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29.俺が始球式? その1




「夢実ちゃんどうしたの? 今日は朝からボーッとしてるよ」

「えっ? ええと、なんでもない」

「もしかして、……恋?」


 一希ちゃん、なにかにつけてその話題に持っていこうとするな。


「ちがうちがう。そうじゃなくて、……これが気になって」


 俺はスマホの画面を開く。派手な色使いの見だしが並ぶニュースサイトだ。


「へぇ、国内プロ野球ニュース? なになに……」


 『引退危機? 琴似がけっぷち先発』

 『サブマリン琴似、ついに引退決意?』

 『オウルズ琴似、引退をかけ今日先発』


「……オウルズのピッチャーの琴似選手って、あの潤一君のお父さん?」


 俺はだまって頷く。





 オウルズは地元のプロ野球チーム。琴似はオウルズ所属のベテランピッチャー。極端なアンダースローで有名でサブマリン琴似とも呼ばれる。そして、潤一の父親。要するに『俺』の親父だ。


 既にベテランの域に達した選手ではあるが、チームではかろうじてローテーションの一角を占めている。だが、今シーズンは開幕から調子にのれず、いまだ勝ち星がない。もともと丁寧に変化球を投げ分けて打たせて取るタイプの投手だったのだが、今年は頼みのコントロールが定まらず、ランナーをためては打たれるの繰り返しだ。


「夢実ちゃん、琴似選手にあこがれてたもんね。投球フォームもそっくりだし」


 そう。俺のアンダースローは、もともと潤一だった頃の俺が親父の真似をしてはじめたものだ。高校生になって身体がいきなりでっかくなって、トルネードに変えてしまったが。


「そんなに気になるなら、琴似さんのおうちを訪ねてお話しすればいいのに。どうせ同じマンションだし、毎日潤一君とはあってるんでしょ? ……って、いきなり彼氏のお父さんに会いには行きづらいわよねぇ」


 かっ、かっ、彼氏じゃないから!


 とはいえ、たしかに親父は俺と夢実が入れ替わったことを知らない。いきなり夢実である俺が親父を訪ねていったら、親父は『息子の彼女が父親を訪ねてきた』とか思い込んじゃって、パニックになるかもしれない。それはそれで面白そうではあるが、でもいま重要なのはそこじゃない。


「それにしても、『引退を賭けて緊急登板』とは急な話ねぇ」


 どんなケガもスランプもド根性で乗り越えてきたのに、いったいどうしたんだ? 親父、まさか、根性ではどうにもならない病気なのか? 朝のランニングの時には、潤一も知らないようだったが、いったい何が……。


「一希ちゃん、お願いがあるの……」






 さすが藻岩グループ総帥の娘。vip待遇でスタジアムに入場だ。


 私と一希ちゃんはいま、今晩のオウルズの試合が行われるスタジアムにいる。実は、一希ちゃんのお父さんは、地元オウルズのオーナーなのだ。一希ちゃんがちょっと電話しただけで、お出迎え付き上げ膳据え膳の待遇だ。試合前からグランドにおりて、練習中の両チームの皆様をかぶりつきで見学だって可能だ。


「あ、あの、わたし、琴似選手の大ファンで……」


 この一言だけで、案内を買って出てくれた球団の広報の人が、ウオーミングアップ中の親父の元に連れて行ってくれた。


「えっ? オーナーの?」


 試合前の突然の訪問者に、いぶかしげな表情で視線を向ける親父。しかし、俺と一希ちゃんの姿を認めると、途端に表情を崩す。こーゆー時、女子高生はお得かもしれない。


「あ、君は、白石さんの?」

「お久しぶりです。事故の時は潤一さんにお世話になりました」


 潤一と同じ病院に入院中は何度か顔を合わせたが、退院していらい親父と直接一対一で話す機会はなかった。


「こちらこそ、いつも潤一の弁当作ってくれてるんだって? お嬢様にそんな事させてもうしわけないねぇ」

「いいえ。好きでやってることですから」

「きゃああ、夢実ちゃん! 『好き』って潤一君のこと? それって、お父様の前で、告白?」


 一希ちゃん、横から余計な突っ込みをいれないように。話が進まないから。俺は、核心の話を切り出す。


「あの、その、琴似さん、……引退って、嘘ですよね」





 試合開始の時間が近づいてきた。選手の周囲をうろうろしている球団の人やマスコミの人が慌ただしくなる。


「あ、琴似選手。わたし地元のTV局の者です。こちらの女の子、可愛いですね。琴似さんの関係者ですか?」

「え、あ、ああ。息子の知り合いなんだ」

「へぇ。きみたち、ちょっといいかな?」


 球団の人? いやテレビ局の人か? なにやら大慌ての若い人が、俺と一希ちゃんの前で両手を合わせ、お願いを始めた。この人、一希ちゃんがオーナーの娘だって知らないのかな?


「始球式?」

「そう。今日の試合、アイドル二人組が始球式をするはずだったんだけど、渋滞に巻き込まれて試合開始までに間に合いそうもないんだ。だから、かわりに地元のオウルズファン代表ということで、おふたりにお願いできないかな。君たちなら可愛らしいからテレビ映えもすると思うし」


「やるやる! ね、夢実ちゃん、やろうよ。アイドルの代わりなんて一生ないよ」


 ノータイムで即答する一希ちゃん。オーナーの娘がそれでいいのか? 俺は、すぐそばにいる親父の顔を見る。


「TV中継のことはよくわかんないけど、いいんじゃない? どうせ先発は俺だし」


 そうか。親父と一緒にマウンドにあがって、親父の目の前で投げることができるのか。それなら、いいかな。



 

 

2016.01.17 初出

 


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