第19話 … …(ダメージ喰らい中)
第18話、少しわかりにくいかなと思ったので一部改編しました
大筋は全く変わっていません
街道沿いに進むのなら、特に危険はない。
だが、北に行くにしたがって、植物の生え方がまばらになり、作物も日本で見慣れたサツマイモっぽいのやトウモロコシのようなのが増えてきた。
「魔王領が近いからといって街の大きさが変わったりはしないんだな。」
「そうですね、魔王領に近いほうが却って街が大きかったりしますね。」
「へえ、要塞都市として固めているとか。」
「そんなことはありません、どちらかと言うと王都から遠いと言うことで税金の取り立てが不十分で、暮らしが楽なのが原因ではないかと思います。」
「ふーん、魔王軍から狙われたりしないの?」
「そうですね、実は今まで魔王側から侵略や攻撃を受けたことはないのですよ。軍とか持ってないんじゃないですかね。」
「えっ、だったらなんで魔王を討伐する必要があんの?」
「魔王側から攻撃を受けたことはありませんが、こちら側から魔王領に入った人は、ほとんど帰ってこないのです。これが結構な人数になっていまして、税が人頭税である以上、人口の減少をまねく魔王領は存在してはならないのです。」
「なんかそれって、人が税金のためだけに存在しているような……。」
「少なくとも領主である貴族はそう思っているでしょうね。」
「シリアスさん、貴族の親分のお屋敷勤務者がそんなこと言っていいの?」
「私が述べているのは一般論ですよ。今のところ勇者らしいことを何一つやっていない方にそんなことを言われたくはありません。」
軽いジャブのつもりが、カウンターでアッパーを返されたようだ。
「魔王領に近いところでは、魔王領に行こうとする人たちが集まった大きな街もあるという話ですが。」
「それって、国境にする意味あんの?」
「魔王領との国境は地形的なものです。登るのが困難な険しい山脈で隔てられていて、洞窟を通らないと魔王領には行けないのですよ。もし、魔王の侵攻があったとしても洞窟の入り口で迎撃すれば、何とかなるのではないでしょうか。」
「それって、こちらから行くときには逆の立場で迎撃される恐れはないの?」
「だからこその少人数パーティなのです。」
チートは一気に不安になった。魔王領側も同じ構造だとすると、洞窟出口で迎撃されたら防ぎようがない。
「大丈夫、先頭はアンタだから。」
「センテラさん、意味が分かりません。」
そのとき、フェンリィが道の先を指さした。
「あっあそこ、人が倒れていますよ。」
みんなが近づいてみると、見かけ40歳くらいの男が倒れていた。
「どうしました。」
「う……、あぁ…いや、急に牛が暴れだしてな。」
聞くと、牡牛を移動させている途中、飛び出した鳥に驚いて牛が暴れだし、男を弾き飛ばして走り去ったのだという。
「凶暴な牛なんですか?」
「いや、普段はおとなしいんだが、今回種付けのために歩きなれない道を通っていたからな。」
なんでも、男が飼っているのは村で1頭だけのオス牛で、交配させて種付け料で生活しているらしい。
「あいつがいなくなったら生活できないし、だいいち村で種付けできる牛がいなくなってしまう。旅人さんにこんなことを頼むのは悪いが、そんな武器を背負って歩ける名の通った人と見込んで頼まれてくれないか。」
「わかりました、勇者として困っている人を放置はできません。その依頼受けさせていただきます。」
これ、ギルドがあったら確実に依頼コースだよな、と思いながら、チートが安請け合いする。
「おお、あなたが噂の勇者様でしたか。それではお願いします。ただ、鳥に驚くほど結構デリケートな奴で、バインドとかしたらストレスで種付けできなくなりますし、押さえつけてもオスとしての自信を無くして交尾自体しなくなりますのでそのあたりに気を付けてお願いします。」
「(うわー、めんどくせぇ。)」
チートは安請け合いを少々後悔した。魔獣を討伐してくれと頼まれる方がよほど楽である。要するに、斃してしまうわけにいかない、ストレスがかかるような捕まえ方をしてはいけない、牛が自信を無くすような力を見せつける捕まえ方をしてはいけない、ということだ。
問題の牛は、すぐ見つかった。草原の彼方を飛び跳ねるように走っている。
「なにあれ、でかくない?」
そうなのだ、探している時に村で見た他の牛はそれほど大きくはなかった。しかし考えてみれば村の他の牛はすべてメスか子どもなのであり、チートはオス牛の大きさを予想していなかったのである。
実際、乳牛で見ても、通常見る機会があるメスはそれほど大きくないが、あれのオスは体重1t以上ある野獣である。ほとんどの日本人は最初に乳牛のオスを見るとビックリするらしい。
さぁ、発見したからにはあとは捕縛&飼い主のところに移動するだけである。
「ほうわぁっっ。」
チートは吹っ飛ばされた。飼育されていて角は落としてあるが、もし尖った角が残っていたら腹に穴が開いていたのではないかという、「こいつ、デリケートとか、嘘だろ?」と思わせる華麗な一撃である。
「くうう、おわっ。」
これを、捕まえるのか……、一応首のところにロープが付いているが、非常に短く持つのは大変そうである。
「あーっ、攻撃してぇ。いざとなったらちょん切って冷凍精子を液体窒素で保存すっか。」
鹿大修忠高の上部組織である鹿島大学には農学部があり、高1のとき校外実習で見学しているので方法だけは知っている。保存用の容器など持っていないから不可能だが。
ボコって捕まえて良いなら、すぐに決着する。この牛の捕獲依頼は、チートにとってかなり相性の悪い依頼であった。
「チート様、できました。」
「よっしゃ。」
結局、チートが相手をしている間に他のメンバーに柵を作ってもらい、そこに追い込んで捕まえることにした。木を切って枝を掃い、地面に突き刺して並べていくのだからチートがやるのが一番早いのだが、その間牛を引き付けておくのが他のメンバーでは困難だったのである。牛は色彩がわからないので赤い布を振っても意味はない。
ここで柵の中に追い込む予定であったが、しばらく相手をしたチートを強敵と認識してくれたのか、牛はチートを追いかけてきた。追うのも誘い込むのも方向性は同じである。チートは柵の中に逃げ込み、下の方のやや幅広い隙間から外に出ようとした。
しかし、当初の予定では追い込んで閉じる予定であったため、脱出のための場所などしっかりとは作成していない。しゃがみこんで隙間から出ようとして手間取り、その時間的なロスを突かれて、後ろから思いっきり突き飛ばされた。
「ぶわぎゃっ。」
柵の外に頭だけを出し、下半身は足を少し上げた状態で柵の中に残っている。つまりチートは、牛の前に股間を突き出している状態である。
上げた足が、牛の角にでも見えたのだろうか、牛は頭を下げ、チートの股間めがけ思いっきり頭をぶつけた。
「#$%&Σ(@д@;;&%$#!!」
女性の読者がおられたら感覚がわからなくて申し訳ないが、悶絶というには生ぬるい状態である。
もしかするとこの牛にはチートの称号が見えていて、雌牛獲得のライバルになる資質のある奴と思われたのだろうか。
チートは少々ダメージを受けたものの、牛は無事なのでミッション達成である。
「ありがとうございました、 勇者様ご一行は魔王領に行かれるのですよね。ここから街道沿いに最終の街を通って行くとかなり遠回りになりますから、近道をご案内しましょう。」
期せずして、道案内をゲットした。ようやく動けるようになった肝心の勇者はピョンピョン飛び跳ね中だが。