第22話 魔王の洞窟 後編
一応、本編は今回で終わりです
「え?シロに?」
「うむ、チュートリアルとして存在しているのだろう?それに我々が異世界の魔王とその関係者であれば見えない、存在を知らないはずなのだから、存在を知っているということはそちら側の人間だった証拠にもなるはずだ。」
「前野さんにもシロが見えるんですか?」
「いや、今はもう見えない。まぁ、ついでにそのことも聞いてみてくれ。」
言われたチートはシロに聞いてみる。あいかわらず頭上にいたので、引っ掻かれないように注意してそっと掬い上げ、テーブルに載せた。
「シロ、えーっと、勇者の存在理由は?」
『質問が漠然としすぎて答えられないニャ』
「それなら……、勇者のこちらでの目的、というかクリア条件は?」
『そんなものはニャいニャ』
「え?魔王を倒す必要はないってこと?」
『そうだニャ』
「じゃあ、俺はどうやったら戻れる?」
『帰還を希望すると戻れるニャ、こちらの世界で死んでも神の部屋に戻って再度勇者として出直すかどうか決められる場合もあるけど、チートはデスペナなしの条件で来ているから死んでもその場所で生き返るだけニャ』
「げ、それなら例えばあの天井みたいな仕掛けに潰されたらどうなんの?」
『そこで生き返ってまた潰れて生き返って……を繰り返すニャ』
チートはそれをイメージして気分が悪くなった。
「それって……」
『で、256回繰り返したところでその前最後に起きたところに移動して生き返るニャ』
「何だよその256回って言うのは。」
『神のこだわりニャ』
2の8乗になっているところといい、回数の多さといい、ロクな神ではないな。
「どういうこだわりだよ」
『チュートリアルの範囲を超えるので答えられないニャ』
「どうだ、魔王を倒す必要がないことは納得したか。256回とか言っているところを見ると、勇者システムについての話になっているようだから、戻らない場合とかについても聞いておくと良い。」
「シロが見えなくなる条件は?」
チートは前野のアドバイスに従い、質問の方向を変えてみた。
『こちらに居続けることを自分の意思で選択すると見えなくなるニャ』
「こちらに居続けることを選択すると、戻る手段はなくなるのか?」
『戻る意思を伝える手段が無くニャるから、戻れなくなるニャ』
「そうなると、向こうの世界では俺は死んだことになるのか?」
『向こうの世界のことはチュートリアルの範囲を超えるので答えられないニャ』
「そのことだがな。」
チートの質問で内容がわかったのだろう。前野が口を挟む。
「仙台の質問はもっと巧妙で、いろいろ聞き出すことに成功していた。こちらに来るとき神に会ったと思うが、あの神は一種のゲーム廃人だ。思い当たる節はないか。」
「ん?そう言えば……。」
チートも結構なゲーヲタなので気にしなかったが、デスペナとか、カンストとか、ゲームをやってないと意味が分からないような説明を普通に使っていた。
「俺のゲーム脳に合わせていてくれた訳じゃなかったのか。」
「仙台の聞き出した内容と神の部屋におけるやり取りの記憶によれば、確かに神はこの世界を現実世界として作ったようだが、我々はそこに一種のゲームキャラとして送り込まれたようなのだ。つまり、分かりやすく言えばアバターのようなものらしい。神と言えどもキャラクターを作るのは大変なうえ中身がわかっていては行動も読めてしまうため、通りすがりの人を捕まえてキャラクターデータをスキャンし、ステータスだけ変更してアバターに上書きし、送り込んでいるようだ。」
「えっ、すると俺は多田野チートじゃないんですか?」
「うん、俺も同じだが、多田野チートのパーソナルデータをもとに作られたゲームキャラクターだな。」
「そんなことができるのなら、神本人が来れば良いのに。」
「我々がゲームをするとき、キャラクターエディットできてもゲームの中には入れないだろう?仙台が推定するには、そのようなものらしい。」
ゲーム廃人と言えどもさすが神、中々のことができるようだ。
「で、どうする?」
「最後の確認ですが、こちらが神のゲーム世界だとすると、帰還を希望しなければ向こうの、つまり地球での俺はどうなるんでしょう。」
「さっき、仙台が高校に行っていると言わなかったか?仙台がこっちに来たのは中3の3学期、高校入試が終わっていろいろな本を読んでいた時期だと言っていた。それなのに高校に行っているということは、少なくともこっちでの行動は本体には影響がないのだろう。」
チートがそういったことをどのように聞けば答えてくれるだろうかと考えてシロを見ると、シロの存在が何となく薄くなっているように見える。
「シロ、今から神の部屋に行って、もう一度ここに戻ることは可能か?」
『戻るこ……可…だニャ、そ…先につ……はこちら……ことで……いので答えら……いニャ』
シロの存在感がだいぶ薄れてきた。姿も半透明でテーブルの模様が透けて見える。意識を『帰還』に戻さないと、残された時間は少ないようだ。だが、今までの話から、どうも魔王を倒す必要も、戻る必要も感じられなくなりつつある。
「で、前野さんたちはこちらで何をしたいんですか?」
「うん、真実も知らせずにこちらに送り込んだ神の計画に乗るようで癪なのだが、こちらの王国の政治的設定が気に食わない。だから、魔王領とされているエリアに王国よりも住みやすい国を作ってやろうかと思っている。というか、すでにだいぶできているんだな、これが。」
「え?どうやって?」
「女房、つまり初代魔王はなにか巻き込まれてこっちに来たらしいんだが、割と内政チートが可能な知識を持っていてな。それで王国内で食うに困っていたり、税金が払えなくて逃げ出すしかなくなったような人を集めて街を作ってみたらしい。当時から貴族たちはなにもせず税を集めて非生産的なことに使うだけと言う、生産性を0に近づけるためだけに存在しているような奴らだったからな。その上当時の財務大臣は今のオウリョウ・ニマイタンの兄でシュウワイ・ニマイタンだったが、かなりの着服もしていたようだ。それに対しこちらは生産性も高いのだし、王家や貴族なんて言う存在を認めなければ余裕を持って暮らしてお釣りがくる。そこで、その生産物を持って行ってばらまきつつ暮らしやすいという噂を流せば、人はどんどん集まってきたようだ。ただ、王国内に街を作ったため税が重くなり、逃げ出して洞窟を抜け、山脈を越えて魔王領を作った。もっともそのために俺は王国軍と戦闘になったのだがな。」
「でも、それだと俺はここで何をすれば?」
「いや、普通に暮らしてくれればいい。ただ、今後も勇者が送り込まれてくる可能性はある。そのとき、最初はどうしても戦闘状態になるんだが、そこで説得してくれるとありがたいかな。HCl爆鳴気トラップでほとんどダメージを受けず、前衛として前へ抜けてきたその打たれ強さは魅力的だ。」
褒められているのかもしれないが、何となくあまりありがたくない。
「シロ、今後も勇者が送り込まれてくる可能性はあるのか?」
『……トが…………ニャか………………と……ニャ』
もうシロの姿はほとんど見えず、声も聞き取れない。そして、
「おーい。」
『………………………………ニャ』
消えた。
「シロ…………ありがとな。できれば次からは歩道を歩いてくれ。」
何度か引っ掻かれたとはいえ、仮にも暮らしていく情報を教えてくれた仲間である。その意識からの消失は、だいぶいじられた記憶も多いが少し寂しいものがある。チートからは見えなくなったが、シロはまだそこに存在しているはずで、言葉は聞こえているだろう。
「あっ、そうだ。フェンリィとシリアスさん、タンカーさんはどうなります?」
「うん、過去の勇者パーティの他メンバーの動向から見て、洞窟の入り口に運んでおけば勇者が魔王との闘いで死んだと判断してNPCとして戻っていく感じだな。フェンリィさんには気の毒だったが、あの臭いは魔術ではとる手段が無いからな。それとも、一緒にこちらで暮らすように説得するか?」
「フェンリィ…………。」
チートはモフモフとの日々を思い出していたが、彼らにも王国での立場がある。チートが死んだと思って戻った方が幸せと言うものだろう。
「魔王側は王国と戦争したりする意思はないですよね?」
「そんな生産力の無駄遣いはしないさ、地形的にも王国がよほどの戦力で乗り込んでこない限り到達すらできないだろう。もっとも、戦争にでもなればこちらには戦略の天才も化学兵器の天才も殲滅兵器もいるわけだから、追い返すのは簡単だな。」
「そうですね、宜しくお願いします。」
チートは異世界での生活を選んだ。だが、ここまですべての選択肢を外してきたチートに正解を選ぶのは難しかったようだ。高校生として生活していた彼は「物を生産すること」に慣れておらず、「ギルドで依頼をこなして金を稼ぐ」などということもできない以上、しばらくはヒーヒー言いながら畑作りから始めていくことになるのだった。
シロは、チートとの約束通り歩道を歩いていた。
ただし、歩道には歩道橋も含まれる。
猫が歩道橋を歩いていたら只でさえ人目を引くのに、それが落っこちそうになったら…………。
人々が一斉に白いネコに注目したとき、誰も足元には注意を払わない。
このあと、登場人物紹介とあとがきで終わりです