第5話 お料理チートをやってみたかっただけなんだ
その他の魔術についてまとめると、次のようになる。
☆ 風魔術
「何ですかそれは?」と言われた。ウィンドカッターとか、真空で物が切れるというのは、と尋ねると
「そんなものは都市伝説です。」と、ばっさり切り捨てられた。
空気より言葉の方が切れ味が鋭いことを学んだ。
真空に近い状態を作ることはできるが、低温のファイアーボールと同じ理由ですぐ潰れてしまうんだとか。
「不可視の攻撃という意味では、先代の勇者様が『青い風』という即死魔術を使われましたよ。」とのこと。なにそれ、怖ェ。
☆ 翻訳魔術
あらゆる生き物に共通する概念を魔力で読み取り、言語表現を構成するので結構役に立つが、だれでも使えるわけではないのと、言葉遊び的なことは翻訳できない。
確かに「Turn left is right.」は、”right”に「正しい」と「右」という両方の意味があるから面白いのであって、「左折が正しい」と訳してしまっては何も面白くない。
☆ 雷魔術
敵に雷を落とそうとすれば、ほぼ100%自分(術者)に落雷することから封印されてきたが、「ぷらずま」というものを作る方法が先代の勇者によって開発されたらしい。
先代の勇者マジ天才じゃなかろうか。
危険であるとして封印されている魔術は他に土の魔術(火山を噴火させたことがある)やメテオストライク(重力の概念があいまいで敵とは関係のない都市に隕石を落とした)などがある。
光魔術は複雑で魔術の構築に時間がかかるのでシリアスさんでは無理とのこと。
午前はシリアス先生の講座だけで終わってしまい、昼食に向かう。なぜか侍女さんたちや衛兵に「キッ」と睨まれたような気がしたが、気合でも入れているのかとそのまま食堂へ向かった。
だが、出された昼食を見てチートはおや、と思った。なんと、チーズが供せられたのである。
「?あれ、牛乳はないと思ったけど……」
さらに、カゲウス王子(王子と言っても、もう26歳だそうだ)から
「勇者殿、まぁ、なんだ、その、ほどほどにな。」
と話しかけられるに及んで、頭の上の疑問符が増えていくのであった。
そのため、午後一番にシリアスに聞いてみる。
「この世界って、牛乳があるんですか?」
「ええ、それはありますよ。」
「でも、牛乳を使った料理がなかったようですが……」
「あー、それはですね、王宮には犬の獣人の方も多くいらっしゃるので、そのためですね。犬の獣人は牛乳の成分が消化できない方が割と多いらしいですから。」
そう、料理に牛乳を使ったものがなかったのはたまたまだったのである。
「それは、フェンリィさんが母乳を集めてらっしゃるのと何か関係があるのですか?」
「え……?ぼ、母乳?」
「はい、今朝から『勇者様に頼まれてたくさん集めなくてはならないから』と、メイドや衛兵・騎士の家族の間を回っておられました。」
「え、え?……うわーーーーーーーーっ。」
自分の発言がどのように受け取られ、その結果何が起こっているか唐突に理解したチートは焦った。昨日からの話によると、王宮内では勇者である自分の要望には極力応えるようになっているのである。このままでは、母乳が鍋いっぱい集まってしまう……が、状況がわかってしまったからにはそれを料理、デザートづくりに使う気にはならないし、作ったとしても原料を知っているであろう王宮の人々は食べてくれないのではないだろうか。
とりあえず、無理して集めなくても良いからとフェンリィに伝えておこうとして廊下へ出たチートは、両手で大事そうに鍋を持ったフェンリィがにこにこしながら向こうからやってくるのを目にしたのだった。
「あっ、勇者様、ちょうど良かった。お待たせしました、みんなの協力で集めることができました。」
「あぁ。」
集まってしまったのか……と、チートは呆然としたが、自分が暗い顔をしているのに気付くと、せっかく集めてくれたフェンリィに悪いと考え
「あ、ありがとう。協力してくれた皆さんにもよろしく。」
それだけ言って部屋に戻ったのである。さて、どうするべきか……。
捨てる?いや、せっかく集めてもらった本物の「(赤ちゃんが飲む)ミルク」である。捨てたりしたら、本来これを飲むはずだった赤ちゃんにも申し訳が立たない。
飲む?いや、牛乳ではなく母乳だとわかってしまった以上なんとなく飲む気にはならない。
取っておく?冷凍保存ができるもののはずだが、それは問題を先送りしているだけだ。
予定通り料理に使う?いやだからみんなもう原料を知っているわけで……。
待てよ、氷魔術は「元になる水がない」から使いにくいだけで、元になる水があれば氷が作れるんだよな?
そして、風魔術で「真空に近い状態」が作れないわけではない、と。
よし、フリーズドライやってみるか。
こうしてチートは、勇者の権力(?)を使い、信用と引き換えにだいたいコップ1杯分の粉ミルクを手に入れたのである。
この後がっくり落ち込んだチートは、「体でも動かすか。」と考え、シリアスに頼んで騎士団に交じって模擬戦闘をさせてもらえないか聞いてもらった。その結果
「なんかみんな張り切ってるなぁ。」
それはそうである。王宮に奥さんのいる騎士だって多いのだ。
もちろん、大けがをしないようにチートは木剣、騎士は木剣か木槍であるが、そこは専門家相手である。スピードや力はチートの方があるのだろうが、技術は明らかに騎士の方が上だ。日本刀を持つ小学生に丸めた新聞紙で相手しているようなもので、自分の方が早く動けて力があるからと言って勝てる保証などない。
ついでに、魔術の使用も認めてもらったものの、威力は十分なのだが制御ができておらず、あさっての方向に魔術を飛ばしているだけだった。例えば炎魔術を使った時など、温度が高すぎるのかキノコ雲っぽいのがチートの上に立ち昇るだけで、焦げているのはチート本人だけと言った有様であった。
模擬戦闘の結果、チートは主に妻を持つ騎士たちによってボコボコにされたのである。