第2話 おっさんの話はあまり聞きたくはなかった
「それじゃぁよろしく、頑張ってねぇ。」という神の声を聴いたチートは、次に気づいた時どこか硬い場所に寝て、高い天井を見上げていた。
「おぉ、神は勇者様を遣わして下さったぞ。」
「勇者様だ、勇者様だ。」
周囲からは、そんな喧騒が聞こえる。
少し高くなった台のような上で起き上がったチートは、まず自分の服装を見た。問題ないはずとはいえ、裸で放り出されてはたまらない。見ると、学校の制服を着ていたので、チートは通学途中だったのを思い出した。だが、かばんは持っていなかった。神の部屋に置いてきてしまったらしい。もっとも、鹿大修忠高には生徒用個人ロッカーがあるので当然ながら教科書は置きっぱなしで、かばんがあったとしてもマンガ以外ほとんど何も入っていない。それと、シロは頭の上に乗っている。寝ていた状態から起き上がった状態まで頭の上に乗りっぱなしである。器用な奴だ。
「勇者様、ようこそいらっしゃいました。」
声をかけられて横を見ると、親と同じような年代に思える中年のおっさんが話しかけてきた。
「わたくし、宰相をしておりますハラグーロ・コモノシューと申します。王がお待ちです、こちらへ。」
「(いつ召喚できるかわからないのに待ってるとか、王って暇なんだな)」
とか考えつつ、促されるまま廊下を歩き、衛兵と思しき2人が立つ扉の前に連れてこられた。
「勇者様をお連れした、伝を。」
衛兵が連絡をしたのだろう。しばらくして部屋に入り、王の前に通される。
「勇者殿、よくぞおいでになった。朕は我がハイランド王国国王、オウザ・ケンジツ・アナザーワールド、こちらは王子のカゲウス・ワキャック、さらにそちらは王女のカマセーヌ・ツンデレだ。」
翻訳魔法が使えるとやらで、言葉はわかる。だが、意味が分かるだけで口の動きは聞こえる言葉と異なるため、外国映画のヘタな吹き替えを見ているようで違和感バリバリである。あまり会話をすると頭痛がしそうだったので簡潔に答える。
「どうも、多田野チートです(げ、自分の言いたいことと出てくる言葉にもズレがあんのかよ)。」
「うむ、チート殿か。呼びつけたような形になって遺憾だが、チート殿には魔王を倒してもらいたい。勿論、一方的に頼みをするのだから全力で補佐させてもらう。詳しくは防衛大臣に話を聞いてほしい。おいっ、勇者殿を来賓室にお連れしろ。」
チートは別室に連れて行かれ、侍女(っぽい人)がお茶を淹れてくれた。なんと、きれいな金髪にイヌミミ付き(垂れタイプ:ここで、イヌミミちゃんの頭蓋骨はどこに外耳孔が通っているんだろうとか考えたら負けである)、しかも胸が大きく着ている服はほぼエプロンだけ、その上チートを見てにっこり微笑んでくれたではないか。「おー、かわいい。ファンタジー最高だなー」と思っていると(シロに逆ニコポと言われた)、大柄と小柄な2人のおっさんが入ってきた。イヌミミちゃんは礼をして辞して行ってしまった。ちっ、おっさんより裸エプロンのイヌミミ少女が良いんだけど。
「これは勇者殿。防衛相のヒヨリミ・コシヌーケです。勇者殿にお願いしたいのは魔王討伐なのですが……。」大柄な方は防衛大臣らしい。不機嫌そうなチートを気にするわけでもなく、防衛相は現状を説明していく。
王国の北に魔王の住む領域があり、開発が滞っていること、過去に何度か勇者召喚が行われたにもかかわらず、魔王はまだ倒せていないこと、勇者単独で魔王討伐に行ってもらうわけではなく、魔法使いと騎士からなるパーティとして何人か人材を付けること、その間に戦闘をはじめとした行動やこちらの世界の生活に慣れてもらいたいこと、そのために必要な資金は十分に用意すること、などである。
要するに、金銭的にも人材的にもバックアップは十分にするから、過去の勇者にできなかった魔王討伐をやって来い、ということらしい。
オウリョウ・ニマイタンと自己紹介した小柄な方のおっさん、財務大臣が話を引き継いで述べる。
「当面、王宮で生活しつつ、戦闘に慣れていただく。その後、城下街周辺の魔物を掃討、場合によっては王立魔術学院に通いながら魔法を習得していただいても構わない。魔王領までは40日くらいの距離なので来年の予算を決めたりすることを考えれば半年後くらいまでに向かっていただければ良いだろう。」
「なるほど、で、魔王を討伐できた場合私はどうなるのでしょう。」
どうせ1年で戻る予定なのにそんなことを聞いてどうすんのか。
「魔王討伐により魔王領の開発が進むはずなので、その一部を領地とする伯爵として生活していただくことになるかと。ただ、神にお願いすれば召還していただくことも可能かと思われます。」
召喚ものでは魔王を倒してゴタゴタすることも多いようだが、一応考えているらしい。還せる見込みがないのに呼んじゃいかんよな。
その後、しばらく生活することになる王宮内の広さ20畳ほどの部屋に案内された。広いがベッドと机、イス、本棚があるだけである。
「来週にはパーティメンバーが揃うって言ってたな。しかし、せっかくだから早く魔法を使ってみたかったなぁ。ま、訓練もするみたいだし、そこで使ってみればいいか。」
実はすでに翻訳魔法を使用しているのだが、独り言やシロとの会話は日本語なので、もうすっかり忘れているようである。
チートがベッドでごろごろしていると、ノックをしてさっきのイヌミミちゃんがやってきた。すぐにおっさんたちの話が始まってしまったのでチートが飲めなかったお茶を淹れなおしてくれたようだ。
「どうぞ。」
「ありがとう、ねぇ、キミ名前はなんていうの?」
そう尋ねると、イヌミミちゃんの顔が驚いたものになった。
「えっ、言葉がわかるのですか?」
「うん?普通にわかるけど。元の言葉は違うけど、さっきも大臣たちの話を聞けてたでしょう?」
「あ、いえ。私たち獣人は人間の言葉はわかりますが、口の構造が違うらしく人間の言葉が話せません。それなのに会話が成立したので驚いたのです。」
「なるほど。それで名前は?」
「…フェンリィと言います。」
「フェンリィさんか。しばらく王宮で過ごすことになるらしいから宜しくね。ねぇ、ところで耳触ってもいい?」
いきなりの申し出に真っ赤になったフェンリィが小声で「はい///」と答えたのに対し、「ぐふふ、会話できるのが自分だけなら、王宮にいるあいだはこのもふもふを独占できるのだな、いっそ『胸触ってもいい?』と聞いてもOKもらえたかも」とか考えるエロ少年チートであった。頭の上にも別のもふもふが乗っているのだが、いくらなんでもさっき引っ掻かれたことを忘れてはいない。
ソファに並んで腰掛けたチートは、この後しばらくフェンリィの耳を触らせてもらいつつ、淹れてもらったお茶(なぜかホットのウーロン茶)を飲むのだった。お茶うけはラスクのようなものだったから、この世界にはパンはあるらしい。
フェンリィ(の耳)に癒されていると、
「ちょっと、お昼御飯よ。なんで私が呼びに来なくちゃいけないのよ。フェンリィ!いくら勇者の要望は極力聞くようにって言われてるからって、油売ってないで仕事に戻りなさい。」とやって来たのはカマセーヌ王女である。文で書くと言い方のきつい嫌な奴に見えるが、本来王宮内で王族に使い走りをさせるなどあり得ないことである。彼女の言い分はもっともなのだ。
昼食は王家の3人と同じテーブルでとることになった。料理は比較的シンプルなものだったが、ナイフとフォークがやたらと並んでいる。戦闘と魔術についてはチート能力でどうにかなるはずだが、食事作法なんて言うのは一般常識の範疇であり、知っていなければどうにもならない。さすがにフィンガーボールの水を飲むとかいう”お約束”こそしなかったが、1品の皿ごとに取り換えていったはずのナイフとフォークがなぜか食事終了後に余ってしまい、「勇者はマナーも知らない田舎者」という烙印を押されてしまった。結果、早速午後からマナー教育の時間を確保することになり、1ヶ月ほどは王宮内で(貴族としての)一般常識を学ぶことになったのである。