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16.美香保学園高校野球部 その4


 俺と拓馬くんがグラウンドにでる。しかし、……俺は制服姿のままだ。ブレザーにミニスカートだ。


「どうするつもりですか? 今日はわたし運動着なんて用意してませんが」


 バカな拓馬くんのことだから、その場の勢いで言ってしまっただけなのだろう。


「きゃ、キャッチボールくらいなら、その格好でもできるだろ。やってみろよ」


 と、いいながら、グローブとボールを手渡す。


 ふむ。白石家のお嬢様が、制服すがたのままキャッチボールか。……まぁいいか。いいよな。いいに違いない。


 俺は拓馬くんから差し出されたボールを握る。ボールだ……。ボールだぞ、ボール。硬式ボール。やっぱりいいな、硬式ボール。秘密特訓は公園だから軟式使ってたんだ。


 おもわずボールを握りしめる。皮の感触を確かめる。縫い目に指をかけてみる。ついでに頬ずり。……いいわぁ。なんて、すべすべした感触。


「ゆ、夢実ちゃん?」


 人差し指をたてて、その上にボールをのせ、うっとり眺めてていたところで、一希ちゃんの視線に気づく。しまった。一希ちゃんとギャラリーの野球部のみなさんが、俺の姿にどん引きしている。


 ごほん。ひとつ咳払いしてごまかす。


「いい、いくわよ」





 キャッチボールとはいいつつ、ちょっと力をいれて投げてみるか。秘密特訓のおかげで、かなり感覚は戻ってきたはずだ。


 ちょっと脚をあげ、っと、……スカートの裾が気になるが、気にしないぞ。重心を移動させ、腕を後ろからまわして、手首もつかい、全身の力で投げる。


 どうだ!





 南郷拓馬は、自分の顔が自然とほころんでいることを自覚する。最近は会話さえまともにしてもらえない白石夢実と、キャッチボールができるのだ。


 しかし、ボールのやり取りを重ねるにつれ、すぐに驚きに変わる。夢実のなげるボールは、山なりのスローボール。しかし、あの細腕に力がないことなど、もともと想定内だ。おどろいたのは、夢実が想像していた以上に『まとも』だったことだ。


 夢実は球技などやったことがないはずだ。究極の引き籠もり、インドア派のはずだ。お互いに知り合ったのは小学生の頃だが、夢実が運動しているシーンなどみたことがない。


 そんな夢実のことだから、砲丸投げのような、左右の手足がばらばらの、いわゆる『女の子投げ』かと思ったが、しかし、ただのキャッチボールとはいえ全然まともなフォームで投げるじゃないか。


 こちらが投げたボールのキャッチングも問題ない。俺の投げる硬球をおそれることなく、まったく基本通り身体の真ん中で捕球しやがる。


 女子で、こんな基本通りのキャッチボールが出来る奴なんて、そうそういないだろう。確かに野球のセンスはあるようだ。いったいどこで覚えたんだ? ……視線をちょっとさげると、どうしても投げる度にヒラヒラしているスカートの裾に目がいってしまうが、そこは我慢だ。





 白石夢実と初めて会ったのは、ふたりとも小学生の頃だった。


 遠い親戚だという、見るからに悪役顔の爺さん。普段誰に対しても威張っている親父ですらまったく頭があがらずペコペコとするばかりのその白石の爺さんの隣に、お人形さんのような綺麗な女の子がいた。おそるおそる上目遣いに見る俺に、ニッコリと微笑んでくれたその少女に、俺は一目で心を奪われた。


 どこかのパーティで親父と爺さんが俺と夢実の縁談の話をしているときは、それが冗談だとわかっていても、本気で心がときめいた。俺はバカだけど、だからこそ、夢実と爺さんの間の心の垣根を取り払えるんじゃないかと、今でも本気で思っている。


 そんな夢実が、俺といっしょに野球をやると言った。甲子園に行こうと言った。確かに言った。どこまで本気なのかわからないが、こんなに嬉しいことはない。


 だが、一方で、これほど心配なこともない。硬球が危険なだけでなく、こんなボーッとした無防備な女を野球部男子の中に放り込むなんて、絶対にやばい。


 ……まぁいいか。俺が守ってやる。こんなにキャッチボールが楽しいのは初めてだ。野球やっててよかった。





 「おーい。南郷と白石さん。もういいんじゃないか?」


 夢実は、キャプテンの声に我に返る。しまった、拓馬君とのキャッチボールごときに、おもわず本気になっちまったぜ。


「もうわかったよ、夢実。おまえ、野球部に入って……」

「……まだだ!」


 拓馬くんの呼びかけを拒否したのは俺、夢実だ。もっと続けたい。これで終わりなんてもったいない。そのおもいが、反射的に声になってしまったのだ。


 えっ? こちらに駆け寄ろうとした拓馬くんが、意外そうな顔で立ち止まる。


 いいからそこに居ろ、拓馬。せっかく身体と心が温まってきたんだ。ついでに、実際のマウンドで、実際のボールで、そしてこの身体で、どこまで出来るのか試してやる。


「まだだ。拓馬! そこに座れ。キャッチャーだ。俺、……じゃなくて、私のボールを受けるんだ」



 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

2016.01.01 初出

 


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