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13.美香保学園高校野球部 その1



 美香保学園高等部。


 ここは、お坊ちゃんお嬢ちゃんの集まる学園だ。生徒は基本的にお金持ちばかりだ。学費が高いだけでなく、卒業生からの寄付金もあつまる。ゆえに各種施設は必要以上に整っている。勉学に関するものだけでなく、スポーツ関係も同様であり、もちろん野球部も例外ではない。高校のくせに夜間照明付きの立派な野球専用グランドや室内練習場まであるのだ。




「あとは、実力が伴っていればいいんだけどねぇ」


 ある日の放課後、俺はグラウンド横のベンチに腰掛け野球部の練習を見学している。先生に用があるという一希ちゃんを待ちながら、入部届けを出す前にまずはどんなチームなのか見てやろうというわけだ。


 周囲では、俺以外にも数人の女子生徒が練習をながめている。たまに黄色い声がでるので、おそらく目当ての男の子がいるのだろう。


 今、俺の視線の先でおこなわれているのは、内野の守備練習だ。


 ノックするのも生徒。おそらく三年生かな。たまに空振りするのはご愛敬だ。とにかく、選手達が一生懸命やっているのはわかる。身体能力と反射神経と本能だけで野球するのでなく、状況によって誰が何をすべきなのかちゃんとみんなで考えながら練習しているのはいいな。……個人の技術がまったくついていってないのが残念だが。


 連系もそれなりにできてるし、ちゃんとダブルプレーもとれそうだし、強豪校と比べるとかなり見劣りするけど、まぁそれほどレベルが低いというわけでもない。


 俺の知る限りの全国の高校の守備レベルの平均点よりもちょっと上、高校の数が少ない地方では運が良ければ甲子園に出てきたりするかも、……というレベルだろうか。


 でも、……これじゃあ、だめだ。技術の問題じゃない。それ以前の問題だ。




「夢実!」


 部員のひとりが、勝手に練習を中断。なれなれしく人の名前を呼びながら、ダッシュしてきた。別のクラスだが同じ一年生、南郷拓馬くんだ。


「夢実。おまえ、こんなところで何やってるんだ? 俺を見にきてくれたのか?」


 思いっきりクビを横に振ってやる。拓馬くんはちょっと悲しそうな顔をするが、本当にちがうのだから仕方がない。


 拓馬くんは、白石家の遠い親戚で、今の内閣のなんとか大臣の息子だそうだ。子どもの頃から夢実とは面識があるようで、例の事故の後、入院中に何度かお見舞いに来てくれた。


 とは言っても、もちろん記憶喪失ということになっている俺は、彼のことなどまったく覚えていない。それを伝えると、今と同じような悲しそうな顔をしていたな、そういえば。


 潤一が教えてくれた情報によると、夢実はこの拓馬くんをそれほど親しい仲とは認識していない、というか正直言ってちょっと鬱陶しいと思っていたようだ。あいつ、頭が悪い奴には厳しいからなぁ。




 一年生はまだユニフォームが揃っていないのだろう。拓馬くんはジャージ姿だ。一年生のくせにでっかい身体だな、こいつ。


「拓馬さん、練習中にこんなところで油をうっていてよろしいのですか?」

「まぁ、いいんじゃないかな。うちの部員はみんなマイペースだし」

「……それでよろしいのですか?」

「は?」

「拓馬さんは、中学のとき、全国大会にも出場したキャッチャーだったと聞きました。……一年生といえどもこのチームをひっぱる立場のはずです。なのに、そんな態度でよろしいのですか? 甲子園に行きたくないのですか?」


 自分でも理由はわからんが、なぜかきつい口調になってしまった。お坊ちゃまが、ちょっとびっくりした顔をする。


「お、……俺だって、甲子園に行きたくないわけがないさ。でも、この学校が甲子園なんていけるわけないだろ! せっかく強豪校にもスカウトされていたのに、親父に無理矢理この学校にいれられたんだがから仕方がないんだよ」


 おまえ、……おまえが夢実に邪険に扱われる理由が、俺にもわかっちゃったよ。





「はいはい、南郷君。おしゃべりはそのくらいにして。練習中でしょ、グラウンドにもどって」

「か、監督! ……わかりました」


 監督、兼顧問のねぇちゃんが、いつの間にか俺の隣にいた。


「うちのチームの子達、素直さだけは取り柄なのよねぇ。……潤一、じゃなくて夢実ちゃん、さっそく見学に来たのね」

「なぁ、ねえちゃん。一応確認しておくけど、このチーム、……何人いるんだ? 今日はたまたま練習休んでる部員が何人も居るんだよな?」

「いないわよぉ。一年生をいれても部員は七人しかいないの」


 はぁ? 試合はどうするんだ?


「もちろん、試合の時は他の運動部から部員を借りるわ」


 俺は、身体の力がぬけていくのを感じた。


「なぁ、監督はこんなところで眺めているだけでいいのか? 選手達の指導しなくていいのかよ」

「いいの、いいの。私の仕事は、生徒達がケガしないで、野球を楽しんでもらえる環境を整えることだから」


 ……俺は決して『楽しい野球』を否定するわけではない。ないが、それでいいのか? 精神論は嫌いだが、もっと真剣に、本気に、青春をかけて練習した方が、得るものが多いんじゃないのか。


「あー、夢実ちゃんの言いたいこともわかるのよぉ。でもね、ここはこんな学校だから」


 へっ?


「昔、金にあかせて一流の監督を呼んだこともあるんだけど、練習の厳しさにみんなすぐやめちゃったんですって。それに、もしお坊ちゃん達にケガでもさせたら、父兄が怒鳴り込んできて大変なのよ。理事会もうるさいし」


 はぁ。ホント、脱力しそうだ。


「それで、誰も監督のなり手がなくて、たまたま一番若手で、高校時代に野球部のマネージャーしてた私にお鉢がまわってきたってわけ。酷い話よねぇ」


 ……ねぇちゃんも苦労してるんだな。


「でもね、そんな学校であえて野球部に入部するような子だから、みんな野球は好きなのよ。それに、基本的にみんな素直だから、教えた事はちゃんとやってくれるし。あとは、もう少しだけ本気になれば、強くなると思うのよねぇ。真剣に挑んだ勝負に勝ったときのうれしさとか、負けたときの悔しさとか、知ってくれればねぇ」


 そ、そうだな。そう思う。


「そうそう。あなたと藻岩一希ちゃんの入部の件、理事会も巻き込んだけっこうおおごとになっちゃったけど、なんとか許可をもらったわよ」


 それはよかった。けど、おおごとって?


「少しは自分の立場を理解しなさい。白石家の娘と藻岩家の娘よ。学校は両家からすっごい寄付金もらってるのよ。もしケガでもさせたら、私と校長と理事長のクビがまとめてとんじゃうかもしれないんだからぁ」


 ごめん。苦労かけた。恩に着るよ、ねぇちゃん。



 

 

2015.12.29 初出

 


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