18.美香保学園高校野球部 その6
よし、よし、よし、いける。想像したよりもいい。ちゃんと届く。思った通り変化した。硬球でもいけるぞ!
そりゃもちろん、球速はがっかりするほど遅い。せいぜい百二十キロくらい、いや、もっと遅いかもしれない。
しかし、この身体は柔らかい。肩も肘も手首も柔軟だ。そしてなによりも、指先の感覚が異常に鋭い。自分でわかる。縫い目への指のかかりが完璧だった。リリースの瞬間まで、ボールを完璧に制御できた。思い描いたとおり、ボールの下面を『切る』ことができた。
全身の体重とバネのエネルギーを、ボールの重心の運動エネルギーと回転エネルギーに理想的な割合で分配する。しかも完璧な回転軸のバックスピン。理想通りのライズボールだ。
き、きもちいい!
快感とはこのことだ。これならば、ライズ気味のストレートだけでなく、スライダもチェンジアップいけるだろう。もしかしたら、いくら練習しても潤一のときには出来なかったアレだって。
「どうだぁ!」
投げ終わった体勢のまま、おもわず自分だけでガッツポーズ! ……をする暇はなかった。
ごつん
頭の上から、げんこつを落とされたのだ。
「い、痛いわ。一希ちゃん」
「もう、夢実ちゃんが凄いのは秘密特訓の時からしってたけど、こんな格好のまま投げちゃだめでしょ! 丸見えじゃない」
えっ? ええっ?
とっさにスカートを抑える。もう遅いとわかっていても、身体が勝手にそう動くのだ。あわてて周囲を見渡すと、……野球部の男子達がとっさに目をそらす。バッターボックスのキャプテンは顔が真っ赤だ。
しまった。こんなところで大サービスをしてしまったか。たぶん俺の顔も赤くなっている。ちょっと、……じゃなくて、かなり恥ずかしいかもしれない。おかしいな、今までは平気だったんだけどな。
「それに、その脚。擦り傷ができてるじゃない」
ふと気づく。たしかに右膝がいたい。上体を倒しすぎて地面をすってしまったか。一希ちゃんが跪ずき、血がにじんだ膝をハンカチで拭いてくれる。ごめんね
お、拓馬が近寄ってきた。
「どお? 私のボール。君の正直な感想を聞かせてくれたまえ……」
ごつん! またげんこつだ。お前もか!
「い、痛いわ。どうして拓馬さんまで……」
「ああ、俺の負けだよ。野球部に入部でもなんでもすればいいだろ。でもな、次からは、……ちゃんと着換えてからやってくれ」
「あんだがそのままでって言ったんじゃ……」
ごつん! ……またかい!
「夢実。おまえ、少しは自覚をもってくれよ。頼むから」
「そうよ夢実ちゃん。そんな可愛らしい外見で、やることが大胆すぎるわ。もうすこし周りの男達の目を自覚しなさい」
一希ちゃんまでいっしょに、うんうん頷いている。なんだよ。なんの自覚だよ。さっぱりわかんないよ。
まぁ、それはともかく、これで無事ふたりとも野球部に入部できるということでいいよね。
「よろしくお願いします」
俺は一希ちゃんとともに、部員の皆様に頭を下げたのだ。
その日の夜。例によってベットの中で潤一との電話。
「へぇ、野球部にはいったんだ」
「ああ。これで潤一とも勝負できるぜ」
「ところで夢実。屋外で練習するときには、日焼け止め、ちゃんと塗るんだよ」
「へっ? 日焼け止め?」
「ああ、やっぱり。全然意識してなかったんだね。この週末にでも一緒に買いに行ってあげるから。夢実の肌は弱いから、ちょっと大げさなくらいきちんと塗るの。いい?」
いつにないど迫力で、潤一が怒鳴る。
「は、はい」
「それから、これから夏に向かうんだし、えーと、いろいろと、……お手入れしなきゃだめだよ」
「いろいろとお手入れって、なにを?」
「がああああああ。もう。……君のことだから、口で言ってもわからないだろうね、きっと。でも、僕がいっしょにお風呂はいって教えてあげるわけにいかないし。お姉様にお願いするから、今度うちに来なさい」
「えええ、面倒くさい。ていうか、ねぇちゃんと風呂入るなんて絶対いやだ。恥ずかしい」
「だめ!! 何もしない方が恥ずかしいの! みんなあなたのためなの! もうすこし周りの男達の目を自覚しなさい。わかった? 返事は?」
「は、はい」
よくわかんないけど、女って面倒くさいぞ。
物理学的にそんな変化のボールが投げられるはずがないだろう、なんて突っ込みはご容赦いただけると作者が助かります。ファンタジーですから。
2016.01.03 初出




