27(背中は任せた)
あの子は今どこにいてどんな思いをしているのだろう。それを思うと良子の胸は強く締めつけられる。膝を抱えて背中をまるめ、生垣の長く伸びる影を見る。どう云い繕ったって傷つけたのは他ならぬ自分だ。同情と憐憫がなかっただなんてとんだ嘘ッパチだ。
「あ──ッ、くっそぅ!」
良子は両手でバンッと床板を叩き、勢いよく立ち上がると、増田を見下ろし叫んだ。「もうやめだ、やめ! 大人しくしてられっか、増の字! 行くぞ!」
くるっと踵を返し、居間に向き直ると、ちゃぶ台の上に白い球体がみっつ、乗っかっていた。ふたりは示し合わせたように左右からカーテンを一瞬でざっと閉めた。
「……カナミ、じゃないね」
良子の言葉に呼応するように、パッとテレビが点いた。しかし放送を受信するでなく、砂嵐になるでもなく、黒い画面に不揃いの白い文字が現われた。
カナミと呼称する個体を連れ戻しに来た。
オーケイ。良子は思った。素晴らしい。「それで?」
少女との残留を望んでいる。
画面に文字列が続く。
説得して欲しい。大事は望まない。
どうやら難儀しているのは地球側だけでないらしい。良子は少し愉快に思った。どこもここも似たような問題を抱えているのだな。
新たな文字列が現われた。
無理ならば相応の対処をする。
ふぅん。「なかなか荒っぽいな」
不本意。子供。行き違い。保護。誤解。引き取り。退去。
次々と文字が現われ消えて行く。オーケイ。文字通りの親玉さんね。良子は両手を腰に宛て、「増の字、ミカに会ってくる」ちゃぶ台の上の球に向き直り、「出来るんでしょ?」
みっつのうち、真ん中のひとつがふわりと浮き上がり、その球状の体躯をするするとほどき始めた。
「背中は任せた」
増田が頷く。「任されました」
*
泥にハマってどうしようもなくなったカブを捨て置き、草木をかき分けロッドの指し示す方へと進んでいると、ふいに目の前が開けた。そこに岸辺は木漏れ日の作るまだらな影に染まった少女を見つけた。大切そうに白い球を抱きしめ、座り込んでる。壊れそうな華奢な手足は泥で少し汚れていた。かたわらの麦わら帽子と黄色い服が場違いに思えた。




