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26(不手際)

 村が封鎖された。良子は増田と共に自宅で軟禁にされた。姿こそ見えないが、監視されている。

 岸辺と名乗った青年が現われたときと同じように消えた直後だった。見るからに胡散臭げな男──鈴木と名乗った──が「どこでも見たことのない何か」を探しているので協力するよう、言葉こそは丁寧だったが、言外に場合によっては「些か不愉快な思い」をすることになると告げた。ケータイは圏外になり、ネットは切り離され、テレビは砂嵐になった。

 外に出るのはもちろんのこと、美香子を探しに行くことも許されなかった。空っぽになった美香子の部屋を見て、改めて自分の無力さに打ちのめされた。何が美香子のためだ。何が覚悟だ。全く姉と同じではないか。姉とどこが違うと云うのか。

 ぽつんと置かれた美香子のケータイを握りしめて居間に戻った。縁側に増田と並んで座って夏の庭を見た。セミの鳴き声が遠くからした。再び鈴木が姿を現した。「少しお話し、しませんか」

「うるさい、木っ端役人がッ」良子は気色ばんだ。

「納税者はあなただけでないですよ」鈴木は顔に浮かべた薄い笑みを絶やすことなく続けた。「マルサはマルサの仕事をするだけです」

 カッと頭に血が上った。「上を連れて来い、話はそれからだッ!」

「現場の指揮権は自分が持っております」

「なら未だグダグダしてンのはアンタの責任だろうが!」

「そもそも私が何を探しているのか適切にご理解されていれば、上が出張って来ることなどのないとご承知でしょう」

「だからその現場のケツを拭くのが上の仕事だろうに、このバカ役人ッ!」

 裸足のまま庭に降り立ち、鈴木に掴みかかろうとした良子を増田が後ろから羽交い締めにした。「先輩!」

「ええぃ、増の字、黙れ、云わせろ、あたしが間違ってンのか、それとも世間が間違ってンのか!」

 抱えられた良子の繰り出す蹴りは、ただただ空を切るだけだった。それを見て鈴木は愉快そうに、そしていやらしく口の端を曲げた。「そちらの彼は物分かりがよくて助かります」


   *


 岸辺青年はその必要もないのに、自分の不手際を詫びた。そして、洗いざらい良子と増田に告げると、すぐにも動けなくなるふたりに代わって、「自分が探します」

 見つけたらどうする。

 良子が訊ねる。

 彼女と話しをします。

 話してどうなる。

 分かってもらえるよう努力します。

 それで?

 岸辺は真っ直ぐ良子を見つめた。「荒っぽい連中は近づけたくないんです」

 良子が逡巡していると、増田がポケットから鍵を取り出した。

 郵便局は分かる? そうそう、あすこね。この鍵で──、

 おい、増の字、何してんだ。

 カブを使えばいいかなぁと。便利でしょう? まぁダメですけど、盗まれたのでは仕方ないです。そう云うことはままあるのです。

 岸辺は増田から鍵を押し頂き、云った。

 いやぁ、ありがたいです。

 しかし増田は岸辺の腕をぐいと引っ張り、その耳元に敬愛する先輩仕込みのドスの利いた声音を使って、「ちょっとでもあの子を傷つけてみろ、おれの地獄行きと引き換えに世にもおぞましいことがお前の身に振りかかる」

 ひぃっと岸辺青年は悲鳴を漏らし、約束しますと腰を直角に折り曲げ、頭を下げた。

 虚無に時間が過ぎて行く。陽射しに赤味が混じり、カナカナゼミが鳴き始めた。

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