第17話 ショートカットできると思ったんだ
今回も、食事前や食事中には読まれないことをお勧めします
信じられないことに、初日は無事過ぎ去った。単純に移動し、イチノセキという宿場町に到着。慣れない徒歩だったためか着いたのが結構遅かったので、入口すぐの宿に逗留し、なにごともなく出発した。基本的に、宿に朝食は付いていない。そんなスペースがあれば、宿泊スペースを増やした方が経営的に有効と言うものである。
このあたりはまだ王都に近いので、街道沿いにずっと集落が続いている。そのため、朝食も街道沿いで難なく採ることができる。
「肉~、肉~」
「アンタ本っ当に肉が好きねぇ。」
「大丈夫、ちゃんとサラダも食べたよ。」
チート君、それはサラダではなく、生野菜ですよ。
「ううっ、ちょっと先に行ってて。」
「どうされました、チート様。」
「あぁ、ちょっとマーキング行ってくる。」
「えっ、それなら私がやっておきますよ。」
「おや、お腹の具合でもおかしいのですか?」
案の定、生野菜が良くなかったようで腹具合が微妙になり、「トイレ」というのが何となく恥ずかしくて「マーキング」とごまかした。しかし、せっかくごまかしたつもりだったのに、そのまま伝わったのはフェンリィに対してだけで、他の人には行動通り「トイレ」と翻訳されてしまったようだ。こういったことがあると、翻訳魔術は便利なんだか不便なんだかわからない。
ばれたのでは仕方がない、あとから走って追いかけることにし、みんなには先に行ってもらった。最悪、次の宿場街で追いつけるだろう。
どうもサラダがいけなかったようだ。野菜そのものは問題なくとも、野菜を洗っているのはその辺の川だったりする。
結局、小一時間かけて「マーキング」を済ませ、「だいぶ離されたかなぁ。」と追いかけることにして地図を取り出す。
地図を見ると、やや北西に向かった街道は右に大きくカーブし、川の手前を東に伸びている。
「お、ラッキー、これなら前の森をショートカットすればすぐ追いつけそうだ。」
チートは躊躇なく右に分かれたけもの道に飛び込んだ。なぜわざわざ街道がぐるっと森を迂回しているのか考えもせずに。
「まいったなぁ、ジャングル舐めてたかも。」
チートは森の中で悪戦苦闘していた。とにかく植物の密度が半端ないのである。日本だと森の中はわりとスカスカで、平坦な森であれば突っ切るのはそれほど難しくない。亜熱帯である沖縄でも、森の中は意外に下草が少なく歩きやすいものである。これはそこそこ降水量が多く、樹冠が発達して林内が暗くなってしまうからである。
だが、一般にジャングルを形成するほど降水量が多く日照の多い地方では、植物はとにかくスペースを残さない。竹やササの仲間は地下茎で養分を移動できる利点を活かし隙間がないほど密生するし、ガジュマルの仲間は気根を垂らし、そこらじゅうを幹と化してしまう。
チートは今、密生する竹に引っかかりながら藪を進んでいた。自分だけなら強引に竹をなぎ倒しながら進んでいくのだが、背負ったヘマタイト棒がせっかく通り抜けた竹の間に引っかかって戻されるのである。
また、植物は逃げたり隠れたりできないため、草食動物に対して食われないように適応している。要するに、毒を持ったり棘を密生させたりするわけである。
「うがああああぁぁぁぁ!」
今のチートの動きは、ところどころにある棘の付いた植物で傷だらけになり、そこへ毒草の汁を自分で擦り込んでいるのに等しい。
ズタボロになり、毒草の毒で足がかぶれたりしてかゆみもあり、探査や警戒が少し疎かになっていた。
ガサッ。
突然チートは抱え上げられ、空中に浮かんでいた。目の前には、街中の「止まれ」の交通標識ほどもある巨大カマキリの顔。
「くぁwせdfrtgyふじこlp;@。」
カマキリは素早く齧りに行ったのだが、やはり大型になったのが良くないのか動きが遅かった。
「くおりゃっ。」
とチートがフックをかますと、カマキリの頭がぽーんと飛んで行った。カマキリの首は実に細くできている。しかし、そこは頭などなくても動けるカマキリである。もうチートを齧れないのに、カマの部分はしっかりチートをホールドしっぱなしである。
「くの、このっ、えいっ。」
カマキリに横向きに抱えられている状態をイメージしていただきたい。放してもらう有効な打撃を与えるのは困難である。
「ていっ、……いてっ。」
カマの元のところを思いっきり蹴ると、カマも本体から取れ、チートと一緒に地面に落ちた。カマはまだそのままチートを抱えているが、とりあえず脱出成功である。もちろん、カマキリの腕の中から脱出しただけで、まだジャングルの真っただ中である。しかも食べた朝飯はトップスピードでマーキングに使ったし、竹やぶとの闘いで絶賛空腹中である。
藪漕ぎを続けること更に1時間、チートはようやく森の中の踏み分け道に出た。人が通った跡があるということは、道がどこかに通じている証拠である。踏み分け道とはいえ、ところどころ空が見えるのでなんとか方角を修正し進んでいく。
と、道の先に建物……というか、小屋?のようなものが見えた。森の中に人が住んでいるらしい。森の人と言えばエルフであるが、
「おう、にいちゃんどうした、こんなとこに人が来るとは珍しいな。」
普通の人だった。
「あ、どうもです、お騒がせします。あの……ぐぅ~。」
「どうしたにいちゃん、腹が減ったのか。」
「……はい。」
「そうか、飯を食わしてやりたいが、見ての通り余裕のあるところじゃないんでな。こんなところで金を貰っても仕方がないし。」
要するに、金を払ったって食わせるものは無いよ、と。
「えっと、これで何か食料をもらえませんか。」
チートが取り出したのは、ヘマタイト棒を掘り出す時に使った短剣である。刃はボロボロだが、銀貨数枚分の価格だっただけあり、造り自体はしっかりした剣である。
「ふむぅ、中々の剣だが、何をするとこんなガタガタになるんだい。まぁいい、ちょっと待ってな。おーい、旅の兄ちゃんが腹減らしてっからなんか作ってやってくれ。」
そうして出てきたのは塩味が少しついたお粥、小さな肉をあぶったもの、刻んだ山菜である。チートはいい加減学習したようで山菜に警戒したが、状況から見て少ない物資の中から作ってくれたものであろう。断るのも悪い気がしたし、腹も減っていたので全部口にした。
「ありがとうございました、で、シュクバの街はどっちに行けば良いですか。」
「あぁ、シュクバはこっちの道を真っ直ぐ行ってだな……2番目の分かれ道がわかりにくいからそこまで行ってやる。」
この森の中の集落は次の目的地であるシュクバとの間は比較的行き来があったらしく、何とか道が付いていた。細いとはいえ道さえあれば、それなりに急ぐことができる。
シュクバの街にだいぶ近づいたのではないかという頃、ようやくジャングルを抜けた。広がる畑の向こうに見えるのは待望の街道のようだ。
チートは街道を進む4人を見つけた。
「おーい、おーい。」
チートは叫んで手を振りながら街道の方に駆けていく。
4人もチートに気付いたようで手を振りかえしている。
と、チートの体が フッ と消えた。
糞尿が肥料になるといっても、そのまま撒いて良いわけではない。バクテリアに分解させ、亜硝酸イオンやアンモニアイオンが形成されてから撒くのである。そのため、糞尿はしばらく溜めておき、バクテリアに分解させなければならない。
今は見る事も難しいが、これが「肥溜め(西日本では野ツボという)」である。
通常は危険がないように枠や蓋が付いているものだが、完全に私有地にある場合には自分が位置を把握していれば不審者以外通過しないはずであるため、蓋などないことも多い。
つまりチートは、その肥溜めに落ちたのである。
「うわーい、チートえんがちょおおおお!」
センテラはそんな風に翻訳される言葉を叫んでいるらしい。
「えんがちょ」は、関西では「べんしょ」と言いますね
どちらも意味がよくわかりません