こんな夢を観た「炭酸池の観察」
大変だ、いつの間にか夏休みが終わってしまう!
「まずいまずいっ、『なつやすみのとも』の自由課題がまだ終わってないよっ!」わたしは気が動転してしまい、いっそ地球が滅べばいいのに、とさえ願った。
そうだ、こういう時こそ志茂田ともるだ。
携帯を引っつかんで、電話を掛ける。
「もしもし、志茂田? むぅにぃだけどっ」あいさつもそこそこに、早口でまくしたてた。
「これはむぅにぃくん。さては、夏休みの宿題のことですね?」
さすが志茂田。察しが早い。
「うん、自由課題、まったく手をつけてなくってさあ。ねえ、どうしよう?」
「あいにく、こればかりはわたしのをお見せしても、何にもなりません」志茂田は言った。
「やっぱり……。ああ、どうしよう!」
「まあまあ、落胆することはありません。今からでも十分に間に合いますから。さあ、支度をして、3丁目の噴水公園に来て下さい」
志茂田はやっぱり頼りになる。どうにかなりそうだ。
わたしは着替えをして、大急ぎで飛び出す。
噴水公園の入り口には、すでに志茂田が来て待っていた。何やら、大きめのバッグを肩に掛けている。
「ごめん、待たせちゃった?」わたしは言った。
「いえいえ、今来たばかりです。さあ、バス停まで歩きましょう」志茂田は重そうなバッグを持って先を行く。
バスはすぐにやって来た。わたし達は「3つ子山行き」と書かれたそのバスに乗り込む。
この路線は住宅街を出た後、だらだらと湿原を突っ切って、山向こうまで行く。平日、休日を問わず、いつもガランとしていた。
1番後ろの席にゆったりと座る。ほとんど、貸し切り状態だった。
「ねえ、志茂田。何を持ってきたの?」わたしは聞いた。
「ああ、これですか」志茂田はバッグを脇の空いている席に下ろす。「むぅにぃ君、あなたの自由研究のお役に立てればと思いましてね。色々と持ってきたのです」
「ふうーん。この暑い中、荷物まで担がせてしまって、ほんとにごめんね」
「いいんですよ。わたし自身、楽しむつもりでいますしね」
終点「三つ子山」の手前、「あぶく池」で、志茂田が降車ボタンを押す。
「次、降りますからね、むぅにぃ君」
降りたところは広々とした湿原の真ん中だった。バスが走り去ってしまうと、カエルの合唱の他、何の物音も聞こえてはこない。
「さ、『あぶく池』まで、あと少しです」と志茂田。
「『あぶく池』って、何か面白いものあったっけ?」わたしはあれこれ考えてみた。
池の底から絶えず炭酸が上ってくるので、栓を開けたばかりのサイダーみたいに、ボコボコ、シュワシュワと音を立てている。
こんな水質なので、サカナもエビも見かけない。
池のそばまでやってくると、志茂田はバッグを下ろし、顕微鏡を取り出した。
「むぅにぃ君、このコップに池の水をすくってきてくれませんか?」
わたしは言われた通り、水を汲む。「これくらいでいい?」
「ええ、十分です」コップの水をスポイトで取り、スライドガラスの上に垂らす。「観てご覧なさい。なかなか興味深いですよ」
わたしは顕微鏡を覗いてみた。半透明をした生き物が、無数に泳ぎまわっている。
「これって、プランクトン?」
「ちょっと違います。彼らは炭酸生物です。もっとよく観てください。プランクトンにしては変わっているとは思いませんか?」
今度はじっくりと観察をしてみる。
透き通っているところなどプランクトンそのものだったが、どれもサカナの姿をしていた。コイもいる、ナマズもいる、エイやサメまでいる。
けれど、彼らをずっと目で追うことはできなかった。何しろ、いきなり現れたかと思うと、次の瞬間には、パッと弾けて消えてしまうのだから。
「もしかして、これって小さな泡なのかな」わたしは思いついて口にする。
「その通り。炭酸生物というのは、泡が一瞬だけ命を宿した姿なのですよ」志茂田が答えた。
「確かに、アサガオの観察記録よりは早く終わりそうだけど」わたしは言う。「それにしたって、寿命が短すぎて、スケッチしている暇もないよ」
「ご心配なく。この通り、ビデオカメラも用意してあります。アタッチメントで顕微鏡に接眼できますから、わたし達はモニター越しに観察しようじゃありませんか」
ビデオカメラのモニターには、顕微鏡下の世界がリアル・タイムで映し出されている。淡水・海水を問わず、様々な種類のサカナが、生まれては弾け、消えてはまた生まれていた。
「記録した動画は、あとでDVDに焼いて、あなたに差し上げます。再生する時、遅送りにして観ればいいでしょう」
「ありがとう、志茂田。これで忌々しい『なつやすみのとも』も完成するよ」
その時、ひときわ大きな泡が膨らんだ。顕微鏡の視野に入り切れないほどだった。
「これはまさか――」志茂田が身を乗り出す。
泡はどんどん姿を変え、ついにはナガスクジラの姿となった。
「驚きましたねっ、幻と言われ続けたあの『タンサンオオアワクジラ』ですよ、むぅにぃ君!」
これまでのサカナが、もって1秒ほどだったのに対し、タンサンオオアワクジラは、10を数え終わっても、まだ優雅に漂い続けていた。




