13(お願い)
お願い、と云われた。いつもそうだった。
分かった、と答えた。いつもそうだった。
あの子が夏休みの間、預かって欲しいの。食費と生活費、雑費に諸々の経費は出すから。
そう。良子は云った。姉さん、別れるの?
どうしてそう思うの?
声音に変化は感じられなかった。
別に。良子も変わらぬトーンで返す。なんとなく思っただけ。
姉は電話の向こうで少しの沈黙を挟んで応えた。
そんなこと分からないわ。
そう。
今は関係ないじゃない。
そう。
だってわたしもあの人も部下がいるし、決算は十月でしょう。今期はちょっと──、
いいよ。姉の言葉を遮った。いいよ、こっちはいたって呑気なカントリーライフ、忙しさとは無縁だし。そっちの速度の半分だよ。
沈黙。
互いの息遣いを暫く聞いて、姉が口を開く。
お願いね。
最後までありがとうの一言がないままだった。昔から、そうだった。
*
お洗濯物を取り込んで、叔母とふたりで向き合いたたんでいると、空の向こうに翳りが見えた。しーちゃんが洗濯カゴをからTシャツを取りながら呟くように云った。「ひと雨くるかな」不安が顔に出たのか、叔母は云い添えた。「夕立なら小一時間はひどいだろうけど直ぐに止むさ」
そうだといいのだけれども。美香子は口に含んだ氷砂糖を右の頬から左に動かし、「蚊が出るよ」
すると叔母は「あ──……」変な声を出した。「困ったなぁ」言葉とは裏腹に顔は笑っていた。Tシャツをたたみ終えると菓子皿に盛った氷砂糖をひとつ、ぽいと口に放り込む。左のほっぺが膨らんだ。
叔母は立ち上がって居間と縁側を隔てる鴨居に手を突き、片足を折り曲げ、その指でもう片足のふくらはぎを掻く。「まぁ涼しくはなるかな」カリッと氷砂糖を噛んだ。ゴロゴロと空腹を訴えるような唸りが西の空からきこえた。
バスタオルをたたみ、自分の下着を取ると洗濯カゴは空になった。下着はまるめて重ねたタオルの間に入れた。おしまい。氷砂糖をもうひとつ貰おうと菓子皿に手を伸ばすと、空になっていた。そんなに食べたっけ? まぁいいや。まだ口の中に甘いそれは残っている。
美香子はそばでうろうろしていたカナミを捕まえると膝の上に乗せ、叔母の云う「気持ちのいい触り心地」を楽しんだ。
「ミカさぁ」外を向いたまま叔母は云った。「なんか足りないものとかない? 下着のサイズ合ってる?」
「大丈夫だけど?」
そう、と叔母。「今度買い物に行こっか」
「いつも一緒にしてるのに?」
商店街での買い出しはふたりでする。帰りがけに精肉店で揚げたてのコロッケを買って貰ったりする。
しーちゃんは遠くを見ながら云う。「たまには遠出もいいかなって」
「ならいいよ」しーちゃんがそう云うなら反対する理由はない。すっかり小さくなった氷砂糖を舌の上で転がした。叔母は顔だけ振り返り、にんまり口の端を吊り上げる。「クレープおごってあげよう」




