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お目覚め

2015/06/21 訂正

 背中にひんやりと冷たいものを感じる。寝起きのような感覚、カラカラの口の中。ひどい頭痛…。彼は閉じていた眼を開いた。


 黒。それだけだった。試しに瞬きをするが、景色は変わらない。いや、僅かだが光はある。視界がぼやけているのか、磨りガラス越しの懐中電灯の様な光を見つける。よく見ると地面を照らす、太陽の光だった。彼のいる空間は埃が舞っており、光の筋を薄っすらと浮かび上がらせていた。それを辿ると、かなり高い位置に開けてある、申し訳程度の換気用と思われる小窓から光が差し込んでいることが分かった。


 彼ーー柳佐助(やなぎさすけ)ーーは自分が地面に身体を横たえていることに気づき、上体を起こした。冷たい石畳の床は埃が積もっており、佐助が着ていた夏用の制服にも多く付着しているようだった。


「どういうことだ…?」


 そんな事は気にも止めず、佐助は呟く。そしてこの場所に来る前の事を思い起こした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はぁっ、はぁっ…。」


 8月の猛暑の中、息を荒らげ、引退した野球部みたいな短い髪を汗で光らせながら市街地を駆ける佐助。

 身長は162センチとかなり低い。

 体格がいいわけでもなく、勉強はからきし、という程ではないができる方ではない。

 運動神経は良いものの、球技のセンスは絶望的に無く、サッカーや野球では空振り、バスケでは敵にパスを出し、テニスではボールではなくラケットを飛ばすといった武勇伝の数々を生み出してきた。


 そんな佐助にも得意とするものはある。マイナーだが。かなりマイナーだが。


(やっべぇまた爺ちゃんに怒鳴られる…っ!)


 市街地から細い路地に入る。入り組んだ道をクネクネと進むと周りの景色から建物が減り、緑が多くなる。家も洋風のものから、瓦葺きのものが増えていく。


 そんな景色には目もくれず、心臓が送り出す血液も減り、悲鳴を上げ始めた頃、目的地に到着した。


 大きな木造の建物で、周りの建物よりも一回り大きく、それに比例するかのように建物の老朽化も進んでいる。

 ボロボロの門には『天涯無双柳流』と大きく筆で書かれた板が掛かっている。

 佐助はその門をスピードを殺さずに勢いよく潜り抜け、扉を開ける。ガラガラッと大きな音が鳴り、開かれた扉の先には板張りの道場(・・)が広がっていた。


「遅いぞ佐助ぇっ!!!!何をやっとるかぁぁぁっ!!」

「ごめんって!山本がケータイ見つかって説教長かったからさぁ…。」

「言い訳無用!!さっさと着替えぃ!!」


 待っていたのは老人…っぽくない老人だ。190センチはあろうかという身長に筋肉隆々の巨体を有し、それでいて年齢は85歳。全身に覇気を纏ったこの男こそ佐助の祖父、柳厳太郎(やなぎげんたろう)である。

 袴姿で正座をし、入り口の正面に座っている彼の頭上には『一騎当千』の文字。その四字熟語を家訓(・・)とする佐助の実家は、棒術の流派の流祖だった。


 棒術とは名の通り、棒を使って戦う武術である。流派によって様々だが、大体は長さ180センチ、直径2〜3センチの、円柱形の棒を使う。

 天涯無双柳流ではもっと短い、160センチの棒を使うのだが、それは多くの武術が『一対一』を想定しているのに対し、天涯無双柳流が想定しているのは『一対多』だからであり、この心構えは家訓にも表れている。その為に自然に小回りが利くように、棒術としては短い棒を使うようになったのである。


「爺ちゃん、もう準備運動無しでいい?」

「走ってきたのだろう?それより、早くせんと()が来るぞ?」


 素早く袴に着替え、自分の名前が彫られた棒を棚から取り出す。そうして素振りをしていると、厳太郎の言う()がやって来た。


「「「「うっす!」」」」


 威勢のいい挨拶と共に扉を開けたのは、厳太郎には及ばないものの、ガッシリとした体格の男が四人、縦に並んでいた。ご丁寧に道着まで着ており、いつでも戦える、という雰囲気を醸し出していた。


「わざわざすまんな。お前たちも自分の鍛錬があるというのに。」

「いえ、これも鍛錬の一つですから。」


 厳太郎の言葉に、先頭に立っていた男が答える。腰に巻いている黒帯は、色も抜け落ち、解れ、帯と言えるかすら分からないほどボロボロであったが、武道の心得がある者にとって、それは勲章のようなものだ。

 それもそのはず。彼は極真空手の世界では名を知らない者はいない程の達人であり、後ろの三人も彼には及ばないものの、全国でも名を馳せる強者である。


 そんな猛者が何故この街中のオンボロ道場に来るのかと言われると、佐助にはうまく答えられない。厳太郎が様々な武道に顔見知りがいるのはわかっているが、その顔の広さが想像できない。


「では、早速手合わせを。」

「いいだろう。では佐助、準備をせい。」

「お、おう。」


 しかも戦うのは厳太郎ではなく、佐助なのである。実際佐助は今までに何度もこんな経験をしていた。剣道、柔道、合気道、薙刀、銃剣道、伝統派空手などの日本の武術だけでなく、時には八極拳やテコンドーの達人とも手合わせをした。

 厳太郎から直接指導を受けている佐助だが、ぶっちゃけそんなに棒術を使いこなせているとは言い難い。当然、異種格闘といえども今までの手合わせでは一度も勝利どころか一撃を浴びせることすらままならなかった。


(今回もいつも通りだよなぁ…。)


 そんな風に勝ちを諦め、佐助は襲い来る四人の猛者に向けて棒を構えるのだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「で、こんな痣だらけになったと。」

「俺だって好きでこんなんになってんじゃねーよ…。」


 腕にできた大きな青痣をつついて歩きながら佐助は言う。

 会話の相手はクラスメイトの古市神楽(ふるいちかぐら)だ。肩にかかるくらいの長さの髪は茶色で、大きな目と相まってリスとかの小動物を思わせる顔立ちをしている。


 普段はクラスの男女4〜5人のグループで下校したりするのだが、この日は道場から出てきた佐助と、寄り道をしながら帰っていた神楽が偶然合流した。


 中学校入学と共に他県から転校してきた神楽は、持ち前の明るさですぐに溶け込んだ。彼女の周りには男女問わず常に誰かがいるほどだ。


「にしても酷い痣だよねぇ。今日の相手は?」

「極真空手だってよ。しかも四人がかりで。」


 ちなみに佐助は道場に通っていることをあまり人に話していない。神楽はそれを知る数少ない一人だ。


「まぁまぁまぁ、これでも食べて?」


 そう言って渡されたのは銀歯の強敵とも呼ばれる、ブドウ味のチューイングキャンディだった。夏の暑さで溶けかけていたのはいつもの事だった。


「…なんで毎回溶けてたり粉々だったりすんの?」

「? 食べられるならいいじゃん。」

「まぁそうかもしれないけど…。」

「それとも私が持ってくるお菓子には毎回不満があると?」


 若干ふてくされ、頬を膨らます神楽。目つきが魔法学校の映画に出てくる、人間界から来た優等生の女の子に似ている。


「じゃあ私、これから用事があるから。あなたに構っている暇なんてないわっ!」


 どうやら意識していたようだ。本気で怒っているわけではないのだろう。軽やかな足取りで前方に見える曲がり角の先へ消えていった。


「気をつけて帰れよー。」


 一応それだけ言ったところで佐助の腹が鳴る。溶けかけのキャンディを口の中で転がしながら、今日の夕飯を考えていた。


 そんな何時もの日常は、唐突に終わりを告げる。


「ん?なんだこの音…。」


 佐助の耳に入ってきた音は、何かが激突する音だ。エンジンの音がするので車なのだろうが、正面からぶつかるというより擦る音がする。

 佐助が歩いている道は非常に細く、軽自動車でなければ通れない程ギリギリの道だ。左右は家が多く、よじ登れないくらいの高さの塀で囲まれている。


 そしてその音は徐々に大きくなる。佐助は今通っている道は曲がり角こそあれど、分かれ道は無いことを思い出す。全身から吹き出る冷や汗。


(これってやばいんじゃ…。)


 そう思った瞬間、見えていた曲がり角から出てきたのはオンボロの軽トラだった。傷や凹みが酷く、更に奇妙なことに人が乗っていない(・・・・・・・・)

 よく見るとボンネットに赤い何かが付着している。だが佐助は軽トラが姿を表す前から、その可能性を頭の奥に押しやっていた。

 軽トラは塀にぶつかりながらこっちへ猛スピードで突っ込んでくる。両脇に避けようにも軽トラはジグザグに走行しているので生存は厳しい。それ以前に佐助の思考は完全に止まっており、動くことはおろか、声も出せずにいた。


「止まってくだ…」


 辛うじて絞り出した最後の声は、余りに情けなく、そして誰にも届くことはなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そうだった……俺は……。」


 あの後気がついたら何故かこの場所にいたのだ。おそらく死んだのであろうが、いまいちその実感が沸かない。


 というより、何かを忘れている気がする…。

 ひどい頭痛と共に、佐助は思考を開始するが、何者かの声でそれは妨げられる。


「やっとお目覚めか。いいご身分だな。」


 佐助が顔を上げると、開いた扉から鎧を着た男が立っていた。


 瞬間、佐助の頭痛は潮が引く様に収まり、消えていた、いや、閉じ込めていた(・・・・・・・)記憶が蘇った。

不定期更新になるかしれません。

何分忙しいので…。


一応毎週日曜を予定にしています。遅れても週単位で投稿したいと思っています。

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