29(どうにもなるもんか)
美香子の姿を認めると、良子は裸足のまま駆け出し、膝を突くとカナミもろとも全身で抱きしめた。「良かった」
「しーちゃん、」姪の言葉は胸の中でくぐもった。
草と泥と、汗の匂いを姪から感じて、やっと安心できた。美香子を実感できた。身体を離し、そのむき出しの手足が汚れているのに気がついた。「ケガはない? 大丈夫?」ブラウスを脱いで頬についた汚れを拭ってやった。「痛いところはない?」
「大丈夫だよ」
姪はそう云ったが、かたわらに麦わら帽子とサマードレスがあるのを見て、胸をぎゅっと掴まれるのを感じた。
「ミカ、ごめん」
姪の目を真っ直ぐ見つめ、良子は云った。「悪かった。あたしは別にあんたがかわいそうとか思わない。思いたくない。かわいそうが知りたければテレビを見ればいい。新聞を読めばいい」
「それでどうなるの」姪は困惑気味に訊いてきた。
「どうにもなるもんか」良子は続けた。「テレビも新聞も全部向こう側の話だ。でも、あたしにとってあんたは違う。こっち側だ」
「よく分かんないよ」
「姉さんも義兄さんも勝手だと思う、最低だと思う」
でも、と云いにくそうに美香子は云った。「でも、わたしのお父さんとお母さんは、」
「だからだ。親じゃなければよかったのに」
「それは……イヤ」
「そうだね。イヤなことだ。だからってあんたがかわいそうになるわけじゃない」
「よく分かんないよ」
「自己憐憫は毒なんだ。毒ってのは気持ちいいものでね、だから毒なんだけど」
「う、うん?」
姪は明らかに当惑していたが、構うものか。
「あたしは中毒になりかけてた」再び姪を抱きしめた。強く抱きしめた。「ミカ。あたしはあんたを連れて帰りたい」
「しーちゃん、」
「同じように──ミカ、ちょっと辛いこと云うよ、カナミはカナミの帰るところがある」
「知ってるよ」
当然とばかりにするりと云われて、呆気にとられた。身体を離すと、美香子はほら、と指さした。すっかり暗くなった空一面を覆うように、瞬く光の球が数多と浮いていた。
「カナミのお迎えだよね」
「なんじゃこりゃー……」岸辺がよろりと立ち上がった。良子と美香子も立ち上がった。




