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20.球児達の日々 その1



 さて、放課後だ。部活だ。青春だ。なぜか授業の記憶がまったくないが、それは気にしないことにする。


「夢実ちゃん。授業中、ずっと寝てたもんね」


 一希ちゃん、それは、……朝っぱらのランニングで体力を使い果たしちゃったんだよ。





 さすがに女子生徒二人は部室で着換えることはできない。一年生はまだユニフォームがないので、女子更衣室でジャージに着換える。


 まずは全員で準備運動やランニング。うわぁ、一希ちゃん。胸が目立つ。ジャージなのに。スポーツ用の下着なのに。


「なに? 夢実ちゃん」


 俺の視線に気づいた一希ちゃんが、いぶかしげな表情でこちらをみている。なんでもない。なんでもないよ。


 男子部員達の視線があつまっているが、こーゆーのに慣れてるのかな。まったく気にしていない一希ちゃん。いっしょにいるのやだなぁ。うらやしくなんかないぞ。





 一希ちゃんのポジションは内野。基本的にセカンドだ。


 この娘、チームに馴染むの早いだけでなく、守備も上手い。守備練習をみていればわかる。捕球だけなら、少なくともこのチームの中で一番上手い。全国の男子高校生の平均よりも上手いんじゃないかな。


 おお! 二遊間に抜けようかというボールを逆シングル。ふんばって逆方向の一塁への送球。早い。動きが躍動している。野太い声の中、甲高い女の子の声が響く。


 一希ちゃんに刺激されたのか、他の内野陣も気合いが入っている。





 俺はバッテリーの練習だ。今年のチームのピッチャーはキャプテンがエース。控えが俺ということになったらしい。


 ちなみに、キャッチャーは拓馬くん。一年生にしてすでに不動のレギュラーだ。といっても、部員は九人しかいないわけで、キャッチャーできるのは彼しかいないのだが。


 キャプテンは、とにかく丁寧に投げるタイプだ。教科書通りのフォームから、基本ストレートと大きなカーブで打たせて取るタイプ。スピードは並。コントロールも並。第三者の目から見て、正直あまり特徴はないピッチャーだ。ちょっとスタミナが心配かな。少なくとも全国レベルではないが、でも、拓馬のリードがあればそれなりにいけるかもしれない。


 で、控えが俺。といっても、いまはとにかく体力とスタミナつくりからという段階だけどね。





 てなわけで、守備はまあ平均なこのチームであるが、一方で打撃はというと、……ちょっと酷い。あきらかに全国の平均以下だ。


 まずみんな体格がよろしくない。野球選手として貧弱すぎる。お坊ちゃん学校だから仕方ないといえば仕方ないが。ていうか、レギュラー九人のうち女子選手が二人もいるんだからなおさら仕方がない。


 ミート力、長打力ともに、一年生の拓馬しか当てになるのがいない。これから三年間で本気で甲子園を狙うのなら、ここが一番のウィークポイントかなぁ。なんとかして打撃力を強化せねばならない。といっても、どうすればいいのか見当もつかないが。


 なんにしても、俺がバッティングピッチャーやってもぜんぜん誰も打てないのは、かなりやばいと思うよ。





「夢実ちゃんの投げるボールが打てないのは仕方ないよぉ」


 と一希ちゃん。


「地面ギリギリでリリースされるからボールの出所が全然わからないし、手元であんな浮き上がるボールなんて見たことないもの。あれは本当に魔球よ、魔球。試合でも絶対に通用するわよ」


 いやいや、一希ちゃん。そんなはずないって。もう少しスピードがあればともかく、この細腕で投げるせいぜい百二十キロのボール、ちょっと目が慣れればすぐ打たれちゃうよ。


 ……いや、自分のことは自分では冷静に判断できないものだ。ここはひとつキャッチャーの意見を聞いてみようじゃないか。


「……た、拓馬さんはどう思う?」


 野球部に入ってみてよくわかった。こいつはバカで情けない男だが、野球に関してはたしかにセンスがある。助言をもらっても損はないだろう。


「……十球も投げたら息を切らしてる奴が、試合でつかえるかよ。まずはランニングでスタミナつくりだな」


 そ、そうか。そうだよな。くそ、なんでこいつ、野球に関してだけ、こんなに厳しいんだ。


 がっかりしたのを悟られないよう頑張って表情をつくったのだが、成功しただろうか。やっぱり潤一のときの身体とは違うからなぁ。まずはスタミナつくりからだよなぁ。


 一希ちゃんが肩をぽんぽんたたいて慰めてくれる。優しい子やなぁ。





「南郷。まじめな話、君は白石さんのピッチングどう思う? 中学時代には全国大会までいった君から見て、彼女は試合で使えるかな?」


 バッティング練習終了後、キャプテンがキャッチャーの拓馬に問う。もちろん、夢実には聞こえないように。


「えーと、……いけるんじゃないですかね? 速度は足りないけど、いえ遅いからこそ、あそこから逆に浮き上がってみえるストレートを初見で打てる奴なんて全国にもほとんどいないでしょう。それに、夢実はコントロールがいい。ほぼ同じ速度から水平にすべるスライダや、速度差のあるチェンジアップもうまく使えば、抑えやワンポイントとしては十分に使えると思います。けど……」


 ここまで言ったあとで、拓馬が口ごもる。


「君が心配していることはわかるよ。試合に出して、白石さんに無理させたくないんだろ?」


「え、いえ、そんなこと、……ある、かもしれないけど」


「でも、実力がある人間を試合に出さないわけにはいかないだろ? ただでさえうちのチームは人数が足りないのだから。それに、本人は本気で三年間の間に甲子園に行くつもりみたいだから、今からマウンドになれてもらわないと」


 キャプテンと拓馬と、ふたりそろって笑う。


「そ、そうですね。わかりました」


「でも、無理はさせないであげよう。スタミナつけてガチムチになった白石さんなんて見たくないからね」


「そ、それは、…………俺も、そう思うっす」






「やっぱり甲子園への道は険しいなぁ。西高はどうだ?」


 次の朝。いつものランニングの後。いつもの公園のベンチ。隣にはいつものとおり潤一がいる。


「僕はよくわからないけど、ひかるちゃんによると、うちは順調らしいよ。僕を中心にした守りのチームとして、順調に仕上がりつつあるそうだ」


「西高は、監督じゃなくてひかるがチーム作ってるのかよ……。まぁなんにしろ、ちゃんと方針があるのは羨ましいなぁ。さすが強豪。うちなんて、みんなで仲良くなんとなく野球やってるだけだもんなぁ」


「でも、チームのみんなの期待が大きすぎて、僕はプレッシャーに潰されそうだけどね」


「大丈夫。潤一、……いや、夢実なら出来るって」


「ありがとう。うん、出来るような気がしてきたよ。……僕が先に甲子園に行くことになっても恨まないでね」


 潤一が笑う。いい笑顔だ。まぶしい。でも、……もし本当にそうなったら、俺は笑えるかなぁ。



 

 

2016.01.05 初出

 


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