第20話 魔王の洞窟 前編
その後、種付け(チートもセンテラも興味津々で見ていた)を済ませて、夜は男の家に泊めてもらい、翌日朝早くに出発した。
「こちらです。」
男は原っぱの踏み跡を進んでいく。案内がなかったら絶対進めない道であろう。
「よくこんな道ご存知ですよね」
「そうですね、放牧と言うか、村の近くはどうしてもみんな食べやすい草をやりますから、遠くに行かない牛の餌がなくなってしまいます。それにうちのはオスですから、同じ場所で放すわけにいきませんし。あ、今日は牛がいないのでこちらから行きましょう。」
そう言って、山裾のようなところを進んで行く。
2時間以上歩き、斜面沿いの疎らな林を抜けると、だだっ広い草原に出た。草原は広く、街道どころか道らしい道はない。
「えっと、皆さんは『魔王領への道』ではなく『魔王の洞窟』に行かれるんですよね?」
「なにそれ、どこか違うんですか?」
「はい、『魔王領への道』は魔王領にそのまま通じていて、『魔王の洞窟』は魔王の所に行く道だと言われています。」
「でも、そもそも道がないですよね。」
「日常的に魔王領との間を移動する人はほとんどいませんし、はっきりした道を通ると、攻撃を受けることもありますから。」
「え?魔王は攻撃してこないですよね、こんなところに盗賊が?」
「まさか、盗賊にとられて困るようなものを持ってるならこんな方には来ません。攻撃してくるのは魔王領に脱出する人を捕まえようとする領主軍です。」
「それって……。」
「人が減っては困るからでしょうね。」
シリアスが補足する。
実際、税金の重さに耐えかね、村ぐるみで魔王領に脱出する人々もいるのである。そうすると結局その村からの税収がなくなってしまうため、領主も必死だ。逃がすと税収が0になるので、戻る意思を見せない場合には殺されてしまうこともある。
「では、『魔王の洞窟』行きで。」
「こちらです。」
やがて、人の背丈ほどの大きさの岩が2つ転がっている場所に出た。岩の周りは草が少なく踏み固められており、移動の目印になっているようだ。
「ここから、向こうの山頂方向に向かうと『魔王領への道』、このまま向こうの森に向かうと、森の向かって右側に『魔王の洞窟』入口があります。それでは私はここで。」
「ありがとうございました。」
チートたちは簡単な食事の後、教えられたとおり森に向かった。下手にしっかりと食事をし、勇者に体調不良をおこされてはたまらない。しばらく進み、森を迂回したところに洞窟の入り口があるのを見つけた。
「ここか……。」
洞窟に入ると、全体的に辛うじて足元が見える程度に天井が光っており、先の方まで割と真っ直ぐに道が続いているのを見通すことができる。
チートがそちらの方へ行こうとすると。後ろから顔のすぐ横をファイアボールが通り過ぎていき、50mほど先の側面にあたって消えた。驚いたシロにしがみつかれ、爪を立てられている。
「危ねえな、殺す気かよ。」
「殺す気なら当ててる。魔王に会うための人しか通らない洞窟を、明かりで照らしておくメリットは魔王にはない。この先は落とし穴にでもなってるはず。魔王方面は左の岩陰の方。」
見ると、せり出した岩の奥に下に降りていく穴が続いている。
「なるほどこっちか……って、真っ暗なんだけど。」
「当たり前でしょ、さっさと進んでっ。」
蹴られた。
こちらの道は真っ暗である。ライトの魔法を使ってこちらの位置を知らせると一方的に集中攻撃を受けかねないことから、一瞬だけ照らし、洞窟の構造を覚えてほとんど手探りで進んで行く。
通路は次第に上り坂となり、魔王に近づいているのが感じられる。
音の反響具合や空気の動きで、広い場所に出たようだ。
「なんか水道水の匂いがする、ライト。」
チートが光魔術を発動した瞬間、
「バアアアアアアアーーーーン。」
大音響とともに、チートは吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた。さらに
「なんだこれ、目がチカチカすんぞ?口も変だし。」
「塩素爆鳴気トラップ……。」
水素2と酸素1の混合気体に火をつけると、大きな音と共に反応し、水ができる。塩素1と水素1の気体はさらに反応性に富み、光を当てるだけで反応する。反応時の体積変化から大きな音がするのは同様だが、できる物質は塩化水素、水に溶けると塩酸になる。
上り坂になった先の空洞に塩素と水素を溜め、ライトの魔術に反応するトラップにしたようだ。さすが魔王、容赦ない。
水魔術で空気中の水を集めても、塩化水素がすぐに溶け込んでしまうため、眼を洗うには不適である。
「クチュン」
フェンリィも鼻がむずむずするらしく顔をしかめている。
「チート様、こちらから水の匂いがします。」
フェンリィの案内で大きな空間にやってくると、四角い「部屋」のような場所の中央に、公園で見るような蛇口の付いた水飲み場があった。
「なんてあからさまなトラップだ。」
「でも、水の匂いしかしませんよ?」
チートが警戒しながら蛇口をひねってみると、水が確かに出てきたが突然、天井が落下してきた。チートは思わずしゃがみこんでしまう。
ゴンッ。
天井はチートが背負ったヘマタイト棒に引っかかって止まった。
ズルッ、ヘマタイト棒がやや斜めになっているようで、立ち上がろうとすると棒がずれ、天井が下りてくる。
このまま天井が落ちてきても水飲み場で引っかかって全員ぺしゃんこと言うことにはならないだろうが、床と同じ高さの入口に対して出口は50cmほど高いところにあり、完全に天井が落ちてしまうとそちらからは出られそうにない。つまり、引き返すことはできても進めない構造になっている。
「ワシがこの棒を押さえておくので皆さんで進んで下され。」
タンカーがヘマタイトを握りながら言う。
「だって、いつ戻ってこれるかわかりませんよ。」
「皆さんが進んだところで棒を回収して入口から戻りますわい。」
冷たいようだが、戦力を考えタンカーの申し出を受ける形で4人は進むことにした。進むには誰かが棒を押さえていなければならず、チートが前衛になっている以上、タンカーの抜けた穴はそう大きくはない。
「なんか、敵も出てこないし、帰そうとするトラップはあるけど殲滅の意思が感じられるトラップはないですね。」
「それどころか、分岐もほとんどないです。」
そんなことを言っていると、通路の先に明かりが漏れている場所を見つけた。
「行ってみよう。」
警戒しつつ部屋に乗り込むと、30代くらいの男が壇上に立ち、入ってきた4人を見下ろしていた。
「俺は前野優、魔王の部屋にようこそ。勇者パーティを歓迎しよう。」
そう言うと、男の手の中に黒い光が集まった。