本当の転生
何時もの倍くらいの文字数書きました。
他の人たちはもっと書いてるのか…。尊敬。
軍事都市『ウルクエ』から数キロほど北上したところに『カンデラス』と言う森がある。大陸のほぼ中央に位置するそれは、規模こそそこまで大きくないものの、誰一人としてよりつかない『死の森』の別名で有名だ。と言うのも、カンデラスを構成する植物はそこでしか生息できない特殊な種であり、持ち出そうとすれば毒を撒き散らしたり、爆発したりする上に破片も残さず腐ってしまい、碌なことが起こらない。
加えて、カンデラスに生息する魔物は凶暴かつ強力で、こちらから手を出さない限りは襲ってこないものの、高レベルの冒険者さえも一撃でバラバラにしてしまうほどの戦闘能力を持つ。彼らにとってカンデラスは言わば『聖域』であり、踏み込めば待っているのは『死』のみだ。記録に残っているカンデラスの情報も、十歩ほど踏み込んだ阿呆が命からがら逃げかえり、両腕を犠牲にした体験談くらいだ。未だ誰一人としてその森の最深部に何があるか知ることができたものはいない。
だがウルクエはその森の性質を逆に利用し、犯罪人の処刑場や死体の処理場として使っている。魔物にとっても肉は貴重な栄養分らしく、投石機を使って投げ込まれたそれを骨一つ残さずに片付けてしまうという。ちなみに死体は傷んでいると投げ返されるという。よって死体の処理は迅速に行う必要があり、その日ウルクエで行われた処刑で出た死体も、処刑から一時間足らずで全てカンデラスに投げ込まれた。
佐助が処刑された日の真夜中、月は不気味すぎるくらい明るかった。死の森はいつもの通り、夜行性の魔物が狩りをする音だけが響き渡る。その日、カンデラスから初の生還者が現れた。いや、生還者と言うには程遠いかもしれない。よたよたとおぼつかない足取りで森から現れた人影には首が無く、メルクラネリにはない素材で作られた服には、明らかに致死量以上の血液が付着している。その人影は森を出ると、南に見えるウルクエに向かって真っすぐと歩きはじめた。
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「っ!」
佐助はその瞬間、確かに死を感じた。首に入る重い刃の感触がまだ残っている。思わず首に手を当てようとするが、触れるものは何もない。首が無いから声も出せない。なのに意識だけはあるのだ。パニックになって倒れていた体を起こそうとした時、声が響いた。
「起きたか。柳佐助。」
不思議な感覚だった。体の内から声が響くのだ。脳が無いのに声を聞くことができるとはどういうことか、疑問に思ったがパニックに陥っている佐助にそんなことを考える余裕なんて無かった。
「あぁ。混乱しているのか。安心してくれ。ここは精神世界のようなものだ。貴様の魂に直接語りかけていると考えてくれ。」
再び声が響く。年齢は推測できないが、男の声だ。声に深みがあるとでも言おうか。思わず言う事を聞いてしまうような貫禄がある。安心感、とは少し違うが、敵意のないその声色に、佐助は徐々に落ち着きを取り戻した。
「落ち着いたか。取り敢えずなぜこのような事になっているのか説明しよう。あぁ、それと今の貴様には私に質問したり、私と会話をするような力は残っていない。私がする質問に肯定か否定かを念じてくれればいい。」
得体の知れない空間だったが、声の主が言った通り、身体を動かすことはおろか、声、というより呼吸一つできない。本当にこの体が存在しているのかさえ疑わしいところだ。取り敢えず佐助は「わかった」と念じてみた。
「そうだ。一方的な質問しかできないが、それしか方法がないのだ。では説明を始める。」
そうやってその声は、一方的に話し始めた。
「まず始めに、貴様は死んでいる。あの時に感じた死の感触は本物だ。しかしここは死後の世界では断じて無い。ではなぜ貴様はここにいるのか。それは私が貴様の魂を引き留めたからだ。」
分かるような分からないような、微妙な説明だった。それよりお前は誰なんだ、と考えていたが、その答えはまだ返ってこない。
「貴様、生きるのを諦めていただろう?」
思わず「そうだ」と佐助は念じていた。断頭台が見えたあの瞬間、佐助の中は空になっていた。
「そうだ。その空の器が私には必要だったのだ。」
そこまで言って声の主は、初めて自分の身を明かした。
「私は『鬼』と呼ばれていた。数百年前までメルクラネリに存在していた、少数種族の一員だった。寿命は200年ほどで生命力が非常に強く、また戦闘においても他の種族とは段違いの実力を有していた。だがそんな我らを忌み嫌っていたのが『人間』だった。彼らは姑息な手段で私達を滅ぼしにかかった。まだ幼い子どもを攫っていったのだ。私達の種族は仲間意識が非常に強く、他人の子供も自分の子のように可愛がっていた。そこに人間共は付け込んだのだ。彼らは言った。『貴様らの命と、この子供等の命を交換しよう』と。」
そこまで言って、声の主、もとい鬼は語りを止めた。何となく先は読めるが、耐え難い出来事があったのだろう。
「私の仲間は一人、また一人と自害していった。だが私は諦めなかった。何か手がある、そう考えていた。その考えが甘いと知らされたのは、戦闘要員が遂に私だけになった時だ。奴等は子供たちを皆殺しにした。それも私や母親の目の前でだ!あそこまでの怒りを感じたことはなかった。怒りに身を任せ、奴等へ一人で挑んだ私は死んだ。必ず奴等を殺す。その強い殺意が私を『神』にした。」
やっぱりと思いながら話を聞いていた佐助は、『神』という発言で再び疑問を感じた。神とは一体何だ?非常に哲学的な質問だが、この世界では常識らしい。鬼は佐助の疑問を感じ取ったのか、答えはすぐに返ってきた。
「神とはそのままの意味だ。貴様の世界にはいるか分からないが、少なくともこのメルクラネリに神は存在する。商売の神、軍師の神、医者の神…。様々な神がな。神に愛された者が、その力を得ることが出来る。そして私はあの時『鬼神』となり、この殺意の後継者、私の器となり得る者を探し続けていた、と言うわけだ。」
何となく事情は分かったが、佐助にとっては正直勘弁して欲しかった。自分はもう死んだのである。ならばそのまま、すんなりと逝かせてくれ。そう思っていた。
「空の貴様にはこの話を受ける動機がないだろう。だから私が用意しよう。」
そして鬼神は言った。
「古市神楽、だったか?彼女はウルクエに囚われている。あと数日もすれば奴隷として貴族共に売られるだろう。」
佐助は耳を疑った。鬼神は話を続ける。
「元々彼女はここに来る存在ではなかった。偶然だったらしいが奴等にとっては運が良かった、くらいのものだったのだろう。」
佐助はあの日の事を思い出す。あの日、神楽と一緒にいたから彼女はここに連れて来られたのだろう。付き合っていたわけではなかったが、佐助にとって古市神楽の存在は家族と同じくらい大切だった。そんな存在が自分の身に起こる出来事に巻き込まれ、危険が迫っているという状況に、いくら空になっていると言ってもはいそうですか、で終わることは出来なかった。生への欲を失い、空になった器に、「一人の人を救いたい」という小さな、それでいて濃い欲が生まれた。
「さぁ、選んでもらおう。私の器として、再び生を手に入れるか?」
返事は決まっていた。しかし念じた瞬間、身体から何かが抜ける感覚に襲われた。痛くも痒くもないのだが、何か大切なものが次々に引き抜かれていくような感覚だった。
「言い忘れていたが、力を得るにあたって『代償』が必要なのだ。それぞれの神にもよるが、私は二つほど必要でな。貴様から『右眼の視界』と…」
鬼神は微笑んでいるのか、声に若干弾みがあった。
「『貴様らしさ』を代償にさせてもらう。」
すると今も絶えず砂時計の砂のように佐助から抜けているのは『佐助らしさ』という事だ。同時に、徐々に空だったはずの中身が更に失われていく感覚に襲われた。佐助を器ごと創り変えるつもりなのだろう。必死に繋ぎ止めようとするが、その努力も虚しく、『らしさ』は失われていく。
様々な格闘家と戦って打ち負かされ、芽生えた『恐怖』も、その格闘家達と一人で互角以上の戦いをする祖父への『尊敬』も、一撃も相手に浴びせられなかった原因である『情け』も、何もかもが流出していく。そして残り僅かになった『らしさ』から、幼馴染を助けるという『決意』が流れ出そうとしたところで…
「っ!?何故動けるっ!?」
佐助の右手は流れ出て消えかけていた『決意』を掴んでいた。まるで砂のようなそれを体に無理矢理押し込み、更に漏れ出そうとする『らしさ』を抑え込む。残り少ないそれらには右手を押し戻す力はなかったようで、抵抗はやがて終わった。手を離しても再び『らしさ』が漏れ出さないのを確認すると、佐助は右手の力を抜く。途端に右手は再び拘束されたかのように、ピクリとも動かなくなった。
「『決意』に『理性』、『記憶』か…。よりによって最も消したかったものが残ってしまったか。これらには全力を注いだつもりだが、それを凌ぐとは…。」
驚きから立ち直った鬼神はそう呟く。内容は悔しそうだが、口調は何か喜びを感じているようだった。
「私の殺意を超えるとは!実に面白いではないか!柳佐助よ!貴様に私の全てを授けよう!そして貴様に賭けよう!復讐より面白いものを、私に見せてくれ!!!」
嬉々として歓喜の声を上げる鬼神。瞬間、鬼神の全てが身体に流れ込んでくるのを佐助は感じた。佐助の肉体がギチギチと軋み始める。鬼神の強大な力に耐えられるように身体が変貌を遂げているのだ。見た目こそ変わらないものの、その筋肉、骨の密度は常人を遥かに凌駕している。
それだけでなかった。鬼神の見た最期の光景を始め、彼の記憶が流れ込む。強い絆で結ばれた家族や家族同然の仲間たちとの楽しい思い出。家族を、仲間を守るための一騎当千の奮闘。仲間たちの自害。そして、無惨に切り刻まれ、焼かれ、潰される子供たち。
それらの記憶と共に流れ込んだのは、流れ出した佐助の『らしさ』を埋める、鬼神の『らしさ』だった。と言っても、その殆どを占めていたのは『殺意』だった。全てを壊してしまいそうなその『殺意』を、何とか『理性』で抑えこむ。あの時、右手を動かせていなかったら佐助は本当にただの器にされていた。そう実感した佐助は、鬼神の人間に対する強い憎しみに触れた気がした。
「さて、残る作業はひとつだ。貴様の首を回収しない事には全てが終わったとは言えない。」
鬼神の記憶を全て見終わった佐助に、鬼神は語りかける。
「貴様の首は貴様が処刑された広場に晒されている。私が道は案内しよう。全てを終わらせたら、私がまたこちらへ呼ぶ。」
鬼神が言い終わるや否や、意識が急速に引き上げられた。水の中から引き上げられるような感覚に身を任せ、佐助は精神世界を離れた。
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現在、寝静まった街を歩く、首がない佐助には当然だが景色が見えていない。ただボンヤリと、障害物の位置がわかるのと、自分の首の位置がはっきりとわかるだけだ。時折壁にぶつかったり、地面の窪みに躓いたりしながら、佐助は広場を目指す。夜中の散歩を楽しんでいた住民にその姿を見られ、街に『首がない亡霊』の怪談が広まるのはまた別の話だ。
カンデラスが街からそこまで遠くなかったのもあり、広場には割と早く着く事が出来た。変貌した身体には最初こそ慣れなかったものの、ここまで歩く過程で感覚を掴み、今では普通通り歩くことができる。
そして辿り着いた街の広場には、その日処刑された罪人の首が晒されていた。その中には当然、佐助の首もあった。腰ほどの高さの棒に突き立てられたそれらは、罪状の書かれた看板と共に広場の一角にあった。普段は美しく水を吹き上げているのであろう噴水も稼働しておらず、静まり返った広場で月明かりに照らされる生首たちはホラーそのものだった。もっとも、佐助には見えていないのだが。
佐助は自分の生首を抜き取り、有るべき所へ戻した。すると断面は逆再生をするかのように繋がり、脳との神経が繋がったことで、『戻ってきた』ことを感じた。目を開き、周囲を見渡そうとするが、途端に視界は歪み、佐助は地面に突っ伏した。血が足りていないのだ。顔は青ざめ、今にも意識を失いかけていた。そこへ鬼神が再び語りかけた。
「戻ってきたようだな。では残りを終えてしまおうか。」
次の瞬間、佐助の右眼は炎を上げた。そう錯覚する程の熱が右眼を襲う。視界が奪われているのだろう。尋常じゃない痛みに叫び声をあげようとするが、外気に晒されていた気管はカラカラに乾いており、掠れた声一つ上げることは叶わなかった。
続いて変化した佐助の造血器官がフル稼働し、血を造り出す。だがその色は赤ではなかった。気づいていないが、右眼の痛みに耐える佐助のこめかみに浮かんだ血管は黒色をしていた。
どれくらいそうしていただろうか。右眼の痛みはいつしか収まり、造られた血が身体を巡ることで力がみなぎってきた。身体を起こした佐助は噴水の元へと走り寄り、貯まった水に頭を突っ込んで水をがぶ飲みする。頭を突っ込む際に妙な感覚があったが、そんなことは気に留めず顔を上げ、深呼吸する。そうして幾らか落ち着いたところで、佐助は水面に写った自分の姿を確認した。そして目を見開いた。
まず髪が伸びていた。ベリーショートだった短髪は、ワックスを使っていないホストみたいになっていた。水を飲んだ時になんとなく感じた違和感はこれだ。邪魔だったので頬のところまで伸びた前髪をかき上げ、全部後ろに流してしまう。そうすると今度は、先程まで痛みが走っていた右眼が真っ黒に染まっているのが見えた。黒目も白目も関係なく、均等に同じ色に染まっている。視界を奪われたことで変化してしまったのだろう。だが佐助が見ている視界は明らかに片目のものではなかった。そこへ鬼神の声が響く。
「確かに視界は代償としてもらったが、それだと全力にはなれんだろう。私も楽しみたいからな。視界は提供、という形で貴様に戻している。」
「そうか、ありがとうよ。」
精神世界とは異なり、声を出して返事をすることができた。視界が失われなかったことは佐助にとってはかなり大きな利益となる。
「そして、これからどうするつもりだ?」
質問を投げかける鬼神。それに対して佐助は口角を吊り上げ、ギラギラした眼差しで城を見上げた。その姿は明らかに情けや弱さがあった頃の佐助のものではなかった。本当の意味で完全に『転生』した佐助は呟いた。
「決まってんだろ。全部ぶっ潰して助ける。」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
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次回も未定です。でも絶対に夜逃げ?したりはしないつもりです。