01.甲子園まで何光年?
俺はマウンドにいる。大歓声の真ん中にいる。
あれ? なんの試合だっけ? 今はいつだ?……そうか、これは夢だな。いつもの夢だ。秋の地方大会準決勝の記憶だ。
リードして九回裏。ツーアウトランナーなし。得点差はわずかに一点。
しかし、一点あれば十分。なぜかわからないけど、今日の俺は絶好調。ストレートののび、カーブの切れ、フォークの落差。自分で言うのもなんだが、そこらへんの高校生が打つのはちょっと難しいだろう。何度も甲子園に出場している名門小別沢高校あいてに、ここまで打たれたヒットはたったの一本だ。
このバッターを抑えれば甲子園か。あまり現実味がないなぁ。
……ふとベンチを見る。幼馴染み兼マネージャーが祈るように俺を凝視している。どうして俺なんかのために、そんなに真剣な顔ができるんだ? まぁいい。ここまでこれたのはお前のおかげだ。俺がお前を甲子園に連れて行ってやるよ。
振りかぶる。バッターに背を向けるほど身体をひねり、その反動で渾身のストレート……、と見せかけてカーブだ。八回まで小別沢のバッターは面白いように空振りしてくれた。だが、さすが名門の三番バッター。こいつはくいついてきやがった。
くそ、はじめからカーブを待っていたのか。
ジャストミートされたボール。強烈なライナーが正面に飛ぶ。ピッチャーの俺の右を抜け、二遊塁間を抜けて……、抜かせるかよ!
自分でもなぜそんな事をしたのかわからない。とっさに素手の右手が出た。投球した直後、ボールをリリースしたそのままの右手を、俺はライナーに向けて差し出したのだ。のんき者と言われる俺に似合わない行動だが、なぜか捕れそうな気がしたのだ。ベンチにいるあいつのために、少しでも早く試合を終わらせたいと思ったのかも知れない。
パチーン!
派手な音とともに、手の平が弾きとばされる。勢いを殺されたボールが転々と三遊間に転がっていく。
激痛を感じたのは、数秒たってからだ。エラーが記録され、ランナーは二塁まですすんでいる。次のバッターは四番。ここまで俺から唯一のヒットを打っている男。全国的にも名を知られたスラッガーだ。
俺は自分の右手の平を見る。痛い。骨は折れていないようだが、素手で硬球を弾いたのだ。痛くないはずがない。なんであんなことしたんだろう。涙が出そうだ。
キャッチャーが心配そうな顔をしている。マネージャーは泣きそうな顔をしている。そして、バッターボックスの中の男が、……笑った?
くっそ。まだ投げられる。ぜんぜん平気だぞ。俺のストレートが打たれるはずがない。いくぞ。打てるもんなら打ってみろ。
2015.12.19 初出




