14.美香保学園高校野球部 その2
俺と一希ちゃんは、野球部の部室の前にいる。入部届けを出しにきたのだ。
一希ちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。たかが高校のクラブ活動なんだから。
「え、でも、やっぱり緊張するよ。野球部だよ、野球部。男の花園。男の子の殿堂だよ」
男の子の殿堂ってなんだよ。ここまできて怖じ気づいてどうするの。大丈夫、大丈夫。さ、いきましょ。
コンコン。部室のドアをノックする。
「はーい。あいてるから、どうぞ」
部屋の中から間の抜けた声がかえってくる。ふむ。では、開けるとしようかね。
ばたん。「きゃあっ!!」
悲鳴をあげて後ろをむいてしまったのは、一希ちゃんだ。ドアの向こうに見えるのは、上半身裸の男子が数人。ちょうど着換えている途中だったのだろう。
「うわ!」「なんで女子が!」
ええい、むさ苦しい男の子達が、着替えを女の子に見られたくらいでそんなに騒ぐんじゃない! 見苦しい。
「夢実!」
俺に向かって駆け寄ってきたのは、……またおまえか。南郷拓馬くん。拓馬君は、下半身はジャージ。そして上半身は何も着ていない。
「お、おまえ、今度はこんなところに何しに来たんだよ!」
だから、おまえにおまえ呼ばわりされる筋合いはないって。
「南郷、おまえの知り合いなのか?」
部屋の奥から先輩の声。
「ええ先輩。俺の、いいなず……『遠い親戚です』」
拓馬くんが不穏な単語を口に出しそうになったので、俺が強引に上書きする。……なに悲しそうな顔してるんだ? お互いの祖父同士の酒の席での冗談の約束を、許嫁とは言わないんだよ。
実は、潤一から、拓馬くんについて言われてることがあるのだ。もし拓馬くんが『許嫁』とか言い出したら、全力で否定しろと。あいつ、バカな男が大きらいだからなぁ。
「と、とにかく、一度扉を閉めてくれ。みんな着替えの途中なんだ」
ああ、それは失礼しました。
俺の隣では、一希ちゃんが真っ赤な顔をしている。が、両手の指の隙間からしっかり凝視することもわすれない。さすが一希ちゃん。
「夢実ちゃん、あなた、……男の子の裸、平気なのね」
えっ? ああ、そういえば。俺も一応お嬢様ということになっているわけで、ここはやっぱり「きゃあ」といって目を塞ぐべきだったか。
「えーと、お、お爺さまが家の中、いつも裸で歩き回ってるから」
我ながら苦しい言い訳だな。
「えええ? あの政財界を牛耳る裏世界のフィクサーとも言われる白石のご隠居様が?」
ごめん、お爺さま。イメージを崩してしまったかも。
「ああ、すまなかった。琴似先生以外、ここに女子がくることなんてめったになくて。僕は今年のキャプテン、三年生の真駒内だ。野球部に何か用?」
落ち着いてから、メガネの上級生が対応してくれる。この人はそれほどゴツくない。
「一年生の白石と藻岩です。野球部に入部希望です。顧問の琴似先生にも許可はいただいています」
おお! 部員達に歓声があがる。同時に、それを引き裂く絶叫も。
「なにぃ!」
素っ頓狂な声。またしても拓馬くんだ。そして、生意気にもキャプテンを差し置いて、俺の前に立ちはだかる。
おまえ、……ちょっとばかり野球が上手なのかもしれないが、入部したての一年ボウズがその態度はまずいんじゃないの? キャプテンも先輩もみんな人が良さそうだけど。
「ま、マネージャか? マネージャだよな、夢実。でもだめだ。おまえみたいな体力のない細っこい身体で、運動部のマネージャなんて出来るわけがない」
なんだこいつ? なんでこんなに私に対して過保護なんだ?
「マネージャじゃなくて、選手よ」
「そ、それに、おまえみたいなボーッとした女が、男ばっかりの野球部にはいったらいろいろいろいろ危ないに決まって……、って、えっ? 選手だって?」
拓馬が絶句している。
「私が野球をしたいというのが、そんなにおかしい?」
「いや、おかしいだろ? 夢実。おまえ、そんな小さな身体で男と一緒に野球なんてできるわけないだろう。その細い腕でボールを投げられるのか? ていうか、おまえ、そもそも野球したことがあるのかよ」
うーむ、たしかに。第三者から見れば、夢実が野球なんてやるように見えるはずがない。この腕の細さは自分でもやばいかと思うくらいだ。ちょっと無理したら折れそうだしなぁ。
でも、野球が好きなのは誰にも負けないし。なんとかなるよ、きっと。
2015.12.30 初出




