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 増田がグラスに麦茶を注いだ。置かれたグラスを手にして、「ミカのこと、ありがとうだって」一気にあおった。「礼を云うくらいなら今すぐ来いっての」

「それが自然だと思ってるんですね」

「そりゃそうだろ。そりゃあたしはミカのこと好きだ。大好きだ。だけど姉さんはあの子の親なんだよ。あたしは違うんだ」

「でも?」

「ああ、そうだよ。増の字。あたしはそのつもりあるよ」

「覚悟あるんですか」

「あたし、けっこうハズレだって自分のこと思ってる。高校だって一年遅れたし」

「入院してたから仕方ないでしょうに」

「だけど今の一年とあの頃の一年は違う。しかも姉さんと同じ学校に行くなんて。おう、あれの妹か。入学して直ぐに云われた。あたしは姉さんの妹でしかなかった。品行方正、成績優秀、伝説の生徒会長さんの妹」

「それは違いますね」

「当時はそうだった」

「今は当時でない」

「ああそうさ」良子は鼻から太い息を吐いた。「とにかくハズレだと思ってんだよ。だけどさ、」胸に手を宛て、「あの子の寝顔を見たらさ、自分の気持ち、信じてみよっかなって思った」

「そうですか」増田は微笑んだ。「反対なんてしませんよ。しても聞かないと思いますけど。ぼくもミカちゃんのこと、好きです」

「嫁にやらんぞ」

「なら婿入りで」

「遠廻りのプロポーズ?」

「直球です」

 はぁ、と良子。「あの子は未だ十三だ。ナボコフ先生の前に土下座なさい」

「そんなわけないでしょうが。先輩、そろそろ返事下さいよ。卒業式に伝えたのは本気です。今も変わってません」

 その言葉に、良子は膝の上に手を置き、うつむいた。「お前は……ズルいな」

「すいませんね」増田は笑った。「十年以上も未練たらたらで。首を縦に振ってください」

「……あんた、ミカのこと大切にできる?」

 良子は顔を上げて、まっすぐ増田を見つめた。その向こうにドレスを手にした美香子が立っていた。


   *


 最悪のタイミングで最悪の顔をした。鏡を見なくたって分かる。良子は拳で壁を殴った。美香子はもういない。一瞬だった。美香子がカナミの名を呼ぶと、それは大きく膨らんでまるい体躯をリボンのようにほどき、美香子を包むとその場から消え去った。誘拐ポッド。増田の言葉が現実になった。最低だ。拳をガンガン壁を打ち付けていると増田が手首を掴んで云った。「早く探しに行きましょう」

「どこに! 見てたろう!」

「しかるべき所へ、」云いかけた増田の言葉を覆い被せるように、防災スピーカーからチャイム音がした。

「あー、こんにちはー」駐在の吉田さんの呑気な挨拶。「えー、タヌキが出たんでー。ん? イノシシにしろって? タヌキでいいんじゃ。タヌキが出たんでー、ああもう、うるさいなぁ。とにかくうっかり遭遇しないよーに、用もないのに出歩かんよーにな、」

 ブッと放送は乱暴に切られた。

 増田に手を引かれ居間に戻った。庭に目を向け、ふいに理解した。姉からの不可解な電話。中途半端な防災無線。しかるべき所。

「何か思い当ることでも?」

「バレた」いや違う。良子は云い直した。「知られた。それもかなりのレベルで」

「何を云ってるんですか」

 もし自分の推測が当たっているのなら。

 ぞっとした。すでに自分はもとより、美香子、そして姉にまで累が及んでいる。良子は震えそうになる身体を押さえるように肩を抱いた。「増田。あたしはどうしたらいい?」

 それに応えたのは突然、庭に現われた背の高いひとりの青年だった。「もう遅いですよ」

 夏の陽射しが作った幻影のようだった。手には折り曲げた一対の金属棒を持っていた。良子の見立て通りならダウジングロッドと呼ばれるそれに他ならない。「時間がないので手短にお話しします」

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