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09.秘密特訓 その2



 ……てな感じで、昨日は潤一と青春ドラマを繰り広げてしまったわけだ。




 今となっては思い出すのも恥ずかしいが、しかしあの場で爆発した『野球をやりたい』という想いは真実だ。潤一も、野球をつづける決心をしたらしい。


 で、一希ちゃんは、それを目撃していたわけだ。そんで、「私といっしょに、野球部に入部しない?」の台詞につながったということか。


 もしかして、これは渡りに船というやつじゃないのか? 野球ができる。しかも、女の子の仲間もいる。たったひとりで男ばかりの野球部に入るよりは、はるかに抵抗が少ない。


 心は決まった。


「夢実ちゃん、他校の男の子と秘密特訓するなんて、野球好きなんでしょ。いっしょに入部しよう、ね、ね、ね」


「わかった。入部するわ。でも来週までまって。その前にやってみたいことがあるの」





 その週末。またしてもマンションの前の公園で潤一とふたりで待ち合わせ。今回はふたりともトレーニングウェア姿だ。


 ふむ。野球部に復帰した潤一君。グローブをつけた姿もそれなりに様になってきたじゃないか。


 ちなみに潤一の高校、つまり俺が入学した西高は、全国でも有名な超進学校だ。それ故、運動系の部活はそれほど盛んではない。昨年の地域大会での奇跡的な躍進が話題となった野球部とて例外ではなく、基本的に日曜日は部活はない。


 まずはキャッチボール。


 ……うーん。すげぇな、潤一くん。キャッチボールは野球の基本ともいうが、野球はじめてたった数日で、普通の野球少年と遜色のないぞ。


「今は、去年の秋の大会の映像をみて、投球フォームを取り戻そうと頑張っているんだ」


 そうかそうか。俺の投球フォームに関しては、ひかるの奴が熱心にビデオ撮ってたからな。どれ、投げてみたまえ。俺が捕ってあげよう。


 俺がキャッチャーとして座る。キャッチャーミットじゃないが、しょせんお遊びだ。問題なかろう。潤一が両腕を思いっきり振り上げ、モーションに入る。




 おどろいた。確かに俺のフォームだ。胸をそらしてワイドアップ。そのまま上体をひねり、背中を完全にバッターに向ける。そこから、身体の回転も利用して一気に投げるのだ。うなりをあげて剛球がせまる。


 パシンっ!


 なんとかキャッチしたものの、今のボール百四十キロくらいはあるだろう。


 俗に言うトルネード。単身メジャーに乗り込み三振の山を築いたあの偉大な日本人ピッチャーで有名になった、ちょっと独特なフォーム。


 腕だけではなく身体全体の回転の力をそのままボールにのせるため、球速がでやすい。一方で、制球が難しく、何よりも安定した下半身が必要だ。どっしりとした体格を最大限にいかそうと、俺と仲間達で必死に練習したフォーム。それを、こんなに短い期間で取り戻しやがったか。身体が覚えているんだろうなぁ。


「先日きみに握り方を教えてもらったカーブやフォークも練習しているんだよ。投げてみようか」


「い、いや。やめておこう。あの頃の俺のフォークが綺麗に決まったら、たぶんこの身体ではキャッチできない」


 くっそー。うらやましい。うらやましいぞ。潤一。今の夢実の身体では、あの投法はできない。格好だけできたとしても、この体格では効果がない。だけど、……夢実のこの小さな身体でも、それを最大限いかせる投法があるはずだ。





「で、夢実が試したいものって、なに?」

「俺は、成長期がくるのが遅くて、身体がでっかくなったのはちょうど高校に入る頃だったんだ。悩んだあげくいろんな投球フォームを練習してみたけど、結局トルネードに落ち着いたのもその頃だ」

「そうらしいね。十軒さんやお姉様が、なんとか私の記憶を取り戻そうと、昔の写真を何枚も見せてくれたよ。小学生の頃の潤一はちっちゃくて可愛かった」

「ねぇちゃん、余計なことを。そ、それはともかく、中学の頃までの潤一は、身体が小さかった。今の夢実みたいに。だけど、それでもとにかくピッチャーになりたかった俺は、必死に真似したんだよ。身近なお手本を」

「……お父様だね」

「そう。親父だ」


 琴似潤一の父親はプロ野球の地元チームのピッチャーだ。エースとまではいかないが、安定して毎年ローテーションにはいっている。


 もともと小柄で、しかもケガと故障に悩まされつづけたが、それにめげず一流の投手として成り上がった努力の人だ。俺が野球を始めたきっかけはもちろんこの親父であり、今でも尊敬している。


「トルネードは無理でも、身体の小さな中学の頃に練習した親父の真似ならば、少しはマシなボールを投げられるんじゃないかと思うんだ」


 根拠がないわけではない。この夢実の身体は、どこもかしこもとにかく小さくて華奢だが、ひとつだけ大きな利点がある。


 それは指だ。実際にボールを触ってみてわかった。この指、とにかく細くて華奢だが、感覚が繊細なのだ。例えば、人差し指や中指を立て、その先端にボールをのせて、目をつむってそのまま何時間だってのせていられる。


 これならば、ボールの縫い目をつかってどんな回転だってかけられるし、正確にボールを『切る』こともできる。昔から何度試してもできなかった、あのボールだって投げられる、かもしれない。


 そして、腕の力が足りない分は、全身の力を使えばいい。特殊なリリースポイントから、特殊な回転で、特殊な軌道を描くボールを投げれば……。もしかしてもしかしたら、通用する可能性だってあるかもしれない。


「お父様のフォームなら、僕も昨日のプロ野球中継をテレビで見たよ。やってみよう」


 よし。


 ……でもなぁ。潤一の場合は、身体が投球フォームを覚えていた。でも、俺、夢実の場合は、脳みそは投げ方を覚えているが、この身体がついてくるのかなぁ。



 

 

2015.12.25 初出


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