第4話 水魔術を有効に使えると思ったんだ
今回は魔術の説明会です
細かくてクドいです
ようやく起きだして、朝食に向かったチートは困っていた。別に迷子になったわけではない。部屋と食事場所の間の移動は昨日もこなしている。困っていたのは……
「どうすりゃいいんだ、これ。」
トイレである。
異世界転移もので、風呂の話はよく見る。風呂の習慣がないところへ湯船を持ち込み、あるいは穴を掘ったり岩に穴を開けて水を入れ、場合によっては魔法で温度を高くしてめでたしめでたし。実際に風呂はチートも頼んでいる。
だが、トイレ、特に今回の場合”大”なのだが、事後にどうすればよいのかについて触れた作品はほとんどないようで、チートも見た記憶がなかった。だから、対処方法がわからず途方に暮れていたのである。
昨夜、本が紙でなかった時点で気付くべきだったのだ。トイレがどこかはすぐにわかったので、用を足していこうと入って座り込み、さて、というところで
柄杓がささった水桶が1つ置いてあるだけということに愕然としたわけだ。←イマココ
「なにこれ、どうやって拭くの?」
『その水は手動式水洗だけじゃニャくて、手動式ウォシュ○ットでもあるニャ』
自分への問いかけではなかった言葉に反応してしっかり回答するとは、なかなか有能なチュートリアルである。
「え?え?そのあとは?」
『ハンカチくらい持ってろニャ!』
まぁ、実際ハンカチで拭いて、洗う(あるいは王宮などでは使い捨て)というのが普通のようであるが、現代の高校生であるチートにはきつかったようだ。
実は勇者担当としてのメイド部隊が常に控えており、なかなか出てこないチートに声をかける寸前までいっており、叫ばなくても必要な布なりを持ってきてくれたのであるが、そのようなことは思いつかず、思いついたとしても恥ずかしくて実行できなかったチートはやむなくお気に入りのキャラクターのついたハンカチを異世界に置き去りにすると決めたのであった。
朝食後はシリアス先生の魔術講座である。
「魔術はその規則性・法則性を理解し、必要な魔術を起動する魔方陣をイメージで正確に展開し、構築することで発動します。簡単に言うと、発動に必要な魔方陣を正確にイメージできるかどうかで結果が決まります。」
「できなかったらどうなるんですか?」
「発動しないか、不完全に発動します。ちょっとやってみましょうか。」
シリアスはそういうと、右手を出して手の上に炎の球を浮かべた。
「これがファイアーボールです。この魔方陣には発現する魔術と座標……作る位置ですね、それと温度、打ち出す場合にはその方向と初速度が記述されています。今回、初速度は0なのですが、このファイアーボールは周囲より温度が高く、浮力で上昇してしまうため上昇しないように制御を加えています。」
「初速度とか浮力とか、なにそれ、すげー理科っぽいじゃん。」
「そうですね、魔術といえども発現が魔力によるだけで、結果は物理法則に従うのだから科学的知識を理論体系に取り入れるべきというのは何代か前の勇者様の教えです。ですから、魔術学院の入学試験は魔力の有無・魔術の展開・科学的知識すべて必要とされます。」
ちなみにチートは魔力と展開に関してはチート能力を付けてもらっている。
「さて、では座標を変えてみましょう。」
シリアスはそう言って今度はチートの目の前に炎の球を出して見せた。これはふわふわと上昇していく。
「出現場所の座標を変えるとこのようになります。私の制御領域から離れているので、同じ場所に留めておくことはできません。これは一旦初速度を与えて打ち出したものも同じで、途中で方向を変えることはできません。従って、打ち出した魔術が当たりそうにないからといっても、どうにもできないのです。」
「えっ、それじゃぁ当たらなかった魔術はどうなるんですか?」
「そのまま飛んでいきますね。では、打ち出してみましょう。」
そう言うと今度は炎の球がチートの方へ飛んできた。頭の上すれすれを通って壁にぶつかり、消えた。チートには当たらなかったが、当たりそうになったシロは『ウニャッ』と叫んで絨毯の上に転げ落ちている。
「今のが方向を変えた場合です。物を燃やした時の炎と異なり、”燃えるもの”がないこの魔術では空気を高温にしているだけなので、燃えない物にぶつかると消えてしまいます。」
「燃えるものだと?」
「燃えたり、焦がしたりできますね。ただし、十分な温度がある場合だけですが。」
名前は“ファイアー”ボールでも、物が燃えているわけではないようだ。確かに、燃えるには酸素と燃える温度の他に”燃えるもの”が必要なはずだから、何もないところで燃える魔法が発動するのは変である。
「空気を高温にしているってことは、低温にもできるのですか?」
「できます、ただ、高温の場合には空気が膨張しようとするのでそれを押さえることで形と大きさを保つことができるのですが、低温にすると収縮しようとしてしまい、低温を維持するために『周囲から引っ張る』という難しい制御が必要になってしまいます。それならいっそのこともっと低温にしてしまえということで、先代の勇者様は低温にして液体窒素というものを作り、それを攻撃に使われたと聞いています。ドラゴンにも効果があったらしいですよ。」
「液体窒素とはまたすごいな。確かにクマムシやユスリカは『死なない』だけで、その中で動けるわけじゃなし、ほとんどの生き物に効果があるかも。……考えてみればそれでも倒せない魔王っていうのもすごいな。」
「さて、次は水系統の魔術ですが……。」
「ですが?」
「はい、実は水系統の魔術は非常に使い勝手が悪いのです。」
水魔術・氷魔術といえば、ウォーターボール、ウォーターウォール、アイスランスなどが有名なはずだが、どうもそう簡単にはいかないらしい。
「まず、水辺や沼地などでもない限り、元になる水がないのです。」
「どうして?空気中に水があるでしょう?」
「空気中の水は意外に少ないものです。この部屋の中にある空気中の水分をすべて完全に取り出しても、3kgほどしかありません。それでようやく、直径20cmくらいの水球なのです。しかも、水を取り出して空気が乾燥していくと、どんどん取り出しにくくなって大きくするのに時間がかかるようになります。最初の1g、指先くらいの大きさにするのが1秒でできたとしても、3kgの大きさにするのにその3000倍、1時間近くかかります。相手がその間待っててくれるとは思えません。」
「なるほど。」
「しかも、そうして作ったアイスランスを打ち出しても、さっき述べたように誘導はできませんから、避けられたらおしまいです。いえ、おしまいどころか、上空の敵に向けて打ち出したりしたら味方に当たる危険すらあります。ですから、水系統魔術をメインに使う人はいないのですよ。ただし、いろいろなものを溶かす性質から、治癒魔術、特に毒の治療には水魔術は欠かせません。もっとも、体内のどこに毒があるか調べるのが困難ですが。」
ファンタジーではどこからともなく取り出した水や氷を使い、バンバンと攻撃に使ってしかも命中させているが、実際に空中の水を利用できたとしても効果的な攻撃には使えないようだ。空気中の水ではなく創り出した水だという人もいるかもしれないが、“水”を創り出せるのなら“金属”を“創り”出して攻撃に使った方がはるかに効果的であろう。
「えーっと、それなら……。」
「はい?」
「容器に入れた水を温めて、小さな噴水のように吹き上げさせるのは可能ですか?」
チート能力で大魔術級、例えば池の水を全部ぶつけるようなことはできるが、コップの水をストローの細さで隣のコップに移すような、そんな細かい制御は頭に入っていない。
「勇者さんは、それで何をしたいのですか?」
朝のことは誰にも伝わっていないはずだが、どうも目論見はばれてしまったらしい。