第16話 別に持ってなくても困らない(強がり)
帰り道、ナジャさんは同じところにいた。警戒していたのでわかったのだがブッシュの中で転がっており、首の下、お腹の前の方が不自然に膨らんでいる。イノシシでも食ったのだろう。おとなしくしていたし、もう道を横切っていなかったので走り抜けた。
「中身人間じゃないだろうな。」
「薬草を採りに来た時にあんなのがいたら嫌だな。」
「普通に走り抜ければ大丈夫さ。」
そんなに楽観的で大丈夫か?
動きが遅いからこその待ち伏せ+毒、なのだが。
ちなみに、コブラは食えます。ワニの担任が言ってました。
さらに、街道では村人たちの人数が増えていた。
そりゃぁ、でかい棍棒を担いでいる奴が通りかかれば警戒して当然である。
勿論、盗賊には遭遇しなかった。街道沿いを根城にしている盗賊と言うのがいたとしても、人の身長ほどある見かけ金属棒を担いで歩いている人物に挑むという危機管理の無さは、もう盗賊として終わっている。
で、問題なく帰ってきて、部屋にいるのだが……。
「ヘマタイト、ですか。随分大きいですね。」
さすがシリアスさん、よくわかっていらっしゃる。
「マグネタイトじゃないんだね。」
「マグネタイト?」
「そ、マグネタイト。雷魔術使うと、結構強力な磁石になるんだよ。」
そんな雷魔術の使い方ができるのはセンテラさんだけです。
「チート様はこれを武器になさるのですか?」
「ふむ、なかなか威力はありそうですな。」
明日出立なので、準備がてらみんな揃っています。
「ただこれ、太さが上から下までずっと同じだから、握るところがなくて武器としては持ちにくいんだよね。」
「これは金属ではないので、鍛冶ではどうにもなりませんね。意外に硬いので削るのも困難ですし。」
「削る、か。そうか、ちょっと待ってて。」
暫くして戻ってきたセンテラは、テーブルの上にバラバラときれいな結晶をばらまいた。
ルビーやサファイアにしか見えないが。
「ヘマタイトで、これを砕いてみて。傷だらけになるだろうから、握るところで叩く感じでね。」
「これは?砕いていい宝石なの?」
「うん、雷魔術の練習で作ったものだから。」
雷魔術を「電気」として使うことができれば、土からアルミニウムを取り出せる。アルミニウムまで行かなくても、酸化アルミニウムにした段階で融かせば、あら不思議、ルビー(コランダム)の出来上がりである。雷魔術を”相手に落雷させるもの”と捉えている人には、絶対できない芸当であろう。
「で、細かく砕いたら油で練って皮に塗って、ヘマタイトに巻きつけてゴシゴシ回してれば、1日も経てば握れるくらいになるでしょ。」
「回すって、どうやって?」
「アンタの武器なんだから、自分でやんなさい。」
「はーい、がんばりまーす……わかりましたよ、ちぇっ、あれ絶対栄養が頭にしか行ってないよな(ボソッ)……ふがっ。」
氷を鼻の穴に詰められた。聞こえていたらしい。
いよいよ出発の朝である。意外なことに見送りの人々が大勢いる。娯楽の乏しいこの世界、良くも悪くも勇者と言う非日常がいなくなるのは、それはそれで寂しいのであろう。
こどもたちも、金ヅルとの別れが残念そうである。
わずか5日で金貨5枚相当を使い切った勇者の旅立ちに、王宮関係者はホッとしている。
「気を付けてねぇー。」
「頑張れー。」
「同志よ、その娘を守り抜けよー。」
「シリアスさーん、こっち向いてー。」
「無事に帰って来いよー。」
「魔王倒したら、勇者は帰って来なくてもいいぞー。」
チートが涙目なのは、別れの辛さだけではないのかもしれない。
最初の移動方法は、定番の馬車ではなく徒歩である。
片道旅行になりかねない旅なので専用の馬車を仕立てるわけにいかず、予定外の出立日だったので都合よく同行する商人もいなかったのだ。
餞別と言う名の旅費は、シリアスとタンカー、センテラとフェンリィ……要するにチート以外全員が持っている。
チートには、その日必要な分だけ順に渡される。
携帯食料?今回の旅は街道沿いなのだ。少しは持っているが遠足のおやつ程度。そんなものを持つぐらいなら、食料や他の物と交換できる丸い金属板を持った方が汎用性がある。そのための食糧調達練習だし、街道と言うからには主要な宿場も徒歩移動に合わせた間隔でそれなりにあるのである。
街道沿いなのに、何日も歩かないと次の町に着かないとかありえないのだ。危険な獣や盗賊などがいるのなら特に。
ちなみに地図は全員が持っており、はぐれた場合には次の宿場町で合流、というようになっている。
旅をするのだから持っていて当たり前?
たかが地図と侮ってはいけない。日常的に地図を目にしている我々には理解しにくいが、地図と言うのは本来非常に重要な戦略物資で、特に首都・王都など中心都市周辺の地図は基本部外秘である方が当たり前で、持っていたら間諜を疑われても仕方がないものなのだ。
信じられない人は九州の北方にある半島の北部にでも行って、「首都の詳しい地図が欲しい」と商店ででも声をかけて見れば良い。地図というものがどんなものか理解できるだろう。
この方法だと理解できた時にはいろいろ手遅れであるが。
「最悪の場合は私が非常食に。」
「いや、フェンリィの前にその非常事態の原因を作ったやつが先でしょ。」
「なぜ原因確定?」
などという軽口をたたける程度には余裕もある。実際の最悪の場合にはそこの領主に金を借りることになる。その立替のために魔王討伐パーティである旨を記した王宮発行の手形を持っている。
この手形は王宮から金を引き出せるキャッシュカードかクレジットカードのようなものであるから、ある意味パスポートより重要である。
建て替えた貴族はその証文をもとに立替分(+α)を王宮に請求するわけだ。
何もわざわざギルドとやらを作って魔獣討伐をしなくても良いのである。
貴族にしてみたらその[+α]分、主に手数料とか証文の金額をちょちょっと書き換えた分とかを請求するうまみがあるのに、ギルドなんぞで自主救済されてはたまらない。これがギルドや同様の機能を持つ組織が作られない理由である。
もちろん、手形を持っているのはチートではない。
今回、ファンタジー的ご都合主義や設定に随分ケンカを売っている気がするとしたら気のせいです