そして、ついに公式戦がやってきた。春の地方大会だ。




「えーと、いよいよ明日から春の大会です」


 監督であるねぇちゃんが、部員全員を前にして語り始める。いつものとおりのフワフワした雰囲気、緊張感ゼロだ。


「優勝しても甲子園に行けるわけではありませんがぁ、各校新チームの実力を試す重要な大会です。本気で甲子園を目指す我々としては、気を抜くわけにはいきませんよぉ」


 ……まぁ、言うだけなら無料だからな。


 確かに、西高との練習試合以降、のんびり者が多い我が野球部員達もそれなりにやる気をだしたようだ。それなりに厳しい練習を、それなりにたくさんやってきた。


 でもなぁ。


 一応強豪校である西高にいた俺からみると、練習の質も量も全然足りないんだよなぁ。なによりも、練習に臨む心構えが全然なってないのがヤバイよなぁ。


 血の汗をながして涙を拭くな、……とまでは言わないけど、甲子園にいくためには、文字通り青春のすべてを野球にかけひたすら練習している強豪校の連中と真剣勝負しなきゃならないということが、うちのチームメイト達はまだピンときてないんだろうなぁ。


 この大会でそれをみんなに理解させる方策でもあるかねぇ、あの監督に。


「一回戦の相手はぁ、みなさんご存じ、春の甲子園で優勝した小別沢高校です。相手にとって不足なしですね」


 そう、わが美香保学園の一回戦の相手は、よりによって小別沢高校。昨年の秋の大会では西高を破り、そのまま春の選抜甲子園でも優勝してしまった全国的な超強豪。優勝候補の大本命。正直言って、今のうちの実力で勝てるとは思えない。


 だが、俺にとって小別沢高校は、……より正確にいえば、小別沢の四番、南郷は、この手でつかみかけていた甲子園いきの切符をギリギリで奪っていった宿敵とも言える相手だ。


 いまだに夢に見るあの試合。最後の最後に逆転ホームランで負けたあの試合。ついにきた雪辱のチャンス。腕がなるぜ。……といっても、俺は控えピッチャーだから、ベンチスタートだけどな。


 ちなみに、さすがに部員九人だけで公式戦に挑むのは無謀ということで、わが野球部は例年通り助っ人を迎え入れた。三年生の山口先輩。キャプテンの同級生で生徒会長だが、中学生まで野球をやっていたということで九番ライトで先発だ。臨時の助っ人にスタメンを奪われる俺っていったい……。


「リリーフの白石さんはスタミナを温存しておいてね。……先発メンバーと作戦は以上のとおりです。質問は? では解散。みんな、明日の試合にそなえて今日は夜更かししないで早く寝るのよぉ」


 はいはい。





 さて、翌日。


 わが美香保学園野球部のメンバーがバスから降りると、球場の前には既に人だかりが出来ていた。ほとんどが女の子だ。


「あれは、なに?」

「うわさの南郷ギャルかな?」


 キャプテンが解説してくれる。


「南郷ぎゃる?」

「小別沢高校の南郷賢の追っかけの女の子達さ。甲子園優勝の超高校級スラッガーだからね、いまや地元のアイドルみたいなものかな」


 なるほど。たしかに、女の子の環に囲まれ困惑しているのは、ユニフォーム姿の小別沢野球部の面子だ。


「人気者なんだな、南郷の奴」


 ふと、ひとりのチームメイトに俺の視線が向いてしまった。我がチームのキャッチャーにして南郷賢の弟、南郷拓馬くんだ。


「……」

「な、なんだよ、夢実。何か言いたいことがあるのかよ」

「……なにもありませんよ」

「嘘だ。おまえ『おなじ南郷家の兄弟なのにどうしてこんな差があるのだろう?』……なんて思っただろ。思ったに決まってる」

「思ってませんってば」

「ならどうして視線をそらすんだよ! 正直に言ってくれよ」


 こーゆー時だけ鋭いな、拓馬くんは。これは俺の癖なんだよ。ついでに、この程度のことですねるなよ。幼稚な奴だな。





 女の子達に囲まれて立ち往生している強豪小別沢高校の皆様。弱小校の我々はそれを遠巻きに見守るしかないのだが、しかしただ一人、南郷ギャルに立ち向かう勇者がいた。


「賢にいさーん」


 大声で叫んだのは、一希ちゃんだ。球場の建物にひびく可愛らしい声に、一瞬周囲が静まりかえる。そして人々の視線が声の主に集中する中、野太い声が返ってきた。


「一希ちゃんか。今日は試合に出るのかい?」

「もちろんさぁ!」


 あっけに取られる女の子達の隙を突き、南郷がするりと人壁を抜けてくる。そして、一希ちゃんと楽しげに会話しながら球場に向かう。すげぇな一希ちゃん。女の子達の刺すような視線をまったく気にしていないのか。


「助かったよ」

「賢にいさんが人気者だと、私も鼻が高いわ」


 それをきっかけに、他の小別沢の選手達と、そのついでのように我々美香保学園の選手も球場に向かう。


 俺は、またしてもチームメイトの顔をみる。


「……」

「またその視線かよ、夢実。今度は何が言いたいんだよ!」

「拓馬さんも、あれくらい女の子あつかいがうまければモテるでしょうに……」

「うるせーよ! 余計なお世話だよ! 俺と兄貴は違うんだよ! 放っておいてくれよ!」


 ……今度はちゃんと思ったことを正直に伝えてやったのに、怒り出すなんて勝手な奴だな。





 小別沢の選手達が、フィールドの中で練習を始めた。


 やっぱり試合が始まるまえから雰囲気が違うわ。みんな動きがキビキビしていて、全体的にのんびりしたうちの連中とは比較にならない。なんせ小別沢高野球部の連中は朝から晩まで野球漬け、一年のあいだに休みが元旦しかないらしいからな。


 って、あれ、テレビカメラ? 中継すんの?


「地元ケーブルテレビで中継されるらしいよ。あと、地上波のニュースなんかにも映像が流れるかもね」


 俺の疑問にすかさずキャプテンが答えてくれる。なんでも知ってる人だな。


「確かに小別沢高校は全国的な強豪ですけど、甲子園とは関係ない地方大会の、しかも一回戦なのに?」

「彼らの目的は小別沢じゃなくて、君や藻岩さんじゃないかな?」

「へっ?」

「いくら高野連が認めたと言っても、実際に試合にでる女子選手はそうそういないだろう。もしかしたら、全国でもこれが公式戦初の女子選手登場の試合になるかもしれない。うちは女子選手がふたりもいて、しかもひとりはピッチャーだ。白石さんの活躍によっては、映像が全国ニュースに使われてもおかしくないと思うよ」


 へぇ。そういうものかねぇ。




 先攻は我々美香保学園。主審の手があがり、さあ公式戦の始まりだ。






 

 

2016.01.29 初出

 


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