僕は奴隷ですか?
目が覚めると、俺はどこか見知らぬ部屋にいた。薄汚れた部屋だ。周りは壁、壁、壁。正面には鉄格子が嵌められている。
まるで刑務所だ。
知らない場所で目覚めて、今度は牢屋だ。次はベットで目覚めて夢オチだったら、どんなにいいだろう。
「目が覚めたか?異世界の来訪者よ」
「え?」
聞き慣れない言葉が聞こえてくる。だが、不思議と意味が伝わってきた。
頭の中で同時通訳されているような、妙な感覚。
「その分では、言葉は通じているようだな」
鉄格子の前に現れたのは、先程殴りかかってきた老人だった。
さっきはローブに隠れてわからなかったが、なるほど、よく見ればいい体格をしている。そのへんに歩いている人なら殴り倒せそうだ。
思い出したら腹が立ってきた。
「この野郎、いきなり何しやがる!? てかここどこだ? なんで言葉がわかるようになった?」
「そうまくし立てるな異世界の来訪者よ。ここはアイリス王国郊外の村だ」
「アイリス、王国?」
聞いたことのない名前の国だ。ヨーロッパにありそうな名前ではあるが。
「そう。君たちから見たら異世界と言う事になる」
「異世界、だって?」
耳を疑う。でもどこかでそんな気はしていた。だって木の周りに煙を集め、電気を起こすなんて出来る訳がない。
少なくとも、俺が知っている世界では。
「じ、じゃあ、いきなり言葉が通じるようになったのは」
「私が魔法を君にかけた。商品が言葉を理解できないとなると、それだけで買い手が減ってしまうからね」
何か聞き流してはいけない言葉が聞こえた気がする。老人が俺を人ではないかのように扱っているような。
「魔法だって?」
「君達の世界には存在しないのか?」
「そんなもん、ファンタジーの中にしかねえよ!それより、今商品って言ったか?」
魔法にものすごく興味はあるが、今はそれどころじゃない。
その言い方じゃ、俺がまるで――
老人が申し訳なさそうに俺を指差す。
「異世界から来た人間はな、それだけで高く売れるんだ」
売買である。おもいきり人身売買である。それも臓器とか一部じゃなく、俺そのものの売買。ようするに奴隷。
冗談じゃない。昨日まで高校生をやっていたのに、いきなり奴隷にジョブチェンジなんてしたくもない。
「ふざけんな!とっととここから出せ!」
鉄格子を力任せに叩いてみる。当然硬い。叩きつけた手がすごく痛い。涙が滲みそうだ。
「すまないとは思っている。だが、こうでもしなければ冬を越せんのだ」
「知るかそんなこと!」
「……異世界から来た人間は珍しいから、きっと貴族が買ってくれるはずだ」
「それはフォローになってるのか!?」
「運が良ければ貴族の話し相手としていい待遇を受けられるはず。面白い話を聞きたがる貴族は多いからな」
「だからフォローになってねえって!」
「……運が悪ければ、安心しろ。骨くらいは拾って埋葬してやる」
グッと俺に向かって親指を立てた。
「開き直ってんじゃねえジジイ!もうフォローする気もねえだろ!」
このままじゃ貴族のオモチャになって殺されちまう。ガクガクと体が恐怖からか震えそうになる。
「とにかく、買い手が決まったらそこから出せるから、もうしばらくおとなしくしていてくれ」
ジジイ(と呼ぶことにした)はパン一切れを牢屋の中に放り込むと、曲がりかけた腰をいたわりながら去っていった。
どうしよう。途方に暮れそうだ。
異世界に放り込まれ、いきなり人身売買の危機なんて。
それにしても、ジジイは異世界としきりに言っていた。君の世界とも。
ということは、他にもこの世界に来てしまった人がいるのだろうか。
それに魔法。直接見た訳ではないが、言葉が勝手に翻訳されているのだ。聞いたことのない言語なのに、頭の中で勝手に日本語として理解できるなんて、魔法としか言いようが無い。
外にはいったいどんな世界が広がっているのだろう。
どちらにしてもここから出ないことには何もできない。
仕方なく俺はパンを齧った。