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退路、絶たれたり

 尻に、ガタガタと振動が伝わってくる。

「いきなり連れ出してすまないね。君の名前を聞いてもいいかな?」

 目的地へ向けて進む馬車の中で、正面に座っているスーツの男が話しかけてきた。

 先ほどまでの態度とは打って変わって、声は柔らかく、どこか親しみやすい雰囲気が漂っている。

「……瀬戸和佐です」

「カズサか。良い名だ」

 そう言ってスーツの男はしみじみと頷いた。見れば、中性的な顔立ち。顔だけ見れば少女と間違えそうな気がする。

 凛とし、澄んだ声。聞けば聞くほど、彼を女性と間違えそうになる。

 だが頬に刻まれた傷が凄みを放っている。近寄りがたい雰囲気を漂わせているその傷が、ちょうどいい具合に印象のバランスを取っているのだろう。

「私はイアン・マッケラン。シュミダル家に仕える騎士だ。もっとも、最近は色々雑用をやらされているがね」

 イアンは自嘲的に笑った。

「シュミダル家?」

「ああ、いい忘れていた。この馬車が向かっている先だ」

「お、俺はこれからどんな目にあわされるんですか?」

 恐る恐る尋ねる。

 するとイアンは、バツの悪そうな顔をした。間違いない。これはなにかある。

「ひ、ひょっとしてどこかに監禁して一生奴隷としてはたらかされるんじゃ……」

「そんなことにはならんよ。……多分」

 なぜ今語尾に多分をつけた。

「詳しいことはご主人に聞いてくれ。まあ、なにか困ったことがあればなんでも相談してくれて構わない。聞くだけなら問題ないからね」

 全然助け舟になっていない気がする。

 なんとなく話していて気がついた。

 イアンはいい人には違いないのだろうが、なんとなく頼りない。

 取り敢えず、命の危機が迫った時にこの人に頼るのはやめておこう。

 そのまま、気まずい沈黙が流れる。

 黙っているといろいろと気が滅入る。

 元の世界はどうなっているのだろう。

 家族は俺がいなくなって心配して探し回ってるかもしれない。友達だって少しは気にしてくれているはずだ。

 行方不明届とか出ていないことを祈らずにはいられない。大事になっていたら、もし元の世界に帰れたとしても平穏無事な生活は送れないだろう。

 取り敢えず、パソコンはブチ壊したいな……なんて考えてると、不意に馬車が止まった。

「ついたぞ」

 イアンが先に馬車から降り、幌を上げてくれた。

 降りてすぐに、目の前に現れる大きな城門。その横には鎧を着た兵士がマネキンのように、ピクリとも動かずに立っている。

「ここがシュミダル家だ」

 見上げると、そこにあったのは中世ヨーロッパにありそうな巨大な城。

「冗談だろ?」

 こんなところで俺がなにをしろというのか。想像するだけで憂鬱である。

 こんなろくに容姿も技術もないただの高校生が出来るのなんてただひたすら雑用をこなすくらいだ。

 立っていた兵士が城門を開いた。ギギと、鋼鉄が軋む音が辺りに響く。

「ささ、入って」

 イアンはまるで自分の家のように、軽い口調で言った。

 俺は言われるまま、震える足を城門の内側へ踏み込ませた。

 すぐに、背後から再びギギと鋼鉄の軋む音。

「へ?」

 振り返ると、そこには高い城門がそびえている。城の周囲には城壁がずっと続いていた。

 完全に退路は絶たれたのである。



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