これは盗賊の襲撃ですか?
「また馬車に乗るんですか?」
「うん。ここからお嬢様のところは少し離れていてね。まあ四、五時間かかるだろうから、寝てていいよ」
イアンが腕時計を気にしながら言った。どうやらこの世界にも時間の概念はあるらしい。
「その時計、何で動いてるんですか?」
「何って、魔法力だけど?」
イアンが不思議そうな顔をする。
「そういえば、聞いてみたかったんだ。君の世界はどうなっているのか」
イアンが身を乗り出して訪ねてくる。 近い。吐息がかかりそうな距離に端正な顔が。そしてほのかに漂ってくる甘い香りに俺は危うくうっとりしかけた。
いや待て待て、俺にそっちのけは無い……よな?
……なんだか自信が無くなった。
取り敢えず、視線を窓の方に移しつつ、
「え、ええ、いいですよ」
言葉の節々がぎこちなくなるのを感じたが、イアンがこちらの同様に気がついた様子は無い。
「早く!聞かせて聞かせて!」
子供のようにはしゃぐイアンの姿は、スーツ姿だった時とは似てもつかない。今は兵士服装に着替えていて、それがセーラー服だっていうんだから、どうしても可愛らしく見えてしまう。
日本でも海軍の軍服としてセーラー服が使われていたという話はきいたことがあるが、俺からしてみればこんなの女子高生の専用アイテムにしか見えない。
すなわち、着ている人が女性という前提なのである。少なくとも俺の中では。
だからイアンのこともそういうふうに見てしまう。
心の中で、また始まる動揺。悟られてはいけない……絶対に。
悟られぬよう、強引に話を始める。
「なんていうか、この世界とは何もかもが違うんですよ」
「なにも、かも?」
「ええ。人間は魔法なんて使えません。その代わりに、科学ってのが発達してるんです」
「科学?」
「えーと、科学っていうのは――」
身振り手振りを使い分けながら、できる限りイアンに説明する。話を聞けば聞くほどイアンは疑問が湧いてくるらしく、俺が質問に答えるたび「ほー!」だの「へぇー!」だの感嘆の息を漏らしていた。
こんなに誰かと話をするのは久しぶりだ。楽しい。俺は素直にそう思った。
いくら話続けていたのだろうか。馬車はひとりでに止まった。
「あれ?おかしいな?」
イアンが窓の外を見て不思議がっている。
「どうしたんですか?」
「まだ目的地にはついていないのに、ひとりでに馬車が止まるなんて――」
「おい!とっとと降りてこい!」
ズン、と衝撃を受けて、馬車が大きく揺れた。
「おわぁ、なんだ!?」
我ながら情けない声が出てしまった。 いきなりのことに、うまく反応できなかったのだ。
「強盗団だ!」
イアンが慌てた様子で叫んだ。
逆にある幌の隙間からそっと外の様子を見る。
「とっとと降りろ!出てこなけりゃ、ここでそのまま火をつけるぞ!」
そう言っているのは薄汚れた鎧を身に着けた男たち。その先頭、赤いバンダナをしている男だった。右手には松明。左手には果物ナイフをそのまま大きくしたような短剣を握っている。
「仕方ない。降りよう」
イアンは悔しそうに唇を噛み締めた。さっきまでの慌てた様子は無い。あくまで落ち着いている。
「私の後ろに」
スッとイアンが俺の前に出た。
腰からナイフを抜き出し、構える。
「一人で戦うなんて無茶だ!」
「君を傷つけられる訳にはいかない」
イアンは、鎧を着ていない。少しでもかすったら致命傷だ。
バンダナの男はニヤリと笑った。
「おいおい、勝てると思ってんのか?」
男たちが、一斉にイアンへ向けて飛びかかった。