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19.ランニング




「ひー、もうだめ。もうだめだ! ちょ、ちょっと、ちょっとだけまってくれ」

「仕方ないなぁ」


 登校前。まだ人通りのほとんどない朝、例の近所の公園。ランニングウェアの二人が座り込んでいる。完全に息があがっている半死半生の俺と、余裕たっぷりの潤一だ。


「情けないなぁ、夢実。まだ何キロも走ってないのに」


「そ、そりゃ、おまえは、俺が必死に鍛えたその身体つかってるんだから。はぁはぁ。逆にこっちの夢実の身体は、引き籠もりの誰かさんのせいで、ぜえぜえ、運動不足も甚だしくて……」


 酸素がまったく足りない。これ以上はしゃべれない。


「夢実がいっしょにランニング特訓しようっていうから、朝練行く前に付き合ってあげてるのに……」

「そ、そ、そ、それは、感謝している。だ、だけど、最初からあんまりハードなのは……、はぁはぁはぁはぁ」

「本当に仕方ないなぁ」


 やれやれといいつつも、スポーツドリンクを渡してくれる潤一。





 めでたく野球部の一員になった俺は、今日から潤一と一緒に朝のランニングを始めたのだ。うちの学校の運動部は、基本的に朝練なんてないからね。せめてスタミナだけでもつけないと。


 ちなみに、ランニングは二人だけではない。当然のように、サングラスの茨戸さんもついてくる。


「気にしないでください。私の仕事ですから」


 ホント、もうしわけないです。





「とはいえ、その身体がスタミナ不足なのは確かに僕のせいだね。ごめん。実際問題として、夢実は全力で何球くらい投げられそう?」


 うーーん。全力で投げられるのは、せいぜい五十、いや三十、……もしかしたら十球くらいかなぁ。


 でも、今年の不動のエースはキャプテンだし。キャプテンを差し置いて公式の試合で投げられなくても別にかまわないし。


「俺はまだ一年生だからな。どうせ勝負は来年以降だ。それまでせいぜいスタミナをつけるさ。そのてん潤一、おまえは二年生だろ。西高野球部を背負ってるのだろ。ちゃんとピッチャーできそうなのか?」


「うん、練習では百球くらいは全然平気。それに、昨日の部活で遊び半分にスピードガンで球速をはかってみたら、百四十キロを越えててみんな喜んでくれたよ。ひかるちゃんによれば、フォームが完全に元に戻れば球速はまだまだあがるだろうって。そうそう、毎日昼休みにひかるちゃんに教えてもらって、やっと野球のルールもわかってきたんだ」


 くっそ。野球のルールもよくわからん奴がトルネードから百五十キロちかいストレートを投げるのに、こちとらほんの数キロのランニングもできないとは。この強烈な敗北感。


「ぼく、本当に野球が好きになってきたよ。チームのみんなや、こうやって夢実といっしょに野球の練習をするのが楽しくてしかたないよ」


 ごっつい男が、キラキラした瞳で俺を見つめる。


「お、おう。それはなによりだ。俺もおまえと特訓ができて嬉しいよ」

「じゃあ、うちの学校は朝練あるから、今日はこの辺で。ひかるちゃんが迎えに来ちゃうからね」

「そうだな。おれも帰って弁当つくんなきゃ」


 一瞬、潤一の動きがとまる。 ん? どうした?





「お弁当? 夢実がつくるの? お手伝いさんは?」

「下ごしらえだけお手伝いのおばちゃんにやってもらってるんだ。で、俺が自分の分と爺さんの分の弁当を用意している。爺さんに野球部入部の件を許してもらうため、すこし媚びを売ろうと思ってな」

「へぇ。でも、お弁当くらいであのお爺さまとまともに話ができるとはおもえないけどな」


 こいつ、爺さんの話になると、必要以上に口調が冷たくなるんだよなぁ。


「いや、でも、喜んでるみたいだぞ。初めて弁当を手渡したときは、まん丸にした目玉に涙をためてうれし泣きしてたぞ」


「そうかな? お爺さまをあまり信用しないほうがいいよ。……それはともかく、君みたいな野球少年がお弁当をつくれるとは、驚きだよ」


「おれ、潤一の時から作ってたぜ。琴似家って母さんいないし親父は遠征が多いから。俺は弁当、朝に弱いねぇちゃんが晩飯の割り当てで」


「えっ? えええっ? それは知らなかった……」


 潤一が絶句している。なにをそんなにあせっているんだ?


「まずい、まずいよ、夢実。僕は今なにもしていない。もしかして、お父様とお姉様は何も出来ない僕にあきれてるかもしれない」


「俺の家族がそんなこと気にするわけないだろ」


「夢実にとってはどうでもいいことかもしれないけど、わ、わ、私にとってはとても重大なことなんだよ。お父様やお姉様とはこれから、か、か、か、家族に、なるかもしれないんだから」


「親父やねぇちゃんは、潤一と初めから家族だろう。なにわけのわからないこと言ってるんだよ? ……なんなら、お前の分も弁当作ってやろうか? どうせこうして毎朝会うんだし」


「そ、そんな。夢実のお弁当はとても魅力的だけど、是非ともたべたいけど、けど、けど、そんなことをしてしまうと中身がもともと女の子だった私のプライドがガラガラと崩れて……」


 こんどはなにやら深刻な顔をして悩みだしたぞ。頭がいい奴って、悩みも多くて大変だなぁ。



 

 

2016.01.04 初出

 


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