21(お役ごめん)
「ありがとう」
増田さんがくれたのは、叔母が見立ててくれたサマードレスに似合う細いオレンジイエローのリボンがついた麦わら帽子だった。
「つばを下げてもいいかもね」
しーちゃんがくるりとつばを下げると、空飛ぶ円盤みたいな形になった。
「田舎にワンピースの女の子だったら麦わら帽子は必須だと思って」
「このバカ」笑いながら叔母は増田さんの頭を小突いた。
美香子はふたりが自分のためにあらかじめ打ち合せていたことに思い当って、余計に嬉しく思った。
ありがとう。もう一度ふたりにお礼を云った。もっとたくさんの嬉しい気持ちを伝えられる言葉を知らなくて、もどかしく思った。
*
あー、佐藤くん。あれ? 違ったか。なんだっけか則雄くん? ああ山田くんか。今日はどうしたのさ。まだいる? ばかっ。帰ってきなさい、まったく。出張手当てつけてあげるから。は? い・ま・か・ら! 昨日はどこに泊まったの? 公民館? ばかっ。もう何してんの、シャワーがあって助かった? ばかっ。いい? 一課と六課が動いてるの。七課はお役ごめんなの。六課? ああ、知らないか。欠番だったっけ。一課は分かるよね? サムおじさんとねんごろの。六課はマル秘。焼き払え、灰に帰せよ、なぎ払えってな案配だ。一課が時間稼ぎで合間に六課が仕事するってわけ。あーもう、だからね、ISSの搭乗員が見ちゃったんだよ。民間パイロットは黙ってろ、地上勤務だ未確認ってね、でも、それより高いところじゃ逆なの。なんのためにブリタニカ大百科並の書類にサインしてると思ってるの? それと昨日キミが電話お借りしたお宅、あすこね。黒いね。密集地域でなくて幸いだよ。……世帯主で個人事業主。納税記録はまぁどこも似たようなものだろうけど、その気になればちょっとばかりね──は? 子供? いないよ。台帳にはひとりしか名前ないし結婚の痕跡もなし。何? 子供いたの? ばかっ。先にそれを云いなさい。親戚の子かな。ああ、いたいた。実姉がひとり。そっちに子供がいるね、女の子。幾つくらい? うん、そのくらいかな。となると、その子のご両親、遅かれ早かれとやかく理由つけられて確保されるよ。なんでって、それが六課だもん。とにかくね、電話でこんな話はしたくないんだよ、早く帰ってきなさい。巻き込まれても知らないよ? だーかーらー、線、切られるよ? 電波もあやしいな。入鉄砲に出女って、キミは何を云っているのかね?
*
話を聞いて、「地球外か」良子は確信した。「さもありなんだなぁ」
姪は頭に増田からの贈り物である麦わら帽子をかぶったまま、カナミを大切そうに抱えていた。麦茶の注がれたグラスに生まれた水滴がちゃぶ台を濡らす。




