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30.俺が始球式? その2



「お、お姉さま……」


「あのねぇ、潤一。私の事は『ねぇちゃん』って呼べっていってるでしょ!」


「は、はい。ね、ね、ねぇちゃん。お父様は……」


「お父様じゃなくて、『親父』」


「お、お、お、お、お、親父は、本当に引退してしまうんでしょうか? 朝の様子はいつも通りに見えましたけど……」


 試合開始直前。地元プロ野球チーム、オウルズのスタジアム内野席。潤一とその姉がマウンドを見つめている。二人の不安げな視線の先では、彼らの父親が投球練習をしている。


「うーん。お父さんもともとケガが多い人だから、マスコミに『引退』と騒がれたのは一度や二度じゃないのよねぇ。だから心配いらないと思うけど。でも、もう若くないし、いつ引退してもおかしくないもの確かだし」


「確かにベテランですけど、でも同年代の選手でも、まだまだ現役は多いですよね……」


「でもねぇ、潤一。今回は、お父さんなんかこれまでと違う気がするのよねぇ。これは娘としての勘なんだけど、なんというか、あきらめちゃったというか、悟りをひらいたというか、そんな雰囲気を感じるのよ」


「そんなぁ」


 ふたりが父の引退危機騒動を知ったのは、今朝、父が家を出たあとのことだった。直接真偽を確かめることも出来ず、いてもたってもいられなくなって急遽試合観戦にきたのだ。ちなみに、夢実もメールで誘ったのだが、なぜかいまだに返信がこない。





 そろそろ試合開始という時刻。場内アナウンスが流れる。


『お客様にお知らせいたします。本日、予定されていましたアイドルユニットによる始球式は、到着遅れのため中止させていただきます。なにとぞご理解いただきますようお願いします』


 あらら。周囲の観客がざわつき始める。アイドル目当てに来た観客もけっこういたのかもしれない。


「お父さん、間近でアイドルを見られるチャンスを逃してがっかりしてるかも。これがトドメの一撃になって引退を決意したりして」

「そんなぁ」


『そのかわり、本日は可愛らしい地元のオウルズファンに、始球式をやっていただくことになりました』


 スポット照明がブルペンの出口にあたる。ユニフォームにミニスカートの女の子二人がリリーフカーの乗って登場してくる。


 へぇ。地元ファンねぇ。……って、どこかで見たことあるような気がする、あのふたり。


『本日スタジアムに観戦しにきていただいた熱狂的なオウルズファン、地元女子高生のおふたりです』


 うあぁ。よーく知ってる顔が、オーロラビジョンに大写し。


 『へぇ、かわいい』『どこの高校?』なんて声が周囲から聞こえてくる。


 あのふたり、どうして……。なにやってんの?





『なにかと話題の琴似選手が先発するこの試合。実況はわたくし厚別、解説は球界の大親分こと大谷地さんの二人でお送りいたします』

『琴似君はまだまだやれると思うのだけどねぇ。若手の模範となれる選手だから、まだ続けて欲しいねぇ』

『さて、試合開始にさきだって予定されていた始球式ですが、都合により予定が変更になりました。急遽始球式をやることになったおふたりは、地元のオウルズファンの女子高校生だそうですよ』

『いやぁ、ふたりとも可愛らしい。地元ファンを大事にしているオウルズならではだね』

『はたしてどんな投球をみせてくれるのでしょうか』





 なぜか始球式をすることになった俺と一希ちゃん。ついにマウンドまできてしまったぞ。横にはオウルズの内野の人や先発の琴似選手がいる。


 俺達は、制服のままだ。上だけブレザーの代わりにオウルズのユニフォームを着ている。球団の人にもらったのだ。一希ちゃんにはちょうど良いサイズなのだが、俺にとってはちょっと大きい。そして、二人とも下は制服のスカート。ちょっと短め。うん、なんというか、普通に考えればなんともないのだが、見る人がみればちょっとエロっぽく感じてしまう格好かもしれない。


 ていうか、勢いでこんなことになってしまったが、こんな格好で本当になげるのか? オヤジ向け夕刊紙に『ノーバン投法』とかわざと紛らわしく下品な見だしで書かれちゃうのか?





『始球式の前に、マウンドのおふたりにおはなしをうかがってみましょう』

『放送席、聞こえますか! こちらマウンドです。まずはこちらのお嬢さんにうがかいます。えー、お名前は?』

『美香保学園高校一年、藻岩一希です!!』

『元気なお嬢さんです。今日はオウルズの応援にスタジアムに?』

『はい。試合前に選手の練習を見学してたらテレビ局の方に声をかけられました』

『試合前の練習からですか……、熱心なファンなんですねぇ。オウルズのどこが好きですか?』

『お父さんの球団ですから、いつも家族ぐるみで応援してますよ!』

『えっ?』


(お、おい。どういうことだよ! 藻岩って、まさか……)

(オーナーの娘じゃねぇか! 誰だよ、こんな子に声かけたのは!)

(あまりいじるな。丁重に扱えよ。さっさと投げさせてお帰り願え)


『で、では、藻岩一希さん。ひとりめの始球式をお願いします』

『はい!』




 一番バッターがボックスに入る。審判がコール。この始球式は、二人順番に一球ずつ投げる形式でやるらしい。まずは一希ちゃんだ。カメラがズームで狙う。


 おお、一希ちゃん本気だ。思いっきり振りかぶり、ワインドアップだ。胸を反らす。制服の上に着たユニフォームのさらに上から胸が強調される。


 うわぁ。ネットのSNSやら実況掲示板では、いま異様に盛り上がっているぞ、絶対。


『女子高生』

『かわいい』

『結婚したい』

『おお、本格的なワインドアップ』

『すげぇ』

『おっぱい』

『おっぱい』

『おっぱい』

『おっぱい』

『おっぱい』

 以下同文。


 ……てな感じに違いない。


 そして、……あああああ、一希ちゃん、脚あげすぎ。制服のスカートなんだから、風強いし、テレビカメラも来てるんだから、気をつけてええええ!





『藻岩一希さん、本格的な投球フォーム! 両腕を振りかぶって、高々と脚をあげて、……す、ストライク! これは驚きました。見事な投球です』


『いや、お見事。凄いですねぇ。ちょっと女生徒とは思えない球速です』


 よかった。ぎりぎり見えそうでみえない。そして、見事なストレートがど真ん中にきまる。女の子にあるまじき球速にスタジアム全体がどよめく。空振りしたバッターも受けたキャッチャーも審判も、そしてアナウンサーも解説者もびっくりだ。我がチームのキャプテンより速いんじゃないか?


 一希ちゃんガッツポーズ! すっげー。かっこいい! スタジアム全体が大歓声に包まれる。


 か、一希ちゃん、あんまりはしゃいで飛びはねるのはやめろって。見えちゃうから。





『ま、まことにもってすばらしい投球、ありがとうございました。つぎはこちらの可愛らしいお嬢さんです』


 マウンドのアナウンサーが俺にマイクを向ける。隣には親父がいる。


 ……さあ、俺の番だ。




 

 

2016.01.23 初出

 


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