表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

15(桶に水を張って)

「美香子さん」

「はい、叔母さん」

「スイカですよ」

「スイカですね」

「あれ?」増田はにこにこ笑みを崩さず、「もしかしてNGでした?」

「いや、そんなことない」良子は受け取ろうと腕を伸ばした。「ありがと」

「いいですよ、持って行きます。冷蔵庫でいいですよね?」

「あ、うん。いや、待て」

「どっちですか」

「今、一杯だ」

「冷蔵庫が?」

 美香子がブラウスの裾をそっと引っ張った。「お風呂場で冷やそう?」

「おお」ぽん、と手を打つ。「桶に水を張って浮かべとくべ」

「へぇ」増田は笑った。「ミカちゃんが来るまで先輩ん家の冷蔵庫っていつも空っぽでしたよね」

「うっさい。あんたの晩ご飯はなくなった」

「冗談です」

「あーあー、聞こえなーい」

「だめだよ、お土産貰ったのにそんな態度」

 良子は姪に諭され「ごめんなさいありがとうスイカ」しかし棒読みで返した。「空模様はどんな案配?」

「ちょっと危ないかもですね」

 姪が小さな溜息をつくのを聞き逃さなかった。

 居間のちゃぶ台に並べられた夕食を見て、増田は嬉しそうな顔をした。「おいしそうだ」

 冷しゃぶは四人前。ジャガイモのみそ汁とじゃこ入りの五穀米。タマネギのサラダには揚げたギョーザの皮を砕いて散らした。

「サラダはミカが作ったよ」

 増田はどれもこれもと健啖ぶりを見せた。良子は美香子と顔を見合わせ、にっこり笑った。「ほれ、ごはんのお代わりあるでよ」

 増田がお願いしますと茶碗を差し出したので、てんこ盛りにして返した。「マンガですか」それでも増田はしっかり食べ、美香子の淹れた食後のお茶を満足げに楽しんだ。

 増田の相手と土産に貰ったスイカの切り分けを美香子に頼んで、良子は食事の後片づけをした。冷房のない台所は蒸す。小さな扇風機を置いてはいるが、どうにも空気は重たく湿っぽい。食事中に降り出した雨は、未だ屋根を激しく打ち付け、時折、唸るような雷鳴がする。この分だと、たとい止んでもぬかるみを考慮せねばなるまい。良子はいささか憂鬱に思いながら水切りに洗った皿を並べる。ふと、三人分の茶碗と箸を見て、いつからこれらが客人用でなくなったかと思った。自分の茶碗は素朴な赤の縞模様。美香子のそれは桃色の水玉模様。増田の茶碗は一廻り大きい藍色の波模様。

 母が倒れた。上京して五年弱。仕事は忙しいばかりでどうしようもなかった。介護を理由に帰郷したつもりはないが、全くなかったわけでもない。土地を変えても仕事はうまく繋がった。たまたま市町村の統廃合で行政が色々と再編された世相にあって、ニーズとシーズが合致した部分も多分にある。かってのコネとツテも多いに役立った。融通の利くワークスタイルは母のことだけでなく、良子の性格になにより合った。

 婿さんでも来てくれないかな。

 母の言葉に呆れた。

 婿だけ来てもどうにもならいっしょ。

 すると母はいとも簡単に応える。

 コブつきでいいじゃない。

 はいはい。そんなことより自分のこと大事にしてよ。

 するとは母はへへっと笑う。「あんたは私に似て器量は良いけど、父ちゃんに似て自分の面倒は見きれないからねぇ」

 母は長くなかった。倒れてから姉が帰郷した回数はたぶん、片手にも満たない。

 この家、どうする?

 四十九日。姉に訊ねた。

 好きになさい。

 訊く前から分かっていた。義兄は小さな姪の手を引いていた。姉夫婦は自分たちの家へと帰って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ