第21話 魔王の洞窟 中編
その黒い光が広がり、やがて収まると、
シリアスが倒れていた。
「大変、シリアスさんが息してないっ。」
フェンリィさん、状況説明としては合ってますが、それだと意味が少し違ってませんか?
「ふん、今代の勇者は大したことはな「お父さんっ、シリアスさんは勇者じゃない、勇者はそっち!」いな。」
「なん……だと。」
「え?お父さん?」
「なんだと、センテラ。そっちが勇者って、なぜ勇者が前衛をしているのだ。」
男は混乱している。
「えっ、えっ?お父さんって、センテラは魔王の娘?」
チートも混乱している。
「くっ。」
フェンリィが男に跳びかかろうとする、が、男の影からビー玉ほどの大きさの水球が飛び出し、全く勢いを感じさせずにフェンリィの鼻先にぶつかった。
「ギャンっ。」
だが、ぶつかった勢いからは考えられないほど大きな悲鳴を上げ、フェンリィは転がり、のた打ち回る。
「こらこら、おとなしくしてなさい。」
男の影から、もう一人の人物が姿を現した。その姿を見て、チートが驚く。
「ええっ、緋色先輩、上野高校に行ってるはずじゃ……。」
仙台緋色《せんだいひいろ》、薬師ヶ丘中学校時代のチートの1コ上の先輩である。
生まれたとき両親が「男だったら英雄と書いてヒーロー」と言う名前を付けようとしていたが、女だったため急遽、緋色と言う名前になったらしい。そういう両親なので小さいころから空手、柔道、合気道などの道場に通い、中学校時代にはいずれも地方大会上位の腕前だったのだが、
「緋色じゃなくて姫英雄と書いてヒロインちゃんが良かったかしら。」
という母親の発言でグレる。グレたと言っても暴れたら敵なしゆえ、連勝して両親を喜ばすだけだと考えて両親の意向に逆らって猛勉強し、進学校である上野高校に行った挙句に全国模試100番以内に常に入っているという才嬢である。ちなみに部活は創作研究部と言う腐女子でもあり、隠れファンクラブがある程度にはイケメンだ。
「ボクを知ってるってことは薬中の後輩かな。そう、やっぱりボクの本体は学校行ってるんだね。」
「ちょっと、お父さん、速くシリアスさんの治療をっ。」
センテラが一番立ち直りが早かった。
「そうだ、フェンリィ、大丈夫かっ。」
チートはフェンリィに駆け寄ったのだが、
「うおぅおえゲー――ッ」
盛大にリバースした。
「あっ、チート。さっきの液体、多分ブチルメルカプタンだから暫く臭い取れないよ。」
ブチルメルカプタンとはスカンクの臭いの主成分であり、直接顔面に喰らった犬は一週間は悶絶し、数か月に渡って臭いが取れないという代物である。チートはともかくフェンリィは大丈夫だろうか。
その後、シリアスを別室に運び、チートは応接セットの趣がある椅子に座り、反対側に男、センテラ、仙台が座っている。さらにもう一人女性がいて、みんなにお茶を淹れてくれた。シリアスはポーション、それと念のためフラグブレイカーと称する液体も投与されて、とりあえず命に別状はなさそうだ。気の毒だが、悶絶しすぎてぐったりしたフェンリィは毛布に寝かせて放置である。
「さて、何から……まずはセンテラ、君は魔王の娘なの?」
「そうよ、もっともそれは王国側の表現で、自分では魔王とは思ってないけどね。で、どうせまた勇者を召喚するだろうと魔術学院に通って待ってたわけ。」
「緋色先輩は、なんでまた魔王側に?」
「うん、君から見るとボクは先代の勇者になるのかな。おそらく同じようにここに来たんだけど、魔王を倒す必要性を感じなかったし、どちらかというと魔王側の主張の方がまともだったんで協力してる。魔術を使うといろいろ楽しいこともできるしね。」
「なるほど。で、前野さん、でしたっけ?どうして魔王なんかやってるんですか?」
「は?俺は魔王じゃないぜ。」
「えっ、だってセンテラは前野さんの娘なんですよね?」
「そうだ。」
「しかも、魔王の娘なんですよね?」
「そうだ。」
「でも、前野さんは魔王じゃないんですか?」
「そうだ。」
「???」
「ナニ変な顔してんだよ、コイツの母親が魔王だってだけだ。」
「なるほど、それで魔王さんはどちらに。」
「おいおい、さっき茶を淹れてくれただろ。」
「あぁ、さっきの美人さん。」
「む?娘ならともかく人の女房に手を出すなよ。」
「お父さんっ、私にも拒否権あるよね?」
センテラの主張も尤もである。前野の話は続く。
「俺は5代ほど前の勇者なんだが、ヘンキョウの街を過ぎた所で亡命者と間違えたらしい駐留していた王国軍と戦闘になったんだ。勇者だと説明しようとしても問答無用で攻撃してきて話聞かないから殲滅して、本当にこっち逃げて来たら魔王がいい女でな。顔ももちろんだが、こちら側を住みやすい国にしようと生活環境の整備とか一人でやってたんで、手伝ったわけだ。」
「他の勇者さんたちは?」
「そのころはここは作ってなくて、山脈の反対側で迎え撃っていたんだが、勇者の戦闘ってヘタすると周りが焦土になるんでな。こっちの洞窟を作って勇者専用トラップかけてた。最初の頃は加減がわからなくて落とし穴に落ちて戻ってこなかったり、吹っ飛んでバラバラになったり、ぺちゃんこになったりしたな。」
「うわー、そのころに来なくて良かった。」
「王家や貴族と言うのは生産的なことをほとんど何もしない。それをあの規模で維持するためには搾取するしかないわけで、搾取される側は国民なんだ。それならその非生産的なシステムを無くしてしまえば人々の暮らしはずっと楽になると思わないか?」
チートも前野の主張が間違ってはいないような気がしてきたが、
「あっでも、俺は神に魔王の討伐をするように言われてこっち来てるんですが、大丈夫でしょうか。」
「ほう、その発言は少し気になるんだが、本当に神に魔王をなんとかするように言われたのか?」
チートは神の言ったことを思い出そうとするが、こっちに来てからあまりに多くのことがあったためよく思い出せない。
「うーん。」
「思い出せないなら、その頭の上の、意識が分離するほど長く地球にいたはずなのに道路の危険性を理解できていなかった白猫に聞いてみたらどうだ?」